訪れる危機
やはり喫茶店を開くという俺の目の付け所はシャープだった。
元々ブルーオーシャンなのだ、一度軌道に乗れば、業績はぐんぐん伸びた。
メインの客層はやはり若い女性や子供。ただ、意外なことに中年から壮年、さらには老年ぐらいの男性の姿も見られる。
これは、この世界に喫茶店の存在が認知されていないことが原因だろう。『喫茶店はお洒落な女性がメインの客』みたいな先入観が無いから、男性も恥ずかしがらずに入って来られるのである。異世界ならではの嬉しい誤算だった。
俺たちの真似をしようとして店もあるらしいが、にわか仕込みのパン作りでは、リネットの味には到底及ばない。俺達の経営は揺るがなかった。
開店して二月目には、店の売り上げは金貨50枚にも上る。生活費や設備投資なんかで金貨30枚を使っても20枚は貯金に回せる。
これが300枚ぐらいになったら、もう少し大きい街に引っ越すことも考えている。このままの売り上げで行くつもりもないが、例え売り上げが増えたとしてもあと1年ぐらいはかかるだろうか。ちょっとばかし気の長い話だなあ……。
***
そんな感じで順調に経営を続ける俺達だったが、ある日突然問題は起きた。
「邪魔するぜえ」
よりにもよって昼間の客の多い時間帯。
聞き苦しいだみ声を上げて、三人の男が入って来た。
声をあげたのは真ん中の男。明らかにガラの悪い風貌で、汚らしい服を着ている。
後二人の男はスキンヘッドの大柄な男で、真ん中のそいつを守るように立っている。
お客さんたちに怯えた雰囲気が漂う。もしかしたら、この界隈では札付きのワルとかそう言う奴か。
「店主を出せや!」
男は大声でわめき始めた。
「ハルイチさん……」
「大丈夫だ。心配するな、少しだけ行って来る」
心配するリネットを諭し、俺は男の前に歩み出た。
店内で大声で騒がれたら迷惑だ。言う事を聞くのは癪だが、仕方ない。
「俺がそうだが……」
男は、不躾な目線で俺をじろじろと見てくる。
「ほー、お前がかい、名前はなんちゅうんじゃ?」
「人に名前を聞くときは、自分から名乗るもんだろう?」
挑発し返してやると、後ろのハゲ二人が動こうとする。だがそんな二人を手で制し、真中のチンピラは軽く笑った。
「肝の据わった男やのう。まあ、ええわ。俺はジョニー。この界隈の平和を守っちょるもんじゃ」
こいつが平和を守るだって? 冗談にしても面白くないな。
「俺は店長のハルイチだ。俺の店に何か用か?」
「簡単な話じゃ。お前の店は町の平和を乱しちょる」
「俺は何も違法なことはしていない」
「甘いのー、お兄ちゃんは。もっと頭つかえ、な?」
何だこいつ。
俺はぶん殴りたい衝動を堪え、冷静に対応する。
「どういうことだ?」
「俺はな。中央部にある商店街に雇われちょるんじゃが、最近東部の勢いが凄い言われての。ちょっと調べてみたら、お前んとこの店が原因じゃと気付いた。この店に飯食いに来て、ついでに買い物してく。そんな奴が増えたせいで、中央部の売り上げは落ち取るんじゃ」
「それは別に俺のせいじゃない」
「かもしれんのう。中央部の経営努力っちゅうもんが足りんかったんかも知れん。だがのう、問題はそこじゃない。中央部の商店街が廃れたら、中央に住むもんはちょっと不便になるんじゃ。街の平和を乱していると言わず何という?」
「滅茶苦茶な理論だ」
「理論なんかどうでもええ。肝心なんはバランスじゃ。お前んとこの売り上げが伸びすぎるのは良うない。じゃから、店の売り上げの一部を俺らに渡せ、な?」
……早い話、こいつらは中央の商店街に雇われて、俺の店の営業妨害に来たのか。
まあ、何と言いますか……日本に例えるならヤクザのそれだな。
みかじめとかいう奴か? 使い方あってるかな?
いや、そんなことはどうでも良い。俺が言う事を聞かなかったら、きっと力に訴えてくる。
……だが、そんな要求はのめない。俺は金を溜めて、もっと大きい街に行きたいんだ。
「断る」
「……お前、自分の立場が分かっとるんか?」
「分かってるさ。俺は何も悪いことはしてない。馬鹿に因縁をつけられてるだけだ」
「……あんま調子に乗んなや。痛い目見るで?」
「やってみろ」
「お前ら!」
ジョニーが叫ぶと、後ろのハゲ二人が同時に動いた。だが、こんな奴らレイラの動きに比べれば止まって見えるぜ!
俺は右側に居た禿に水面蹴りをかまし、転倒させる。
だがその隙に、俺は左側に居たハゲに羽交い絞めにされてしまった。
「ちょっとはやるみたいやが……、これで終わりや。動けんやろ?」
「いや」
やはり、この世界の人間は力が弱い。俺よりも体格が良いくせに、ハゲの拘束は緩すぎる。
俺は肘をハゲの胴体に叩き込み、拘束から逃れる。
「うぐっ……」
腹を抑えてうずくまるハゲ。俺はその下がった頭に、容赦なく踵落としを叩き込んだ
ハゲは頭を抑えることすらできず、一撃を食らって昏倒した。
「まだやるか?」
俺はジョニーを挑発してやる。
「くう……覚えとけよ!」
テンプレの捨て台詞を吐いて、ジョニーは逃げて行った。
「おい! ハゲを置いて行くなよ! おいったら!」
だが、ジョニーは帰ってこなかった。
「仕方ねえな……」
俺はハゲ二人を掴み、店の外に放り出した。
「お騒がせして申し訳ありません、皆様。どうぞご食事を続けてください」
俺が店に戻って一礼すると、ワッと客席から拍手が起こった。
「よくやってくれたわ!」
「俺達もジョニーには迷惑してたんだ!」
「強いな、兄ちゃん!」
やっぱりあのジョニーとかいう男は町の鼻つまみ者だったわけだ。恐らく、東部にとっては特に。
「ハルイチさん!」
リネットが駆け寄って来た。
「リネット。済まなかった。怖い思いさせたな」
「いいんです! それより、ハルイチさんは怪我してませんか!?」
「大丈夫大丈夫。ぴんぴんしてるよ」
「良かった……でも、あんまり危険なことはしないで欲しいです……」
「御免な。でも、俺は闘うべき時はやっぱり闘いたいんだ」
「もう……」
半分泣きそうなリネットだったが、何とか落ち着いて来たらしい。
「お熱いねー!」
「いいぞいいぞ!」
客席から、何か勘違いした歓声が起こる。
「ち、違います! ハルイチさんとはそんなんじゃ!」
顔を真っ赤にして否定するリネット。
……相変わらず、そうまで否定されると悲しい。
だが、そんな一幕もあって、その日はいつもより店が盛り上がり、売り上げも上々だった。
***
ジョニーの襲撃が店にとってマイナスになることを俺は恐れた。あの店はチンピラに狙われてるとか、そう言う噂が流れることを恐れたのだ。だが、意外にも、売り上げは伸びる方向に向かった。
理由としては、男の客が増えたのだ。俺がジョニーを撃退した武勇伝を誰もがこぞって聞きたがった。
特に子供なんかは、『闘い方を教えてくれ』と弟子になることを志願してくる奴までいた。あんまり危険なことに首を突っ込まない様に注意してから、軽く戦いのコツ何かを教えてやると、みんなとても喜ぶ。
お蔭で店の売り上げは右肩上がり。ジョニーの言っていたように、俺の店に来るついでに東部で買い物をする人もいるので、東部全体が潤う。
皮肉にも、ジョニーの存在が東部の売り上げに貢献したのだ。
***
経営は順風満帆だった。おかげで紅茶の減りも早く、買い足しに行く頻度も増えた。
今日も、紅茶を買いださなくてはいけない日だ。だが、今日は帳簿をまとめなくてはいけない日で、仕事が多い。
「それじゃあ、今日は私が一人で行ってきます」
普段は二人で買い物に行くのだが、今日はリネットがそう言ってくれた。
「大丈夫か? 一人で持てるか?」
「もう、ハルイチさんったら! 私は子供じゃないんですよ? 大丈夫です!」
「そうか、なら任せるよ」
「はい!」
俺はリネットを送り出して帳簿をつける作業に戻った。
***
しかし、それから2時間経ってもリネットは戻って来なかった。
普通なら1時間もすれば帰って来るのに……。
ちょっと銘柄を選ぶのに時間が掛かっているのかと思ったが、こうも遅れると不安になってくる。
探しに行くべきか? だが、行き違いになったら……。
そんな事を考えていると、ガシャン! と音を立てて、急に窓が割れた。
「な、何だ!?」
思わずそちらに視線を向けると、石が放り込まれたようだ。
「悪質な悪戯か……?」
舌打ちしつつその石を拾い上げると、その石には手紙がつけられていた。
この世界の文字で書かれたものだが、ひそかにリネットに読み書きを習っていたおかげで読むことが出来た。
そして、その肝心の内容とは……。
『お前の所の小娘は預かった。返して欲しければ、中央部倉庫群の一番奥まで来い。お前の店の土地の借用証書を持ってな。
ジョニー』
最悪の展開だった。
少し緊迫した展開です。
そして、次の話で遂にヒロインが増えます。




