喫茶ハルイチ1号店
「さて、どうしたものかね」
「う~ん。どうでしょうね」
今俺達は、シリスタの宿屋の一室に居た。例によって例に如く、作戦、もとい経営会議のお時間である。
実は、俺達は二日前にはシリスタの町に到着していた、とは言っても、別に遊んでいたわけでは無い。二日かけて、シリスタと言う町の構造などを把握していたのだ。
その二日間でわかったことは、簡潔にまとめると次のようになる。
1、シリスタと言う町は東西に広く伸びる都市であり、東部、中央部、西部の3つの区間に大きく分けられる。
2、西部は簡単に言うと貧困街である。当然地価は安いが治安が悪く、商売に適しているかと言うと疑問符が付く。
3、中央部は町の中心であり、町長の館などもそこにある。地価は一番高いが、経済の中心地なので売り上げが一番高く見込める。競争率は高い。
4、東部は居住区であり、地価はそこそこ治安もそこそこ。別に経済の中心地ではないので売り上げが多くは見込めないが、安定した需要が見込める。
……こう考えると、答えは出ているようなものだよなあ……。
「なあ、リネット」
「はい」
「東部しかなくないか?」
「実は私もそう思います……」
ここまでの結論は簡単にでた。
実際、西部は論外だろう。俺は兎も角、リネットをそんな治安の悪い場所に住まわせるわけにはいかない。
中央部は悪くないが、やっぱり地価が高いのがデメリット。それに、競争率が高い地域に余所者がいきなり入っていくのもよろしくない。出来るならば、それなりにこの町で評判を稼いでから引っ越すべきだろう。
そう考えると、やっぱり答えは東部しかないのである。
だがまあ、リネットもそう考えていることは何となく空気で俺も察していた。
本当の問題はこれからなのである。
「東部にお店を構えるっていうのはわかりました。でも、それならやっぱりあの店を?」
リネットの言う『あの店』とは、今日実際に見ていたパン屋の事である。
東部の中心、商店街の一角にあるパン屋で、言っちゃ悪いがかなり景気が悪そうだった。見るからにうだつの上がらなそうなおっさんが一人で経営しているらしく、売っているパンもはっきり言って美味しくは無い。リネットが作るパンなら、簡単に顧客を奪うことが出来るだろう。
俺は当初、そのおっさんから店を買い上げることを提案したのだ。恐らくパン屋は赤字だろうし、金貨50枚も渡せば売ってくれそうではあった。
確かにその店を買って、設備の揃った環境で商売を始めるのも悪くない。悪くは無いのだが……なんだか面白みに欠ける。
せっかく自分の店を持つのだ。普通のパン屋では無く、ちょっとばかり革新的な店を持ってみたいと思うのは贅沢だろうか?
「ハルイチさんは、あの店を買うのに反対なんです?」
「反対って程じゃないけど、もうちょっといい案は無いのかと思ってさ」
「う~ん……でも、選択肢ってそんなにいっぱいあるわけじゃありませんから。そもそも東部は居住区です。大体の家には人が住んでいますし、それを買い上げることは出来ません」
「それはわかってるよ」
「じゃあ、あのパン屋ぐらいしかないと思いますけど。ああ、後一か所ありましたね。たしか、つぶれた酒場でしたっけ」
そう、俺が目を付けた物件はあと一つある。それがつぶれた酒場。
商店街の一角にある酒場であり、立地は悪くない。何故つぶれたのかわからないが、きっと余程料理の味が悪かったのだろう。
こっちは今、誰も利用していないので、おっさんのパン屋よりは安く使える。
代わりにパンを焼く竈などを購入しなければいけないが、それは地価が安いのでカバーだ。結果的に掛かる金額はトントンと言ったところだろう。
「でも、私にはわかりません。何でハルイチさんはあの酒場に目を付けたんですか? 設備が揃っているパン屋を買えばいいじゃないですか。そうすれば、すぐにでも営業が始められるんですよ?」
確かにそうだ。それに、パン屋を買い上げるという事はライバル店を一つ潰せるという事。そう言う点では、そっちの方がスタートとしては良いだろう。
だが、俺はこの町を見ているうちに気が付いた事が有るのだ。それは、食事所が少ないという事だ。
無論、無いわけでは無い。だが、その多くは酒場であり、若い女性や子供が気軽に入れるような場所では無い。
まあ、俺のいた世界とは文化が違うので、女子供が外で食事をとる必要は無いという文化が根付いているのかもしれない。
別に、俺が文化を変えてやるなどと言うつもりは無い。だが商売について考えるなら、人がやっていないことは即ちブルーオーシャン。狙うべきはそこである。
「リネット、喫茶店って知ってるか?」
「何ですか? それ」
成程。喫茶店と言う概念自体がこの国にはまだないんだな。なら、いけるかもしれない。
「喫茶店っていうのは、パンなんかの軽食を食べながら紅茶やコーヒーを楽しめる店の事を言うんだ。どちらかと言うと女性を対象にした店だな」
「へえー、そんなお店があるんですか」
「ああ。酒場なんかと違って、洒落た小物なんかで飾り立てたりするんだ」
「いいですね! それ!」
リネットのテンションが上がって来た。やっぱりリネットも女の子。そう言った店には興味があるんだろう。
「時にリネット。君、紅茶を淹れることは出来るか?」
俺が相当と、リネットはいつになく得意げな顔になった。
「ふっふっふ……こう見えてもこのリネット・リッチー、紅茶には一家言あるのです」
おお、素晴らしいまでのドヤ顔だ。似合ってなくててちょっと可愛い。
今更だが、リッチーと言うのはリネットのファミリーネームである。
「でも、ロルカ村では一回も淹れてもらったこと無いけど」
「紅茶は嗜好品なので、おいそれとは飲めないのです。ついでに言うと、紅茶を淹れる器材を壊してしまったので入れることも出来ませんでした」
後半の方が本音だろうに。
「人に出せるレベルか?」
「ハルイチさん……それってちょっと失礼です……」
「ああ、御免。金取れるレベルかって言った方が良かったな」
「自信ありますよ。常連客を作って見せます!」
そう言うリネットの顔は本当に自信ありげだった。
何より、紅茶の話をする時のリネットの顔は輝いていて、彼女に活躍の機会をあげたいと思った。
「わかった。リネットの腕に期待しよう。
じゃあ、いいかい? 俺達はあの酒場を買収し、パンと紅茶なんかを楽しめる喫茶店を開く。それでいこう」
「賛成です!」
俺達はそれから2週間近くかけて、開店の準備をした。
酒場の土地を買い上げ、パンを作る設備、紅茶を淹れる設備を店内に設える。
壁紙やテーブル、椅子なんかもリネットの趣味に合わせて買い換えて、えらくファンシーな店になった。
苦労はあったが、何とか開店にこぎつけられそうだった。
俺とリネットは、これから自分の働く店を見上げて感嘆の息を吐いた。
「ベーカリーマラカイ、2号店の開店だな」
「いいえ、違います!」
リネットは満面の笑顔で言った。
「ここはハルイチさんの店、喫茶ハルイチ1号店です!」
俺も自然と笑顔になる。
この子となら、きっとこの店もうまくいく。そう確信することが出来た。
新章スタートです。
牧歌的なロルカ村編に比べたら、少々荒事も出てくるかもしれません。
キャラの再登場も有ります、お楽しみに。