転校♡
「――いいかい!?チミ達ィ!大事だからな!聞いてね! チミ達ィが生まれる150年と3時間前wぷぷぷw ティーチャーズジョークw、んぉほん、えー人類滅亡寸前の泥沼の戦争を終わらせたのは、当時の勇者一行が魔王に差し出した、好き好き好き好き♪すき焼きだぁぁあああ!オラも好きだぁ!」
広大な扇状教室、ハゲ頭の教師・サンパチ先生が教科書を叩きながら声を張り上げている。
「その美味さに魔王もオラもガクブル、魔王あるある!?で即調印! さらにさらにだぞ!? 甘辛い割り下にハマったドラゴン神が『メシの流通、特にすき焼きを邪魔する奴はブレスで消し飛ばす!』とキレたおかげで、世界は平和になった! これ期末テストに出るしマジ料理リスペクトしないとだよ!」
(はぁ……ウザッ、それみんな知ってるよ)
渋神魔法学園の風紀委員長、木村・レン・ドラキューヌは窓際の席で小さくため息をついた。
いつもより5割増しでテンションが高いサンパチ先生を横目に、僕は今日の学園が明らかに異様であることを感じていた。新宿・歌舞伎町の魔界街から、サキュバスたちが転校してくる――歴史的な日だったからだ。
キーーー、プシュー。
午後イチ。校門に到着したレトロなスクールバスに、渋谷の街並みに溶け込む学園全体が息を呑んだ。
「おいレンッチッチ! マジ来たぞ!! 精神防御の呪符は!? 御守りは持ったか!?」
「落ち着けよシャアアル……大げさだな」
親友のアイスホッケー部員、権田原・シャアアル・ホイコーロウがソワソワしながら
僕の肩をガガッと掴んでくる。
バスから最初に降りてきたのは、眩しいチェリーピンクのポニーテールをした少女だった。
チョコレート色の小さなツノ、ハート型の羽、それから――支給されたはずの制服を大胆に改造し、ダイナミックな生意気ボディでおへそが丸見えヘソPからのトップスに、超ミニスカートに見せパンに黒の網タイツとの絶対領域。
(うわっ……! マジかよ! すごいなぁ!これは風紀委員として即注意レベルすぎるけど……! けど)
ガン見しないようにしたいが、目がどうしてもそっちを向いてしまう。周りを見渡すと、他の男子たちも同じだった。
先頭の少女はキョロキョロと辺りを見回して、明るい声で言った。
「うわぁ……! すっごいいいじゃないのよー!キラキラ! これが渋神魔法学園ね!! 新宿のサキュバス女学院と大違い!」
……可愛い第一声に、お嬢様たちがジト目になる。
学園長が迎え出て、冷たい声で言った。
「んおっほん!! えーサキュバスの皆さん、妾が当学園の学園長である江田である!!教室はあちらに見えるピンク色の旧館になり、地下の教室がメインです。契があるとは言え、フェロモンが人間の学業に悪影響を及ぼすかもしれないので、当面は別行動でお願いします」
その言葉に、ピンク髪の少女は一瞬だけ眉を寄せた。でもすぐに腰に手を当て、ツンと顎を上げて言い返した。
「はぁ? 失礼しちゃうわね。魔王にならって私らグルメよ! 今どき人間の精力吸うのなんてめんどくさい! 精力よりマカロンよ!あとキャラメルフラペチーノね♡」
後ろに控えていた別のサキュバスのギャルが、慌てて彼女の袖を引っ張った。
「ちょっとティア!? 初日から学園長にキレないでよー!」
「ふふふん♡わかったわよ♡ノート♡」
やりとり聞こえた
シャアアルが即座にキレた。
「言ったなこのアマ! お前ら――」
「やめときぃ」
僕は慌ててシャアアルの腕を掴んで止めた。
ティアは「フンっ」と鼻を鳴らして仲間たちを引き連れ、暗い地下へ消えていった。
「……ハレンチな魔物め。レンッチッチ、あいつらには関わるなよ」
「うん……でも風紀委員としては、あの制服丈は絶対に注意しないとね」
僕は彼女が旧館に入っていくのを見つめながら、やれやれと思った。
キンコーン♪、コンコーン♪、カンコーン♪
その日の放課後。
僕は風紀委員の腕章をキチッと巻き直し、日課である校内の見回りに向かっていた。今日はサキュバス達の初日ということもあり、校則に従って旧館の地下資材室までくまなくチェックする必要がある。
薄暗い地下の廊下を歩いていると、甘いココナッツのような香りが漂ってくる。
「……!?すみません、あのー誰かいますか?」
不審に思い、扉をそっと開けると――
――タン! ハイ! タンッ!
鋭い掛け声とともに、汗だくでステップを踏み続けるティアの姿があった。
上着を脱いでタイトなチューブトップ一枚。息を荒げ、何度もターンに失敗しては悔しそうに自分の足をペシペシ叩いている。
昼間の生意気な態度とは全く違う、ひたむきで真剣な表情。
「……あっ」
思わず声が漏れた。
「ひゃっ!?」
彼女が飛び上がってこちらを振り返った。僕は慌てて腕にある【風紀委員長】の腕章を見せた。
「ふ、風紀委員!? いつからそこにいたのよ! 覗き!? 変態! やばいやばい! セクハラ委員!」
「ご、ごめん! ほんとごめんなさい。驚かせるつもりはなかったんだ! ただ……」
僕は慌てて両手を挙げ、必死に視線を逸らしながらも、彼女の目だけを真っ直ぐ見た。
「えっとあの君のステップ、キレがあって本当に綺麗ですごくカッコいいと思う。サキュバスも練習というか、努力するんだね!あっごめん」
ティアの動きが、ピタリと止まった。
「――――――――え? は!? んぉ!?」
彼女の顔が、少しうつむいていく。今まで男から向けられてきた視線は、欲情か恐怖か、そのどちらかだけだったはずだ。
ドクン――と、僕の胸も大きく高鳴った。
次の瞬間、彼女の首元の【金色の竜の紋章】が、
バチバチバチッ!!
激しい金色の火花を散らし始めた。
「な、ななな、何これ!? 『契』が暴走してる!? 私、チャーム使ってないのに……って、まさか私無意識にってこと!? それとも何!? え!!」
「え、ティア!? 大丈夫!? 首がすごいことになってるけど!?」
「うるさいっ! なんで名前知っているのよ!! キモレン!! 見んな!!」
ティアは首元を両手でギュッと押さえ、真っ赤な顔で脱兎のごとく地下室から逃げ出していった。
去り際に、レンの名前をもじった『キモレン』という、最悪な呼び方まで残して。
甘いココナッツの香りと、激しく鳴り響く心臓の音だけが残された。
「……僕、やばいよな……?」




