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運命点1000、自分には一点も使わなかった ~なお敵の転生者は全振りで最強になった模様~  作者: Lihito


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20/22

19話:周りを見ろ

東の井戸に着くと、人だかりは前回より膨れ上がっていた。


「ふざけんな! 毎回毎回名前呼ばれて、何杯だ何杯だって——俺は罪人か!」


新参の若い男が、記録係の自警団員の胸ぐらを掴んでいる。

記録係は抵抗せず、ただ困り果てた顔でこちらを見た。


「おい新参、手ェ離せよ」


古参の男が前に出た。背後に五、六人が固まっている。


「俺たちはルール守ってんだ。お前らだけ文句垂れてんじゃねえぞ」


「うるせえ! お前らは元からここにいるだろうが! 俺たちは——」


「やめろ」


俺が声を上げると、全員の視線が集まった。


新参の男が手を離す。だが、目の中の怒りは消えていない。

古参たちも腕を組んだまま、俺を見ている。従うが納得はしていない、という顔だ。


前回とは空気が違う。あの時は驚きがあった。今は——怒りが先に来ている。


「場所を変える。双方から話を聞く。ガルド、この場は頼む」


***


領主館で、まず古参の代表四人から話を聞いた。


「正直に言ってくれ。今のルールに不満はあるか」


最初は口が重かった。年長者が一つ咳払いをして、口を開く。


「……不満がないと言えば、嘘になります」


隣の男が続けた。


「あの井戸、俺たちが掘ったんですよ。殿下が来る前から、自分たちで穴掘って。なのに今さら記録だの上限だの——」


「殿下が決めたことだから従ってます」


年長者がそう言って、隣を手で制した。


「でも、新参の連中が文句ばかり言ってるのを見ると、腹が立つんです。俺たちは我慢してるのに、あいつらは何なんだって」


次に、新参の代表三人を呼んだ。


「同じことを聞く。不満はあるか」


しばらく沈黙が続いた後、一番若い男がぽつりと言った。


「……好きで来たわけじゃねえんです」


「前の村じゃ食えなくなって。アルカスに行けば暮らせるって聞いて、家族連れて来た。でも来てみりゃテント暮らしで、井戸に行きゃ名前呼ばれて——」


「記録のためだ。全員に——」


「分かってます」


男が顔を上げた。目が赤い。


「分かってるんです、平等だって。でも——名前を名乗るたびに、『お前はよそ者だ』って言われてる気がして」


別の新参が付け加えた。


「……監視されてるみたいで、水汲みに行くのが怖いんです」


***


執務室で一人、頭を抱えていた。

古参の怒りも、新参の恐怖も、どちらも筋が通っている。

だが、答えが出ない。


コンコン、と控えめなノックの音。


「リーネです。お茶をお持ちしました」


「……入れ」


扉が開き、リーネが盆を手に入ってきた。

机の上に湯気の立つカップを置く。


「……ありがとう」


リーネは盆を胸に抱えたまま、少し躊躇ってから口を開いた。


「あの。差し出がましいとは思いますが」


「なんだ」


「……井戸の件です」


俺は顔を上げた。


「住民の間では、新しい井戸を掘ろうという話があったんです。古参の中に、このあたりの水脈を知っている方がいるそうで」


初耳だった。


「なんで誰も俺に言わなかった」


「殿下がルールを決めたので。……皆、『殿下が言うなら、それが正しいんだろう』って」


言葉が詰まった。

俺が決めたから。俺の言葉で、住民たちは自分の考えを引っ込めた。


「俺は、間違えたのか」


「仕組みは間違っていなかったと思います」


「でも失敗した」


「はい」


容赦がない。だが、それがリーネだ。


「仕組みは正しかったと思います。数字も合ってました。でも——」


リーネが、わずかに目を伏せた。


「あの人たちは、仕組みじゃなくて——殿下の言葉が聞きたかったんじゃないですか」


「——俺の言葉?」


「殿下は最初、一人一人と話してました。炊き出しの時も、炉を建てる時も。現場に行って、名前を覚えて、顔を見て。だからあの人たちは殿下についていったんだと思います」


「でも人が増えて、仕組みで回すようになって——殿下が広場に立ってルールを読み上げた時、あの人たちの顔、見てましたか」


見ていなかった。


「……お前は見てたのか」


「帳簿つけながら、横目で」


その一言が、静かに刺さった。


「……井戸を掘る」


気づいたら口が動いていた。


「新しい井戸を掘る。水脈を知ってる古参に、俺が直接会いに行く」


紅茶には——手をつけていなかった。


「リーネ、ありがとう」


「え——」


「お前のおかげで目が覚めた。ガルドを捕まえてくる」


俺は執務室を飛び出した。


***


トーマスという老人は、街外れの小さな家に住んでいた。


「……領主様が直々とは、何の用だ」


白髪に深い皺。背は曲がっているが、目だけは鋭い。


隣のガルドが耳打ちしてきた。


「言ったでしょう、気難しいって」


「聞いてる」


「井戸を掘りたい。水脈の場所を教えてほしい」


トーマスは鼻を鳴らした。


「知っとるよ。この辺の地下なら、目ェ瞑っても分かる。四十年掘ってきたからな」


「なら——」


「だが、教える義理はねえな」


老人が腕を組んだ。


「あんた、記録とやらを始めたんだろう。あれで街の空気がおかしくなった。俺のところにも『一緒に掘らないか』って話が来てたが、あんたがルール決めたから皆引っ込めたんだ」


二度目だった。リーネと同じ言葉。


「……俺が間違っていた」


「あん?」


「現場を知らないくせに、一人で仕組みを作って押し付けた。それは認める」


頭を下げた。


しばらく沈黙が流れた。顔を上げると、老人の目が変わっていた。


「……ふん。頭を下げられる領主か。悪くはない」


「協力してくれるか」


「場所は教えてやる。掘るのはあんたらだ。俺は指示だけ出す。この腰じゃシャベルは振れん」


「十分だ」


「で、誰に掘らせるつもりだ」


トーマスの目が試すように光った。


「古参と新参、両方だ」


即答した。


「混成で班を組む。同じ穴を一緒に掘らせる」


トーマスが目を細めた。


「……ほう。分かってるじゃないか」


老人は窓の外を見た。


「俺がこの街に来た頃も、似たようなことがあったよ。よそ者扱いされて、何年も肩身が狭かった。一緒に井戸を掘って、やっと認めてもらえた」


こちらに向き直る。


「北東の丘の麓だ。三丈も掘りゃ、いい水脈に当たる。——ただし、あんたも掘れよ。領主が泥まみれになってるのを見れば、文句言う奴も少しは黙る」


「そのつもりだ」


***


翌日から、井戸掘りが始まった。


トーマスが杭を打った場所——北東の丘の麓。古参と新参の混成班、二十人ほど。

最初は互いに距離を取っていた。


俺はシャベルを手に取った。


「始めるぞ。文句は穴が掘り終わってから聞く」


最初の一突き。土が硬い。すぐに腕が痛くなる。

だが、領主が汗をかいている姿は——効いた。

古参の年長者が黙ってシャベルを取り、俺の隣に立った。新参の若い男が、その反対側に並んだ。


「おい、そっち持て!」


「了解!」


「土、運ぶぞ! 手ェ空いてる奴!」


「俺が行く!」


作業が始まると、余計なことを考える暇がなくなる。古参も新参も関係ない。ただ、目の前の穴を深くするために動く。


二日目。穴が俺の背丈を超えた。

穴の中は狭い。自然と肩がぶつかる。


「悪い」


「いや、こっちこそ」


新参の男が古参の男に謝り、古参が首を振る。

昨日までなら起きなかったやり取りだ。


三日目の昼過ぎ。


穴の底で作業していた男が、突然叫んだ。


「——水だ!」


シャベルの先から、透明な水が染み出している。


「出た——出たぞ!」


歓声が上がった。

穴の中の二人が泥水を浴びながら笑い、上から手が伸びて引き上げる。古参の腕が新参を引っ張り上げ、新参が古参の背中を叩いた。


泥だらけの顔で、全員が笑っていた。


トーマスが俺の隣で腕を組んでいる。


「言った通りだろう」


「ああ。……ありがとう」


「礼はいらんと言った」


老人はそう言いながら、口元が緩んでいた。


***


その夜。執務室で報告書をまとめていた。

井戸の運用ルールは——今度は住民と相談して決める。


コンコン、とノックの音。


「お茶をお持ちしました」


リーネが盆を手に入ってきた。

カップが机に置かれる。俺はペンを置いて、手に取った。


「この前は悪かった」


「……何がですか」


「お茶、飲まずに出てっただろ。せっかく淹れてくれたのに」


リーネの手が、盆の上で止まった。


「……覚えてたんですか」


「当たり前だ。あの時のお前の言葉で、俺は動けた」


一口飲んだ。疲れた頭に染みる。


「美味いな」


「……そうですか」


リーネの声はいつも通り素っ気ない。だが、耳の先がわずかに赤い。


「今度からは、ちゃんと飲んでから出てってください。淹れた意味がないので」


「善処する」


「善処じゃなくて、絶対です」


「……はい」


なぜか俺が折れる流れになっている。

だが、悪い気はしなかった。


リーネが出ていく。

その足音が消えるのを聞きながら、もう一口、紅茶を啜った。


窓の外に、新しい井戸の周りで焚き火を囲む人影が見える。

誰かの笑い声が、かすかに聞こえた。


前世でも同じだった。

一番信頼してくれた後輩は、データを見せた時じゃなく、一緒に夜通し実験に付き合った時に「先輩についていきます」と言った。


後輩の——高橋の声が、よぎった。


——大丈夫ですから。先輩、心配しないでください。


あいつも——仕組みじゃなく、言葉が欲しかったんじゃないのか。


カップを握る指に、少しだけ力が入った。


「殿下」


セバスの声だった。いつもの穏やかな調子に、わずかな硬さが混じっている。


「入れ」


セバスが扉を開け、一礼した。手には薄い封筒。


「以前お伝えした件……調査の結果が出ました」


「新参の流入についてか」


「はい。周辺の村で、噂を意図的に広めていた者がおります。出所を辿ったところ——リアン殿下派の商人が関わっている形跡がございます」


紅茶のカップを持つ手が、止まった。


リアン——第二王子。


「……兄上か」


窓の外の焚き火が、揺れていた。

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