表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命点1000、自分には一点も使わなかった ~なお敵の転生者は全振りで最強になった模様~  作者: Lihito


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/18

15話:帰る場所

俺は司令塔の上で、風に吹かれながらその光景を見下ろしていた。


隣で座り込んでいたゼクスが、苦しげな息の下から、絞り出すように声をかけてきた。


「……おい、小僧。いや、アレン殿下。あんた、とんでもないモンを持ち込みやがったな」


彼は深く息を吐いた。


「……だが、礼を言う。部下たちは助かった」


ゼクスは震える手で、自分の血に濡れた手袋を脱ぎ、素手を差し出してきた。

それは、武器商人としてではなく、一人の「戦友」として認める握手だった。


俺はその手を握り返した。

砦には、遅れて勝利の歓声が響き始めた。

しかし、俺の心には、あの窪地の静寂が焼き付いていた。


***


戦いの興奮が冷め、冷たい夜風が吹き抜ける司令塔のバルコニー。

傷の手当てを終えたゼクスは、葉巻を取り出し、震える手で火をつけた。


「……あのガスの件だがな」


ゼクスは眼下の窪地——今は土砂で埋め立て作業中の「墓場」——を見下ろした。


「安心しろ。あんなモン、俺だって二度と見たくはない。あれは戦じゃない。ただの『処理』だ」


彼は苦々しい顔で煙を吐いた。


「英雄譚にはならんし、広めれば逆に『卑怯者』の汚名を着せられかねん。この砦にいる者には箝口令を敷く。公式記録には『殿下の火計と奇策により撃退』とだけ残そう」


「助かる。こちらも『禁忌の魔法』と騒がれるのは御免だ」


ゼクスは短く頷き、部下たちの元へ戻っていった。


入れ替わるように、エレオノーラが俺の隣に立った。

彼女はしばらく無言で夜空を見上げていたが、やがてゆっくりと視線を合わせてきた。


「……騎士道精神に照らせば、貴殿の行いは外道です」


声は硬い。だが、そこに軽蔑の色はなかった。


「毒と窒息で、抵抗する間もなく命を奪うなど、あってはならない」


彼女は視線を下げ、城壁の下で焚き火を囲み、泥のように眠る兵士たちを見た。

生き残った五百人の命。彼らが今、生きて家族の元へ帰れるのは、俺の「汚れ仕事」のおかげだ。


「ですが……私は『結果』を否定できません。貴殿の手は汚れました。恐ろしいほどに。しかしその汚れた手で、貴殿は確かに彼らを守り抜いた」


エレオノーラは静かに告げた。


「私の判断は変わりません。貴殿がその力と罪を背負い、民を守るために戦い続けるならば……このエレオノーラ、貴殿の盾であり、歯止めであり続けます」


「……ありがとう」


「ですが、忘れないでください」


彼女の声が、少し柔らかくなった。


「あのような殺戮に慣れてしまわないでください。後悔がないとしても……痛みだけは、持ち続けてください。それが、人としての最後の一線ですから」


俺は黙って頷いた。

彼女の言葉は、冷たい夜風の中で妙に温かく響いた。


***


一夜明け、朝霧が立ち込める砦の右翼側。

俺、ゼクス、エレオノーラ、そしてヴォルフの四人は、窪地の縁に立っていた。


眼下には、外傷のないまま息絶えた千以上の魔物の死体が折り重なっている。

このままでは「毒殺」の痕跡が明らかだ。検死官が見れば一発でバレる。


「昨夜も話した通り、今回の件を公にするのは危険だ。魔物の襲来は『火計』により撃退ということでいいか?」


俺の提案に、ゼクスは短く鼻を鳴らした。


「ああ、異論はない。『窒息死』なんて陰気な死に様より、『業火に焼かれて全滅』の方が敵への見せしめにもなる。それに、アンモニアとタールを使ったのは事実だ。嘘は言っていない」


「その通りだ。窪地の魔物もタールで焼き払っておこう。それで矛盾はなくなる」


ゼクスが合図を送ると、窪地に残っていたタール樽が追加で投げ込まれ、松明が投下された。

猛火が窪地を包み込んだ。

黒い煙と共に、証拠も、魔物の死体も、すべてが灰へと変わっていく。


エレオノーラも、燃え盛る炎を見つめながら静かに頷いた。


「……承知しました。王都への報告は『国境防衛に成功』とのみ伝えます」


彼女は手帳を取り出し、昨夜の記録——ガスに関する記述があるページ——を破り取った。

そして、それを炎の中へ投げ捨てた。

紙片がヒラヒラと舞い、炎に飲まれて消える。


「私も証人として、殿下の火計の鮮やかさを証言いたします」


ヴォルフも深く頭を下げた。


「このヴォルフ、殿下の影となり、光となりて支えましょう」


炎は半日燃え続け、窪地はただの焦げた穴となった。

北の守りは盤石となり、ゼクスとの盟約は「血と秘密」で結ばれた。


***


帰路の馬車の中。

俺は窓の外を流れる雪景色をぼんやりと眺めていた。


瞼の裏に、あの窪地の光景が蘇る。

声もなく倒れていく魔物たち。抵抗する間もなく、命が消えていく。

俺がやったことだ。

俺の命令で、千以上の命が一瞬で消えた。


後悔は、ない。

やらなければ、ゼクスの兵が死んでいた。アルカスの民が危険に晒されていた。

天秤にかけるまでもない選択だった。


だが——

転生したばかりの頃は、こんなことになるとは思わなかった。


最初は、ただ証明したかっただけだ。

俺のやり方は間違っていない。正しい理屈で、正しい結果を出す。

そんな、自分本位な理由だった。


高橋だけじゃない。

もう一人——同期の男がいた。腕はあった。

だが、評価されなかった。


「俺は間違ってない」が口癖で、周りが見えなくなっていた。最後にどうなったかは知らない。退職届を出した日に死んだから。


いつからだろう。


セバスの忠義。ガルドの信頼。ゲイルの職人魂。ミーシャの商魂。

リーネの——不器用な砂糖。

ゼクスの武骨な握手。エレオノーラの真っ直ぐな正義。


いつの間にか、俺の周りには、守りたいものがたくさんできていた。


窓の外には、遠くアルカスの街並みが見え始めていた。

煙突から立ち上る煙。舗装された道。青々とした畑。

一年前は何もなかった荒野が、今は人々の営みで溢れている。


——大丈夫ですから。先輩、心配しないでください。


高橋の声が、よぎった。

あの時、俺は何もしなかった。


今度は、逃げない。


王になりたいわけじゃない。

魔王軍を倒したいわけでもない。

ただ——あの場所を、あの人たちを、守りたい。

そのために、手を汚す覚悟はできている。


これが、王になるということなのかもしれない。


馬車がアルカスの門をくぐった。


「お帰りなさいませ、殿下!」


門番の兵士たちが敬礼する。

俺は軽く手を挙げて応えた。


「ただいま」


その言葉が、自然と口から出た。

ここが、俺の帰る場所だ。


懐の中で、砂糖の袋がかさりと揺れた。


【現在運命点:675】


お読みいただきありがとうございます!

もし「面白そう!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、

広告の下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、執筆(投稿)の励みになります!

ブックマークもぜひポチッとお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ