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【5部開始】転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~  作者:
第3部 未知の島・狂気編 1章 魔道都市へ

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72話 悪夢の船旅

 俺にとっての夢と希望の船旅は一日目にして破綻していた。


「どうなさったのですか?乗船するまではすごく楽しみそうでしたのに」


 エレナの声が優しく心配げに響く。

 彼女の金髪が甲板の風に揺れて、陽光を反射してきらめく。

 白い衣の裾が軽く翻り、俺の視界に優しい影を落とす。


「ねえ、エレナ、どういうこと?想像と違うんだけど。」


 俺は返す言葉がすぐに出なかった。

 喉が詰まって、息が少し浅くなる。

 何が違うって、全部だ。


 出航の瞬間だけは、確かに胸が躍った。

 港のざわめきが遠ざかり、帆が上がる音が低く響き、木がきしむ重たい振動が足の裏にずしりと伝わってくる。

 海風が吹いて、塩の匂いが鼻の奥をくすぐり、潮の味が唇に残る。

 漫画みたいに、甲板でぼーっと海を眺めたり、手すりにもたれて「船旅っていいな」って呟いたりする時間を想像してた。


 俺は勝手に、そんな時間が船旅のほとんどを占めると思ってたんだよな。

 でも現実の甲板は、休む場所じゃなかった。

 甲板に出た瞬間、まず人の数に圧倒された。

 船員が走り回り、ロープが引かれる音が響き、足音が木板を叩き続ける。

 帆布がばたついて風を切り、怒鳴り声が飛び交い、返事が重なる。

 誰かが何かを落とし、別の誰かが拾い、別の誰かがそれを蹴るように避けて通る。

 荷物の転がる音、波が船体を叩く低いゴォォという響き、風に煽られた帆のパタパタ音が、耳の奥で混ざり合って頭がクラクラする。


 甲板の木が熱を持って、靴底を通じて足の裏がじりじりする。

 海風が強すぎて、髪が顔に張りつき、視界を邪魔する。

 これが、航海の最初だけの忙しさだと思っていた。

 でも、その最初だけでも、俺が思ってた「優雅な船旅」は粉々になった。

 胸の奥で、期待が一気に萎えて、代わりに「これから十日間これか……」って現実がずしりと落ちてくる。

 手すりを握る手に力がこもる。

 波が船を揺らすたび、体が傾いて、胃がむかむかしてくる。

 夢と現実のギャップが、こんなにデカいとは思わなかったよ……。


 そして、次の衝撃。

 香水だった。

 甘ったるい匂いが、空気にへばりついている。

 花の甘さと油っぽい重さが混ざった、頭の芯がぐらっとするような匂い。

 港の人混みの潮臭さとも、安い酒のアルコール臭とも違う。

 どこかの上等な客の区画から流れてきてるのか、それとも荷の一部なのか。

 とにかく、息を吸うたびに気分が悪くなる。

 鼻腔の奥がむかむかして、喉が締まる。

 吐き気がじわじわと上がってくる。


 俺は甲板で海を見るどころか、早々に階段を下りた。

 下りたところで楽になるどころか、今度は揺れが来る。

 船の後方が俺たちの部屋の位置らしい。

 波が船体を叩くたび、床が持ち上がっては沈み、足元がぐらぐらと揺れる。

 波に乗るんじゃなくて、波に殴られているみたいだ。

 体が前後に揺さぶられ、手すりを掴まないと転びそうになる。

 胃が浮いたり沈んだりして、むかむかが倍増する。


 俺は部屋の前で立ち止まったまま、何度も深呼吸した。

 落ち着け。船旅なんて、こういうものだ。そう思い込もうとした。

 でも、そこで渡されたものを見て、全部が無理になった。


 運ばれてきたのは、バケツたったの一杯。

 これが、一等客である俺に与えられた。一日の水のすべてだった。

 飲み水。顔を洗う水。服の汚れを落とす水。

 そして、体を拭くための水。全てをこれで済ませないといけない量だった。

 エリスも同じバケツをもらっているみたいだった。


 このバケツ一つでやりくりしなきゃいけないってマジかよ。

 俺はしばらく、そのバケツの底をじっと見つめてしまった。

 一番高い金を払っている一等客でさえ、これだ。

 三等客の連中がどうなっているかなんて、想像したくもない。


「思ってたのと違う」


「違うんですの?」


 エレナは本気で不思議そうだった。

 眉を少し上げて、何が問題なのか分からない顔をしている。

 瞳がまっすぐ俺を見て、純粋な疑問だけが浮かんでいる。

 金髪が部屋の灯りに照らされて、柔らかく光る。


 いや、分かるだろ。普通は。

 そう言いかけて、俺は飲み込んだ。

 この世界にとって、これが当たり前の世界だ。

 俺の感覚がズレてるだけだと思いだした。

 いかんな。俺の常識を当てはめるだけ無駄だという事をたまに忘れる。

 だから、俺は説明をした。


 俺の中の当たり前と、この世界の当たり前がどれだけ違うか。

 甲板でゆっくり海を眺めるつもりだったこと。

 毎日、好きに水を使えると思っていたこと。

 匂いで頭がおかしくなりそうなこと。

 揺れが思ったより凶悪なこと。

 言葉を一つずつ選んで、ゆっくり話した。

 喉の奥が少し熱くなり、息が浅くなる。


 エレナは、最初はうなずいて聞いていた。

 でも途中から、首をかしげる角度がどんどん大きくなった。

 瞳が泳ぎ始め、眉が寄る。

 金髪の先が、わずかに震える。


「それは古代の魔法のお話なのですか?」


「古代の魔法?」


「あ、はい、わたくしは、そのようなことは知りませんが、たまにシビさんはわからない技術を言います。あの時のドライアイスとか、生前とか。普通なら生前とは死んだ人が使う言葉ですが、あの戦いで『見せてやる古代の魔法ってやつを』って言っていましたので古代の魔法。もしくは秘宝のことを言っているのかと思いまして」


 俺は、思わず目をそらした。

 あの時の自分は、勢いで何を言っていたんだ。

 確かに、物騒な物で簡単な化学実験をした事は覚えてる。

 そのおかげで勝ちを拾ったのも確かだ。

 確かにあそこの台詞は……自分に酔っていたのかもしれない。

 頬が熱くなって、耳まで赤くなるのがわかる。


 エレナの純粋な瞳が、俺をまっすぐ見つめてくるのが、なんだか照れくさい。

 それと同時に、妙に納得もした。

 文明レベルが俺の生前と違うんだから、頭では理解していた……つもりだった。

 実際体験しているとこのようにカルチャーショックなんて頻繁だけど、今回のはレベルが違いすぎた。

 胸の奥で、ため息が重く沈む。

 この世界の「普通」が、俺にとってはまだ「異常」なんだよな……。


「俺も、魔術師ギルドの図書室で見たことあったけど、こんな大きな木が浮くのだから、魔術的事が、使われてるとと思ってな。ところでエレナは大丈夫なのか?」


 うん、ごまかすのは無理に近いと思いつつ。とりあえずそうごまかしてみた。

 声が少し掠れて、自分でも「ごまかし下手すぎ」ってツッコミたくなる。


「実はかなりきついですわ。この揺れと匂いで、少し気持ち悪いと思ってます」


 エレナの声は、いつもの落ち着きが少し薄い。

 頬の色も、ほんの少し悪い。

 白い肌が青白く見えて、唇の端がわずかに震えてる。

 揺れだけでもきついのに、あの香水の匂いが追い打ちだ。

 甘ったるい残り香が部屋にこびりついて、息を吸うたびに胃がむかむかする。

 エレナは、辛そうにしながら申し訳ない顔をしているのだが、それは仕方ない。


 彼女の瞳が少し潤んでいて、俺の胸がチクッと痛む。

 俺は少しベッドで休めと伝えた。

 エレナは小さく頷いて、ベッドに腰を下ろす。

 白い衣の裾がふわりと広がり、彼女の細い肩が少し落ちる。


 俺は部屋の窓へ行って、鍵を外した。

 重たい木枠がきしみ、隙間から海風が入り込む。

 潮の匂いが混ざった瞬間、ようやく肺が息を思い出した。

 塩辛い風が顔を撫で、髪を乱暴に揺らす。

 甘ったるい香水の残り香が、ふっと薄れて、肺が軽くなる。

 いい風が吹いていた。


 これなら助けを呼んでも大丈夫だろう。

 俺は息を整えて、力ある言葉を発した。

 風の乙女シルフを呼び出して部屋の中の空気を洗浄してもらった。

 目に見える変化は少ない。

 でも、空気が軽くなる感じがした。

 鼻の奥に貼り付いていた甘ったるさが、少しだけ薄れる。

 揺れはどうにもならない。

 でも、せめて息ができるだけでも違う。

 俺が思っていた快適で安心な生活はこのように裏切られていた。

 でも、裏切られっぱなしで終わるのも嫌だった。

 少なくとも、出来ることはやりたいし、何とか快適な状態にもしたかった。


 それからも、驚きはこれだけではなかった。

 鳥や豚、牛を乗せてるのはびっくりした。

 俺自身も生前大航海のゲームしたこともあるから、交易用だと思っていたんだけど。

 実は食事の為らしい。

 保存がいまいちなので、食べるときに殺すみたいだ。

 そういう話を当たり前みたいにされて、俺は返事の仕方に困った。

 胸の奥で、違和感がざわつく。

 この世界の「当たり前」が、俺の感覚とズレすぎてる。


 他にも驚いたのが共有場所がないという事。

 等級で食べる場所も分かれているし、行動場所も決まっている。

 上の等級の人は下には行けるが、基本トラブルのもとになる可能性があるので行かないらしい。

 下の等級が上の等級の場所には絶対禁止らしい。

 プライベートルームはそれだと嬉しいけど、全部これだから身分社会は本当に面倒だと思う。

 俺は、廊下で立ち止まって天井を見上げた。

 同じ船なのに、階段一つで世界が変わる。

 ルールが違う。空気も違う。人の目も違う。

 面倒だ。息が詰まる。

 そんな感じで、乗船するまでのテンションの高さは、現実を知ってテンションが下がっていた。


 それでも、何もしないで部屋に閉じこもるのは、余計に気が滅入る。

 散歩がてら一等室のあたりを歩いてみた。

 すると、さっきまでの区画とは空気が違う気がした。

 重苦しい湿気が薄れて、代わりに魔法の残り香がふわっと漂ってくる。

 あちこちで小さな光が揺れ、淡い風が頬を撫でる。


 ここにいる者たちは、船旅をそれなりに楽しんでいるようだった。

 すれ違った紳士は、指先から小さな風の渦を起こして涼しんでいた。

 白いシャツの襟が軽くはためき、汗ひとつ浮かべていない。


 礼拝堂では、ある神官が水を清めていた。

 透明な水滴が宙に浮かび、ゆっくり回転しながら光を散らす。


 魔法の光が部屋から漏れ出している事もあった。

 扉の隙間から淡い青や金色の輝きがこぼれて、廊下の石板に細い線を描く。


 魔法の国へ向かう船だ。

 使い手が多いのは当然か。


 そういえば火の使用と暴力だけは基本禁止されていてほかの魔法は比較的許可されていたなぁ。

 火が怖いのは分かる。帆も木も油もある。

 一つ燃えたら終わりだ。

 暴力も、狭い船なら余計に危険。

 ルールがあるのは助かる。


 船の中を歩いていると、いろいろな音が混ざって聞こえてくる。

 船そのものがきしむ音だけじゃない。

 壁の向こうからは、男女の喘ぎ声や、布がこすれる生々しい音が漏れてくる。

 ……まあ、娯楽がないのはわかるけど、みんな元気すぎるだろ。


 廊下を歩くたびに、聞こえないふりをするスキルが上がっていく気がする。

 視線を足元に落として、自分の足音だけに集中してみる。

 でも、耳だけは正直で、壁の薄さを恨めしく思うしかなかった。


 胸の奥で、小さく苦笑いがもれる。

 ……エレナがいなくて、本当によかった。

 もし一緒に歩いていたら、どんな顔をすればいいのかわからなくて、死ぬほど気まずかったはずだ。

 板一枚向こうでこれかよ。プライベートなんて、あったもんじゃないな。


 食堂で吟遊新人の歌を聴いたりしてた。けど、やはり飽きが来ていた。

 ほかのテーブルではトランプで賭け事をしていたので、ルールを聞いて参加をしてみた。

 どうせイカサマすれば負けることはないし。


 勝ちすぎたら怪しまれる。

 負け続けたら意味がない。

 最初勝たせて、最後は勝つ感じにすればいい。


 そして全部持っていくのではなく、7:3か6:4で終わらせれば運がよかったで済むし、相手も楽しめるからそれでいいだろう。


 基本少額の時に負けて、相手が大金などをした時に勝って。

 少し上げたところで数回負けて、そして勝てば。

 相手も向きにならずにするだろう。

 俺はテーブルに着いて、カードを配られる。


 木のテーブルが少しべたつく感触が、掌に残る。

 周りの男たちの視線が集まって、煙草の煙と酒の匂いが混ざって鼻を突く。

 ジョッキの底に残った泡が、ゆっくり溶けていく。

 カード賭博をして大勝ちしてエレナに怒られたりしていた。


 賭博なんてダメですって言われたけど、ガチで娯楽ないし。

 でも、隣のエレナは完璧に不機嫌だった。

 彼女の金髪が、テーブル灯りに照らされて、きらきら揺れる。

 瞳が少し細くなって、唇が尖ってる。

「シビさん……」って小さな声で呼びながら、袖を軽く引く仕草が、なんだか可愛くて罪悪感が湧く。

そんな船旅を五日ほど経った日に問題が起きた。

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