67話 バステルでの問題
数か月ぶりに、小城塞都市バステルに戻ってきた。
いつもより空気が落ち着かない雰囲気がある?
人の声も足音も、どこか尖ってる。
いつもより鋭く耳に刺さってくる。
街路を歩く奴らの視線が、俺たちを掠めてはすぐ逸れる。
嫌な予感がする。
胸の奥で、何かがざわついて、息が少し浅くなってきた。
でも、まずはいつもの場所だろ。
体が覚えてる道を、俺たちは黙って進んだ。
ギルド兼宿屋の、門番の酒場に入る。
扉を開けた瞬間、酒と煙と汗の混じった熱気が、波みたいに押し寄せてきた。
カウンターの奥にいるマスターは、俺の顔を見た瞬間、目だけで笑った……と思った途端に、それが消えた。
皺の寄った目尻が、ぴくりとも動かなくなる。
いつもの軽口が、今は硬く引き締まってる顔だ。
「よう、久しぶりだな。いつもの部屋借りれるか?」
カウンターに肘をついて、いつもの調子で言ってみた。
声が少し掠れてるのに、自分で気づく。
返事の代わりに、マスターは顎を奥へしゃくった。
笑いながらからかう、いつもの仕草じゃない。
目が合った瞬間、静かな圧力がくる。
奥の部屋に来い。
言葉にしない命令が、はっきり伝わってきた。
俺はエレナの方を見た。
エレナも、理由がわからない顔をしてる。
予想できない、じゃない。予想する材料がない、って顔だ。
多分、グランベルクの街の件。
話がそこに向かうのはわかる。
問題は、どういう切り口で来るか。
奥の部屋は、外の騒がしさが嘘みたいに静かだった。
マスターに促され、俺は手近な席に腰を下ろす。エレナも隣に座った。
「まずはグランベルク開放は目でてえ、お疲れ」
「俺がやったわけじゃないよ、炎の民全員がやったことだろう」
「表向きはな。何のために別室で話してると思ってるんだ!」
声の温度が、明らかに違う。
眼光だけでわかる。これは冗談じゃない。
マスターの目が、俺を射抜くように鋭い。
部屋の空気が、一気に重くなる。
エレナもマスターの目を見て、心配そうに俺を見た。
彼女の指が、錫杖をぎゅっと握りしめる。
「やり過ぎたんだよ」
「そうくるか? 敵になるのか?」
「まだだな。今ははならんが、時間の問題だろうよ」
俺がいない間にかばってくれてたんだろう。
だが、かばうにも限度がある。
だから別室で詳しい話を聞くって事なんだろう。
「なぜですの? あの町はとても最悪な感じでしたわ。それを・・・」
エレナの声が揺れている。
なぜ?自分たちがお尋ね物みたいになる理由がわからないし納得できないって感じなんだろう。
そんな顔でマスターに食い下がっていた。
「マスター、エレナは生粋の修道女だ。ここは穏便に」
「嬢ちゃん。言いてえことはわかる。だがなぁこの大きな城壁の秩序が狂ったんだよ。秩序が狂ったらどうなると思う」
「それは、正さないとより大きな被害が起きると……」
言いながら、エレナの顔色が変わった。
言葉にした瞬間、やっと大きさがわかったみたいだった。
彼女の頰から血の気が引いて、息が浅くなるのが横から見てもわかった。
「やはり裏があったか」
「どういうことですの?」
「魔物が蔓延ってる城壁の中だぞ。いくらこの町が防御力が強くても、耐えきれるはずがない。しかも外との連絡は最低限しかできない。それがずっとこの街だけ残ってる。この街だけは治外法権だったんだよ」
「そんな……ほかの街を犠牲にして」
「だがなぁ、それでずっとこの町の治安が守られ、多くの民が平和だということだ。俺もなぁある程度の。例えば、あの町の奴らに一泡吹かせることなんて、この城壁の事だとしたら大したことはない。だが、町一つ。しかもあそこの支配者が倒れたとあってはことはやりすぎだ」
マスターが俺の過程が正しいことを補足してくれてた。
エレナの顔が、信じられない顔をして俺の方を見た。
どうにかならないのですかとでもいうような目で見られても、俺は顔を、横に振るしかできなかった。
それを見て、彼女の指が錫杖を握る力が強くなっていた。
「支配者の考えることはどこの世界でも同じだな。小を犠牲にして大を生かすってな」
「何が言いたいんだ。シビィ」
「一般論だ。悪い事じゃない。大体の状況はわかった。俺にどうしろと」
「この城壁から出れるのならいったん出ろ。それか勝ち目のないグランベルクの奴らに手を貸すんだな」
「勝ち目がないって……」
エレナはマスターにそう聞いているが語尾がどんどん小さくなっている。多分どうすればいいのかすごく考えているのだろう。
「あそこは、ここみたいに城壁に守られていない。守備力は薄いんだ。凄腕の奴らが数人いても、他のモンスターに攻められたら、いくらなんでもいつか負けるだろうよ」
「ですがこの街と協力すれば」
「嬢ちゃん。それはしねえよ。俺たちは俺たちの街を護るだけで精いっぱいだ。炎の民は協力はしたけど、ここまでだ。これ以上はリスクしかねえ」
「ですが……」
「そこまでだエレナ。俺たちは部外者なんだ。この内部には内部のルールがある。俺たちは冒険者だ。依頼があったし目的があったから協力をした。これ以上は身を亡ぼすし、俺自身は紋章の事を調べないといけない」
「そんな。あんなに良くしてくれて感謝もしてくれたのに」
「あいつらもそんなことは知ってるよ」
「どういうことなんですの?」
「多分あの町を陥落出来たら四面楚歌になる可能性がある事。だから俺達を必要以上に引き留めなかっただろ」
「シビさんは、わかってましたの」
「少しな。可能性はあるってことぐらい。ただあそこの街を取り戻したってことは他の街でくすぶっている連中が立ち上がり、反転できる可能性もある。最後までわからなかった」
「何でそんなに冷静ですの?」
「冷静か……冷静ではないさ。だが俺は俺の目的がある」
マスターが鼻で笑う。部屋の空気が少しだけ動いた。
「痴話げんかは終わったか?」
「魔物討伐、遺跡探索はいいけど、やりすぎか……よく考えたら戦争を打ってきたと言われても仕方ないしな」
俺もあの時は深く考えなかったけど、相手にしてみたら人間が攻めてきたと思われても仕方ない。
しかも小国が大国に喧嘩を売って街を一個奪われたとあっては、奴らも売られた喧嘩勝ってやるってなっても仕方がない。
「そういうことだ。城の方は知らぬって事らしいし、俺の方も数日泊って、今はそいつらは旅だったっていうことにしてる。嘘は言ってないさ」
「ありがとうよ」
「なぁに、てめえにはたくさん稼がせてもらったしな。だがいくらてめえがあそこの城主を倒したぐらい強いっていっても。多勢に無勢ではいくら何でも無理があるだろう。違うか?」
「確かにな」
雑魚はともかく勝てたのは一対一で戦っていたからだ。実際紋章の開放したミノタウロス戦では助けがこなかったら俺は死んでた可能性が高いしな。
「出る手段はあるのか?俺は連絡手段はあるが、出る方法は知らないからよ」
「一応な。何で俺が倒したことになってるんだ」
「流れの銀髪の女戦士が理解不能の技を使用して倒したなんて言う話が出ているからな」
「それが俺だと?」
「そんな立派な銀髪に戦士。他にもスタイルがいい。魔法の剣で戦うなんて聞いたら当てはまるのがお前だったってことだ」
余計な噂を広げるな、と言いたくなる。
でも今は、そこじゃない。
「また戻っては来るが、その時まで達者でな」
「あぁ、あの部屋はたぶん誰も使わんからな。来たら貸してやるぜ。いつもの値段でな」
「シ……シビさん」
エレナが小さく俺の名を呼ぶ。
迷いと、悔しさと、置いていかれそうな不安。全部混ざった声だった。
「あの町に戻っても俺は文句は言わないが、俺は俺の役目っていうか、あの紋章の元をたたくっていうのがとりあえずの目標なんだ」
本音を言えば、俺自身の幸せを見つけるのも目標だ。
でも、今の俺には二つを同時に抱えられる器用さがない。
グランベルクのことと、紋章のこと。両方に全力は無理だ。
ヒルダたち。俺がまた来るまで、頼む。
そう心の中で言って、口にはしない。
「わたくしは……シビさんと行きますわ」
いろいろ考えた結果そう言ってくれて俺自身は助かった。
かなりの葛藤はあると思うが、落ち着いたらゆっくり話したいとぽもう。
「そうか……ありがとう」
とりあえず今は、礼しか出てこなかった。
「俺が来たっていうのも情報が入ってるころだろうな」
「城の奴らには多分もう入ってるだろうな」
「そうか、マスター」
「どうした」
いかつい、いつもの親父が、にっと笑った。
さっきまでの鋭さが、ほんの少しだけやわらぐ。
「ありがとうな。世話になった」
「気にするな。この数か月停滞していたこの街にもいい刺激だったろうさ。さぁ。いきな。おっと俺がこの部屋から出ないといけねえな。そろそろ来る頃だと思うから対応しておく」
「あぁ」
俺がそう返した瞬間、マスターは部屋から出て行った。
扉が閉まる音が、妙に重い。
「いろいろ思う事はあるとは思うが首都に戻ろうエレナ」
「わかりましたわ」
俺は指輪の力を開放した。
指輪が光る。視界が白く滲み、床の感覚が抜け落ちる。
光が収まった瞬間、俺たちは城壁の外に立っていた。
背中に、巨大な影。
振り返れば、不吉な看板のある城壁の門が、黙ってそびえ立っている。
今バステルにいたとしてもあそこの街にいる全員に迷惑が掛かる。
俺は多分この城塞の中に戻ってくるだろう。
その時は……この城塞全てを開放してやりたいと思った。
「転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~」をお楽しみいただけましたか?
もし「続きが気になる」「応援したい」と感じていただけましたら、ぜひブックマーク登録と、ページ下部にある【評価する】ボタンから評価ポイントをいただけると、とても励みになります!
皆さんの応援が、次の話の執筆を進める力になりますので、どうぞよろしくお願いします!




