20話 部屋の中には
二人は、少しだけ休憩を取った後、再びゴーレムが守っていたであろう扉の前に立っていた。
その扉は、ミスリル製の金属でできており、冷たい光沢を放っている。
傷一つない表面には、まるで長い間封印されていたかのような静けさと威圧感が漂っていた。
「扉までミスリル銀なのかよ。これって普通に流出している金属だったか?」
俺が呟くと、エレナがその扉を見つめ、静かに答える。
「そんなことありませんわ。少なくともわたくしはここで初めて見ましたわ。やはり違いますわね。」
エレナの口調には、少しの驚きと、何かを感じ取ったような表情が浮かんでいた。
「過剰なほど危険な施設だったよな。かなり見られたくないものがあるんだろうな」
俺は冷静に言ってから、扉に手をかける。
その冷たさと重さが手に伝わり、少し力を込めて扉を開けると、ギギッという鈍い音と共に扉が開いた。
目の前には、無数のガラス瓶や試験管が並んでいて、どれも奇妙な液体が満たされている。
それぞれの瓶や容器は形が異なり、まるで何かを封じ込めているかのように感じられた。
奥には、無数の動物が合体しているものがあった。
「キメラか……いや、これは人工的にやってやがる。」
俺はそう呟き、あまりにも異様な光景に目を凝らす。
自分の目だけでは足りないと思い、|魔法の目マジック・アイ》をいくつか発動させた。
マジック・アイを使うことで、部屋の中の細かい部分まで視覚的に把握できた。目を通して見えるものは、まるでその場にいるかのように鮮明で、動物の遺伝子操作や、クローン技術を使った実験が行われていたことが分かった。
目が次々と映し出す情報に、俺は息を呑んだ。こんな場所で行われていた研究は、まさに人間が許される範囲を超えている。
それを見て、エレナは顔色を悪くしていた。
「気持ち悪い……」
彼女の声が震えて座っていた。
「少し休んでな」
俺は魔法の力を集中させ、魔法の矢を放つ準備をした。
指先に魔力を感じながら、エネルギーの塊を指先から放つ。
光の矢のようなものが、空中で輝きながら不気味な実験の対象を次々と貫いた。
目の前に並ぶ不気味なサンプルが次々と砕けていくのを見ながら、俺の心の中には一瞬の安堵が広がった。
だが、すぐにエレナがその前に立ちはだかる。彼女の姿が俺の視界を遮った瞬間、わずかな焦りを感じる。
「シビさん……何をしているのですか?」
彼女の声には、いつもとは違う、少し震えたような不安が含まれている。
目の前のものに対する恐れか、それとも俺の行動への不安なのか。
俺はその視線に少しだけ気まずさを感じつつも、冷静に返した。
「見てわからないの?壊してるんだけど。」
俺の返事には、少し強い口調を混ぜてしまったが、それを正当化するつもりはなかった。
だが、この場で立ち止まっている余裕はなかった。やるべきことは決まっている。
エレナは不安そうな顔を浮かべたまま、俺の前に立ち続けている。彼女の視線は揺れ動き、言いたいことがあるのにうまく言葉が出てこない様子が伝わってきた。
「これらを持ち運ぶのが私たちの仕事ですわ。」
「違うな、何があったのかを報告するのが仕事だ。それに、こんなものを世に広めるわけにはいかねえよ。」
俺は改めて、魔法の矢を空中に放つ。破壊する音が響き渡り、そのたびに俺の心が少しだけ軽くなる。
だが、エレナはその度に視線を向けてきた。彼女の表情は変わらず、静かに俺を見つめている。
「危険だからこそ、管理しないといけませんわ。」
エレナの言葉には、強い意志が感じられた。
だが、俺はそれを理解しきれなかった。エレナの考えは分かるけど、どうしてもこのまま放置できない。
俺の中の怒りや恐れが、次第に言葉として現れてくる。
「誰が管理するんだよ。こんな人の領域を超えた悪魔のような実験の痕跡を」
俺の声がいつもよりも硬くなったことに気づき、エレナが少し後退する。
「私たちアウリス神の教会なら、悪事に使用しませんわ。」
エレナはしばらく黙ったまま俺を見つめ、やがて静かに口を開いた。
アウリス様の教義を全てだと信じる、その盲目的な純粋さ。
エレナの瞳は、人間が必ず抱える弱さや矛盾という現実には、まるで焦点を合わせていないように感じられた。
「頭が腐ってるのか?」
思わず口をついて出たその言葉に、エレナの顔色が一瞬強張ったが、すぐに氷のような冷静さを取り戻す。
「いくらシビさんでもアウリス様を侮辱するのは許しませんわ。」
俺の胸に広がったのは、怒りや後悔ではなく、ひどく座りの悪い違和感だった。
冷静に説明したいのに、喉の奥が詰まって言葉が出ない。
彼女の信仰を否定できない、俺自身の矛盾が浮かび上がり、それをどう伝えればいいのかが分からなかった。
「はぁ~、よく考えろよ、エレナ。俺はアウリスの悪口言ってねえよ。」
俺は深く息を吐きながら、目の前の彼女を見つめる。その目には、わずかな怒りが浮かんでいるのがわかる。
「ですがアウリス様の教義がある教会には、預けられないということは、すなわちアウリス様の侮辱でもありますわ。」
エレナの言葉には、信じるものを裏切れないという強い気持ちが込められている。
その気持ちに応えられない自分がもどかしいし、相変わらず信仰は面倒くさい。
「確かにお前の言うことはわかる。だが、今回アウリス教会以外の施設も関係しているな。」
「え?」
「忘れたのか?ここの結界を解いたのは魔術師ギルドだ。魔術師にとっては、こんな研究材料を見たらよだれものだぞ。それに、国の中枢も関係している。」
「なぜそこまで言い切るのですか?」
「司祭はこう言った。『紋章の印の件だがな……王国の上層部と、魔術師ギルドの長とで話し合った結果』ってな。」
エレナは少し黙って考え込む。
「確かにそうおっしゃいましたわ。」
「なら聞くが、アウリス神の教義が確かにこの国の第一宗教なんだろうが、それは全員が信仰しているのか?」
「えっと、全員ではないと思います。」
「人は弱い。こんなものがあれば、悪いことを考える奴が多分出てくる。そこはわかるか?」
「だからこそ、きちんと管理をすれば。」
エレナの言葉が頭の中で反響する。
彼女は確かに信じている。それがどれほど強い信念であろうと、その信じる力が現実の冷徹さに目を背けさせるような気がしてならない。
エレナの純粋さが、逆に危険だと感じる自分がいた。
「無理だな。外に出したら多かれ少なかれ情報は世に出る。そうなったら防ぐ方法がなくなる。」
「な…なぜそこまで警戒するのですか?」
俺の言葉がエレナの疑問を突き刺すように響いた。
彼女の疑念に対して、どこか冷徹な部分を感じ取っている自分がいる。
冷静に話しているつもりだが、心の中では少しの苛立ちが湧き上がっていた。
「あんなゴーレムが大量に生産され、戦争に使われたらどうする?」
「そんなことが…?」
俺は深く息を吐き、目を閉じた。
頭の中で未来に起こり得る恐ろしい光景が鮮明に浮かぶ。
このまま進めば、何かが大きく壊れる予感がしていた。
「100%は無理だろうな。ミスリル銀が大量にあるとは思えないけど、だけど応用はきっとできるはずだ。そうなったら関係ない人民が不幸になるんだよ。」
「ですが、信じてくださいませ。」
エレナの言葉には、どこか強い意志が感じられる。
彼女が信じるアウリス神と、神の教義が全てだと思っている。
その思いが、今の状況にはそぐわない理想に感じられる。
「100%は無理だと言ってるだろう。人は弱い、こんな強い物を見たら溺れる奴は出てくるよ。」
「なら司祭様の判断に。」
エレナの目に宿る決意を見て、俺は一瞬その視線を受け止めた。
だが、その目の奥にはどこか冷めた自分がいた。
どんなに信じても、最終的には人の手に余るものがあることを俺は知っている。
なぜ戦争が起きる? なぜ差別が起きる? そんなことは歴史を見ればいくらでも出てくるだろう。
エレナが信じる理想とは裏腹に、俺の中には現実の厳しさが焼きついている。
俺はこの世界に来てまだ日は浅いが、人の本質は俺がいた世界もこの世界も多分変わってないと思う。
それでも、エレナが信じるものが間違っているわけじゃないと分かっている自分がいる。
だけど、俺はどこかでその信念が通用しない瞬間が来ることを恐れている。
「神は偉大だ、高僧もすごいんだろうな。だがな、人である以上絶対に正解は起きないんだよ。もちろん今回やってることが正解なんて俺には言えねえ。」
「正解だと思えないのなら、わたくしを信じてください。」
「必ずしも正解だとは思ってないけど、何かが起きたら俺には幸い今は力がある。だから、何かが起きたら俺ができる力を持って、なんとかしようと思う。」
俺はエレナにそう言って言い聞かせた。
あんまり言いたくはないが、決意を持って言うしかないと感じた。
多分、こうじゃないと納得しないんだろうな。
「反対に聞くが、これをエレナの提案通りに渡して、世界が戦争とか流出して何かが起きたらお前はどうする?」
「どうするとは?」
「言葉通りだ、こんなのが流出したら世界各国に広がったら必ず平和が崩れるだろう。そうなったらお前はどうする? そうなったらお前ひとりの力で情報を防ぐことなんてできないぞ!」
魔法には物体を転送させる呪文とかあるし、コピーみたいな呪文もある。
そんなことされたら、どうしようもできやしねえ。
「えっと・・・」
エレナは視線を動かし、悩んでいるようだった。
「どうした。そんな事が起きたらお前には責任を取れるというのか?」
「できますって言いたいのですが、もちろんそれを防ぐためには動きますが、多分起きたら無理だと思います」
よかった、もし私の信仰にかけてできますとか言われたら危なかった。
そこまで来たら、もう信仰じゃなくて狂信だよな。
「だからこそできるだけ、防ぐ方法はしないといけないんだよ。」
「ですが。」
「は~~~~~~全部じゃない。幸い、この書いてある文字は上の階にあった封印の間にあった言葉で、上にはその文字がない。だから研究の資料だけは残して渡す。俺ができる妥協点はそこまでだ」
本当は全部壊したいのだが、どのみち調べられるはず。なら研究のレポートを出すしかないだろう。
「納得はできませんが」
「それでもいいさ。でも、エレナと戦うことがあっても俺はここを引くことはしないよ」
俺は少しだけ心が揺れて、寂しそうな顔をしてしまった。
「きちんと言えないので今回はわたくしが折れますわ。すごく悔しいです」
エレナは少し俯き、悔しさをにじませた表情で言った。
その言葉には、強い感情がこもっているのがわかる。
信じていたものを手放すことの辛さを、彼女自身が痛感しているのだろう。
「だろうな。納得はできないと思うが、聞いてくれて助かったと思う」
俺は目を合わせずに、エレナに資料を渡した。
俺が選んだやり方が、彼女にとって辛い決断だったことは理解している。
だが、これが一番理にかなっていると思っていた。
俺は数百ページに及ぶ資料を渡した後、物体移動呪文で破壊したものを集め、粉塵崩壊でそれを灰にした。
一瞬で何もかも消し去ることができる力を持っている自分が、どこか冷たく感じられた。
これでエレナとの旅は、おそらく終わりだろう。考えの違いは致命的だ。
まぁ、いいさと、俺は自分に言い聞かせた。もともと一人旅を望んでいたのだ。
それなのに、妙に心が寒く感じていた。
エレナとの関わりが、予想以上に俺自身に影響を与えていたことに気づかされた。
「シビさん」
エレナの声が、震えを隠しきれずに響いた。
「あぁ、帰ろう」
短く答え、足を前に踏み出す。
空気が重く、ギクシャクしていた。
この道を選んだのは俺だ。
関係が終わったとしても、後悔だけはしない。
そう決意して、俺は前を向いた。
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