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【7部】転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~  作者: 綾
第4章 古代遺跡の調査

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13話 地下迷宮1

 地下四階の階段を降り切った瞬間、空気が一気に重くなった。

最下段でブーツが湿った床に沈み込む音がして、松明の炎が、風なんてないはずなのに不規則に揺れる。

静寂を切り裂くみたいに、エレナの祈りの鈴がチリンと鳴った。


 三階までの迷宮は、埃っぽい通路と崩れた壁画が続くだけの廃墟だった。だが、ここから先は違う。

封印が解けたばかりの空気が、湿った土と古い呪文の残り香を運んでくる。さっきまでとは“匂い”が変わっていた。

生前の俺なら、こんな場所に足を踏み入れることはなかった。

当たり前だけど、現代の日本にこんな場所はない。少なくとも、俺が知っている限りでは。


「シビさん、気をつけてくださいませ。気配が……いやな感じですわ」

エレナの声はいつもより低い。聖印を握る指先が、わずかに震えていた。


「封印されてた場所だもんな。空気がピリピリしてる」


 俺は剣の柄に手をかけ、赤い瞳で通路をなめるように見回す。

湿気で銀髪が額に張りついた。こういう時、魔法の髪留めを買っておいて本当に正解だったと思う。


 地下迷宮の通路は、そこから先で一気に狭くなっていた。

壁は湿気で苔むし、足元にはところどころ水たまりができている。

松明の光が届かない影の隙間で、何かが蠢いている気配がした。

ホラー映画なら、こういうところでだいたい何か出てくるやつだ。


 十歩ほど進んだところで、違和感が走った。

壁の隙間から、かすかな風の音がした気がしたのだ。

俺は手で合図してエレナを止めようとしたが、一歩遅かった。


 エレナが俺より一歩前に出た瞬間、足元の石板が沈む。

床の隙間から緑色の煙が噴き出し、甘い匂いが鼻を刺した。


 これは、毒かもしれない。


 俺は咄嗟に服の袖で口元を覆ったが、すぐにこれは毒じゃないとわかった。

煙が、靴先から膝へとゆっくり立ちのぼっていく。

触れた床の苔が、泡立つみたいにじゅくじゅく溶けていった。


「くそ、腐食ガスか!」


 俺はエレナの腕を掴み、後ろへと引き戻す。

煙はどんどん広がり、通路の低い場所に溜まっていった。

ローブの裾がわずかに煙に掠め、エレナの顔色が一瞬で青ざめる。


「これは……腐食の霧ですわね。アウリス様、守りたまえ! 浄化の息吹(パーヴィト・ブレス)!」


 エレナの祈りが輪のように弾け、淡い光が霧を飲み込んだ。

緑の膜がふっと薄れ、空気が一転して澄んでいく。

俺は息を吐き、彼女の肩を軽く叩いた。


「助かった。お前の祈りがなければ、買ったばかりの革の鎧がおじゃんになるところだった」


「わたくしも、シビさんが腕を引っ張ってくださらなければ、装備ごと腐食されてましたわ。ありがとうございます」


 罠に気づいたとはいえ、反応は完全に遅かった。

あの一瞬で察しろって方が無茶なのはわかってるが、盗賊技能まで会得しておいてこれじゃ意味がない。

もう少し頭を切り替えて、ちゃんと集中しないとな。


再び通路を進む。今の罠なんて、きっとまだ序の口だ。

封印されてた場所なんだから、もっとタチの悪い罠や、洒落にならないモンスターがまだまだいてもおかしくない。


どれだけの期間ここが閉じ込められていたのかはわからない。

けど、そのあいだ迷宮の中でモンスター同士が食い合ったり、変な進化をしていたとしても不思議じゃない。

俺たちの知らない“別種”みたいなのが生まれてても、全然あり得る話だ。


いっそう気を引き締めないと、本当に一瞬で終わる。

思っていた以上に、この迷宮はやばい場所だ。


上の階は迷宮みたいに入り組んでいたのに、ここは一直線の道が続いていた。

ゆるい下り坂を、けっこうな距離歩かされている気がする。


「一直線の道をこれだけ歩かせられるって、変だよな」


俺がぼやくと、隣のエレナが頷いた。


「そうですよね。上はかなり入り組んでましたのに……。でも、ここは封印されていましたし、そもそも侵入者を想定していないのでは?」


「そんなわけないだろ。その証拠に、腐食ガスが仕込まれてたしな」


「……そうですよね」


話しながらも足は止めない。

下り道を進んでいくと、かなり奥の方に、ぼんやりと光が見えてきた。

やっとゴールかと思った、その瞬間だった。


背後で、ゴトッ、と鈍い音がした。

反射的に振り向くと、通路いっぱいの岩の球が、こちらに向かって転がってきていた。


 岩の球は、思っていた以上の速さでこちらに向かってきた。さっきまでゆっくりに見えたのに、今は通路そのものを押しつぶす勢いで迫ってくる。


「エレナ、走れ!」


 俺は踵を返して全速力で駆け出す。

だが、すぐに違和感を覚えた。横を走るはずのエレナの足音が、俺のテンポについてきていない。振り向かなくてもわかるくらい、彼女の足は遅かった。


 岩球はどんどん加速してきている。この狭い通路じゃ、横に避ける場所なんてない。

どう考えても、このままじゃ逃げきれねえ。


岩球はどんどん加速してくる。このままじゃ巻き込まれる。


「エレナ、先に行け!」


俺はそう叫んで、あえて足を止めた。

エレナは走りながら「シビさんっ!」と振り返り、名を呼ぶ声だけを残して前へ進んでいく。


俺は突進してくる石球に向かって片手を突き出し、力ある言葉を叩きつけた。


「形ある器よ、塵に還れ。粉塵崩壊《ダスト・ブレイク》!」


見えない振動の奔流が一直線に石球へと走る。

次の瞬間、俺の目の前で岩の球体が細かなひびを広げ、その場で砕け散った。

重さも形も失い、砂より細かい塵になって、通路いっぱいにさらさらと崩れ落ちていく。


俺は塵になった破片を軽く払い落とし、エレナの方を振り向いた。

エレナは心配そうな顔でこちらを見つめている。


「粉塵崩壊《ダスト・ブレイク》って……あれは高位の魔術師様しか使えないはずの魔法では?」


そう言われて、ああ、そうだったなと思い出す。

確かにこの呪文は高度な魔法の一部で、普通はそう簡単に使えるものじゃない。


「戦士の奥義に盗賊技術、そして上級の魔術まで……シビさん、いったい何者なんですか?」


エレナが不思議そうに首をかしげる。

俺はちょっと肩をすくめ、軽く苦笑した。


「説明するのはすごく大変なんだけど……まあ、一応そこらへんは全部使えるってことで。細かいことは今は勘弁な」


神官のエレナに“神の恩恵で”とか“転生で”とか、いちいち説明するのは正直めんどくさい。

今はそれより先に進む方が大事だ。


 後ろから転がってきた、通路いっぱいの岩球。

映画で見たことあるタイプのやつだ。俺の中ではレイダーズトラップ認定。

封印されてた場所とはいえ、ここまで容赦なく罠を仕込む理由がわからない。

しかもレイダーズの方なんて、どこで作動条件を満たしたのか、さっぱりだ。

踏み板も見えなかったし、壁の細工も気づかなかった。

思った以上に厄介なダンジョンだな。


 俺たちは少し休憩して気持ちを落ち着けてから、先へ進んだ。


 進んだ先は、天井の高い巨大な広間だった。

中央に石段があり、その上に石碑のようなものが立っているのが見える。


「シビさん、あそこに何か書かれているんでしょうか?」


「さすがにここからじゃ読めないな」


「そうですよね……」


「俺が思ってる以上に危険なダンジョンかもしれない。いいか、俺より前に出るなよ」


「はい、わかりました」


 俺は床に罠が仕掛けられていないか注意しながら、ゆっくり石碑の方へ近づいていった。

そのときだった。視界の端に、小さな赤い点みたいな光がちらりと走った。

前の世界で見た、防犯用の赤外線センサーを思い出す。けれど、考えている余裕なんてない。

あれは、何だ。

そう思った瞬間、足裏にじわっと熱が広がった。

床の温度が、さっきまでと明らかに違う。靴底越しの熱がどんどん強くなっていく。

このまま熱くなれば、本気でまずい。


 俺は反射的にエレナの方へ振り向き、その体をお姫様抱っこの形で抱き上げた。

片腕でしっかりと支えながら、自分の太ももに指先で触れる。


「跳躍《ジャンパー》!」


力ある言葉と同時に、脚に魔力が流れ込む。

足裏に刺さっていた熱が一気に遠ざかり、視界がふっと持ち上がった。

俺たちは灼熱に変わりつつある床をまとめて飛び越え、石碑の方へ一気に跳び移った。


 跳び移った瞬間、エレナのポケットから白いハンカチがふわっと零れ落ちる。

それは、さっきまで俺たちが立っていた床に触れた途端、ぼうっと赤く燃え上がり、一瞬で黒い消し炭になって崩れた。

その光景を見た瞬間、背中に冷たい汗が流れた。

本当に紙一重だったんだと実感して、ようやくひとつ息を吐いた。


「あぶなかったなぁ」


「あ、あの、シビさん……」


 エレナに呼ばれて顔を向けると、彼女は耳まで真っ赤になっていた。


「お、おろしていただけますか……?」


 そういえば、まだお姫様抱っこのままだったんだっけ。

俺は一拍おいてから、慌ててエレナをそっと下ろした。


「わ、わるい。許可もらう前に勝手にやっちまって」


「シビさんが動いてくださいませんでしたら、わたくしもあのようになってましたから……」

エレナはうつむき加減のまま、小さく答えた。


「あ……ああ」


 ちょっとだけぎこちない空気が流れる。

俺はごまかすみたいに視線を動かし、さっき見えた赤い光の方に目を凝らした。


 あれは……赤外線センサーみたいなやつじゃないのか?

さすがにこの距離から言い切るのは難しいが、少なくとも「ただの魔法罠」って感じじゃない。

そもそも、剣と魔法のファンタジー世界で、ああいうタイプの科学技術があっていいのか。

胸の奥に、じわっとした違和感が残った。


「シビさん?」

名前を呼ばれて顔を上げると、エレナが不思議そうに首をかしげて俺を見ていた。


「何でもない」

まだはっきりしない違和感だったから、そう答えるしかなかった。


 俺は気持ちを切り替えて、足元と石碑の周りを慎重に調べた。

表面を指でなぞっていくと、側面の一部に、わずかに沈む感触がある。


「……これか?」


 軽く押してみると、カチリと小さな音がした。

どうやら罠を解除するためのスイッチらしい。それ以外には、文字も模様もない、本当にそれだけの石碑だった。


俺は、さっき見えた赤い点をもう一度確かめてみようと思ったが、今はどこにも点滅が見えなかった。


「何か見つけたんですか?」


「さっき、赤い点みたいなのが見えたんだよ。何かと思ったんだけど、今は消えてるみたいだな」


そう答えてから、もう一度周囲を警戒して部屋を出た。


そのまま進んでいくと、下へ続く階段が見つかった。

敵は一体も出てこなかったが、腐食ガスに岩球に灼熱の床。罠部屋だらけって時点で、このダンジョンにはやっぱり何かあるんだろうな、と思う。


もう一度気持ちを引き締めて、俺はエレナと一緒に階段を降りていった。

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