番外編6 WILD HEAVEN
「じいさん、いるか?」
青年が家の中に入ると、きらきらと光る大きな空間モニターの前に、白い服を着た老人が本当に面白そうに身を乗り出して、画面に映る下界の光景を眺めていた。
「またそれをやっているのか? 本当に物好きだな。どうせ今回も最後は欲に目が眩んで暴走して、世界滅亡エンドか自己崩壊エンドになるに決まってるだろ?」
「なぜそう思う、リルド」
空間モニターを見つめたままそう問いかけてきた老人を、リルドと呼ばれた少年は不思議そうに見ていた。
「それが開発されたときは、天界のみんなが楽しんださ。頑張った人や現世で報われなかった人にささやかな人生をっていうプレゼントのつもりで、あのシステムを作ったじいさんには、僕だって頭が下がるけどさ」
白い服を着た老神は、呆れたように言うリルドの姿を、ただ静かに見つめていた。
「まぁ、抽選方式で限られてはいるんじゃがの」
「でも、今まで現世で押さえつけられていた欲望が、新しい世界に渡った瞬間に爆発して、結局は自滅で終わるケースしか報告が上がってないでしょ?」
「いや、確かに過去のやつらはほぼ自滅じゃが……まさか今回の子が、こういう感じの結末になるとは、わしも流石に思わなかったがの」
老神のその意外な言葉に、リルドは身を乗り出した。
「どういうこと?」
「今回送った世界は、ジルドリアじゃ」
「ジルドリアって……あそこは、人間の世界でいう典型的な中世ファンタジーの世界だっけ?」
「そうじゃよ」
老人は、まるで可愛い孫の成長を見守るような温かい感じで彼を見つめながら、穏やかな声でそう言っていた。
「じいさんの神力だったら、人間に与えられる能力の数は最大で4つだったよな? 奴が得たのは、自分しか知らない古代の知識と知恵? それとも、世界を統べる絶対的な権力や金銭力? それか、人を惹きつける絶対的なカリスママ? それとも何かの力?」
少年が老神に向かって矢継ぎ早にそう問い詰めると、その初老の姿をした神は、堪えきれないといった風に楽しそうに声を上げて笑いだした。
「なんだよ。どうせ今回も傲慢になって自滅したんだろ? もうそんな玩具は諦めろよ。今の天界に、じいさんみたいに純粋な善意で人間の行く末を見てる奴なんて一人もいねえぞ。今ではそれを見物している奴らは、神の力を得た人間の醜い堕落を楽しんでいる悪趣味な奴ばかりだ。これ以上じいさんがやるべき事じゃないだろ?」
「わしもな、今回の引き合わせを最後にしようと思ったんだけどな。……いや、もう少しだけ、あの子の旅を観察することにするよ。確かに今回は、ある意味では自滅の形を取ってはおるが、まだ全てが終わってはおらんよ。そうそう、お前の質問に答えるのを忘れておったな。そ奴が転生の際に望んだ能力は、冒険者としての技能の知識と知恵、それらを過不足なく使用する肉体の力、そして、あらゆる精神操作を弾く絶対精神防御の3つじゃな。あ奴が本当に心の奥底で望んでいたもののひとつである『異性になる』というのは、望みがあまりにも現実的で健気だったので、わしが個人的にプレゼントをしてやった。それぐらいの遊び心はな」
「強いと言ったら確かに強いけれどさ……。それって、世界を破滅させるような絶対的な力じゃないよね? じいさんの与える力の数は多いけれど、いつも『自分の足で鍛えて強くなって欲しいから』って言うお節介な理由で、初期の出力に制限をかけて制御するじゃんか。今回はまさか、その制御無しで渡したの?」
「いや、いつも通り、制御をした状態で渡したんじゃよ。あ奴は最初、自分の置かれている現状をただの都合のいい夢だと思っておったからそういう願いになったんだろうな」
「でも、あのジルドリアって、ある意味ですごく過酷な世界じゃん。ただの普通な生活を送るだけだったら今の能力でも無敵になれるだろうけど、なぜか転生した奴らは、良くも悪くも、世界の運命がひっくり返るような大事件に必ず遭遇する性質がある」
「あぁ、今回も盛大に遭遇したよ。……わしが全く思ってもいない、最悪の方向でな」
老神が苦笑して余計に不思議そうに見つめていた。
「じいさんが思ってもいない方法だったら、もうその時点で完全に詰みじゃんかよ」
「まさか死ぬ寸前の者に転生するとは思いもしなかったよ。いつもはそこに存在する感じで世界の知識を知っている状況なんだが。その後から問題事が山のように、そ奴に流れていっていたな」
「んじゃ、その元々の転生体の少女は、そいつの魂が宿ったせいで消滅して、殺された感じなのか?」
「いや、その少女の命は、どのみちあの状態では生き残るのは、無理じゃな。あ奴の魂が入らなければ、そのまま死んでいただけじゃ」
「……それは、今までのケースを見てもかなり珍しいね」
リルドは老神の話を聴きながら、すっかり困惑していた。
先ほどまでは、このゲームを最後にすると思っていた。
「なぜ人は、自己本位でしかやらないのか」と、自分自身があれほど心の中で愚痴っていたではないか?
このシステムを考えて作ったのはこの老神だった。
少年は彼を慰めるような感じで、わざわざ彼の家に来たんだけど、久しぶりに楽しそうにしている老人を見て驚いたし。彼が見てきた中でもそんな転生は初めて聞いたケースだったから。
それに、リルドが今まで見てきた沢山の転生者の中でも、そんなイレギュラーな形での転生は初めて聞いた最悪のケースだったから。
だけどそれ以上に、神の力を前にして、思った以上のチート能力をこれっぽっちも得ようとしなかったその人間の無欲さに、リルドは心の底から驚いてしまったのだった。
そもそもこの転生システムは、ある意味で、今までこの老神が作った『救世のシステム』の一環として考え出されたものだった。
現世で不遇の人生を送った人間が、もう一度チャンスを得て新しい世界へと転生する。
異世界へ渡る際、魂に与えられる能力の数は転生させた神の力にもよるけれど、基本的には1つから4つ与えられる仕組みになっている。
そして、そのうちの最低1個は、本人がどうしても欲しかった能力を選ぶ人間が多かった。
人間たちが大まかに望むものといえば、大抵は金、権力、異性に好感を得たり、あるいは容姿がいい、という条件だった。
大抵の人間は、この中を組み合わせて強く望むことが本当に多かった。
あとは、今とは別の性別になりたいっていう珍しい望みもあったな。
男性は女性へ、女性だったら男性へっていう風に、身体を入れ替える感じだ。
だけど、彼らは最後には、自分では持て余してしまうほどの強大すぎる力を上手く育てきれずに、決まって自滅していく。
始まったばかりの頃は、天界の神々も口々に「これは素晴らしい、素敵だ」と言って称賛した。
彼らは皆、この転生の体験モニターに熱中をした。
神々に選ばれた魂たちは、新しい世界にすぐになじんで、周囲と協調しながら「過去の人生では何も得られなかったので、今世では何かをしっかりと得るために頑張ろう」と、実に生き生きと輝きながら生きているのを、神々はとても好ましく思っていたのだ。
だけど、途中の段階から、選ばれた人間たちは皆一様におかしくなっていく。
与えられた環境で欲望が強大になりすぎて、最後は無様に破滅していく。
その哀れな姿を何度も見せつけられた神々は、やがて人間に失望して、諦めるようにこのように残酷な決断を下した。
『所詮、生きている時に何も得られずに死んだ劣った者は、新しい機会を与えても、そうなるべくして死んだのだ』
そうやって、神々は冷酷に切り捨てて決断をしたのだ。
神々は皮肉を込めてこのシステムの名前を『Wild Heaven』と名付けた。
この若い神の一人リルドも、初めてこれを使用した時は心の底から喜んだ。
なぜ、神の現身をもとにしてつくられた人は、こんな風に簡単に欲望に負けて狂ってしまったのか。
状況が変われば、神々のように不毛な争いもなく、お互いに切磋琢磨しながら美しく成長するはずだと、彼は本気で信じ切っていた。
初めに彼が選んだ対象は、凄惨な戦争地域で不幸にも死んだ一人の女性だった。
戦争で怪我をした人たちを懸命に治療して優しく励ましたり、親を亡くした子供たちの為に、自ら母親代わりもしていた本当に優しい現地の看護兵だった。
ある晩、理不尽な敵兵が病棟に現れ、彼女は激しい乱暴の後に無残に殺されてしまった。
若い神は、その過酷な運命を憐れに思い、彼女を争いのない平和な世界に転生をさせたけれど……。
はじめは、すべてが順調だった。
だけど、彼女は新しい世界で注がれる愛に次第に溺れていき、最後は身を破滅して自滅してしまった。
彼は、自分の何が悪かったのかが今日までずっとわからなかった。
あんなに慈愛に満ちた美しい女性だったのに、なぜ、力を得た途端にあれほど無様に自滅をしたのか。
若い神リルドは、どうしても納得がいかずにその後も様々な人間を転生させ続けた。
しかし、得られたのはどれも散々な結果ばかりだった。
不幸な境遇の者を選んだのが間違いだったのかと考え、もう少しで成功を掴みかけながら最後の最後で挫折した者を送ってみても、結局は同じだった。
ある時などは、魔王と恐れられながらも最期は部下に裏切られて殺された強力な男を転生させてみた。
だが、その結果は凄まじいもので、その圧倒的な力で周囲の国々をひどく疲弊させ、世界をどんどんボロボロに破壊していくだけだった。
またある時は、経済的に大きな成功を収めながらも大恐慌の波に飲まれて破産した男を選んでみた。
ところが、その者は転生後、前世のトラウマからお金という存在を病的なまでに恐怖するようになってしまい、誰とも関わろうとせず、ただ静かに孤独な人生を終えてしまった。
どんな人物をどのように選んでみても、新しい世界で満足のいく人生を送ってくれる者はただの一人も居なかった。
よくて周囲と断絶した孤独死、最悪な場合は世界そのものを大きな混乱に貶めて滅ぼしていった。
神としての無力感に苛まれる中、リルドはふと、ある重要な事実を思い出していた。
そういえば、目の前にいるこの老神が管理して送り出したあの過酷なジルドリアの世界に、自分自身もかつて一人だけ、転生させた人をこの時ようやく思い出したのだ。
あの子は一体どうなっているのだろうか。
久しぶりにその盤面の状況を直接確認してみようと、彼は老神の家を後にして、自分の部屋へ向かって静かに戻っていった。
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