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【6部完】転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~  作者:
6章 目的の場所へ

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156話 別れと目的の山へ (5部完)

 ハンスがきっと気を利かせてくれたのだろう。

 何かと相部屋が多かったけど、ゆっくり休めるように個室にしてくれたみたいだった。


 いつもは同じ部屋になって、最悪ベッドが一つの場合もあった。

 女性同士だから、一緒の部屋で、同じベッドで寝てもいいはずだという理屈はわかる。

 もちろん、好きな女性と一緒に寝られるなんて、すごく良いことだと思う。

 添い寝だけだから無性にきついのだ。


 エレナは睡眠中暖かい方に抱き着いてくる。

 寝息を立てながら、こちらの胸に頬をすり寄せ、細い腕を絡めてくる。

 寝返りのたびに、柔らかな太ももがこちらの脚にまとわりつき、熱い吐息が耳の裏にかかる。

 無邪気な指先が、偶然のように胸の谷間をなぞったり、腰のくぼみに触れたりする。

 本人に自覚がないからこそ、こちらも同じように触れ返すことは絶対に許されない。


 結果、私は毎晩、生殺し状態になる。

 心臓が早鐘のように鳴り響き、身体は熱を帯び、下腹の奥が疼いても、ただじっと耐えるしかない。

 理性の鎖が軋む音が、頭の中でずっと響いているようだった。

 だからこそ、ハンスには心の底から感謝しかなかった。


 今度の相手は、魔族か……。

 ミスリルソードを手に持ったとしても、今の俺では多分勝てないな。

 蒼魂死焔(ゾルディ・クェル)ならどうだ?

 あの呪文を見せたときの、あの余裕たっぷりの態度を思い出すと、効果があるのかどうか、正直まったくわからない。


 深淵の知識のままなら、倒せないまでも確実に何らかの効果はあるのが肌でわかる。

 しかし俺のは、あくまでその深淵の知識をこの世界で「普通に」運用できるように変換しただけの呪文だ。


 深淵の知識のまま使用したら俺自身に何が起きるかわからない。

 かと言ってこちらの世界バージョンでは効果があるのか実感が得られなかった。

 そしてこの呪文の弱点もあった。

 あまりにも禍々しく濃密な魔力が溢れ出すため、位置が一瞬で敵にばれてしまうこと。

 多分深淵より効果が弱くなっていることだろう。


 本人は、自分よりは弱いと言っていたけど、龍角(ザハク)よりは間違いなく強いのだろう。

 奴は「魔族になり損ねた」と吐き捨てるように言っていた。

 なら、ザハクより上のはずだ。

 あのときの戦闘は、運などといった様々な要素が絡み合ってようやく勝てただけ。純粋な力だけでぶつかれば、俺は負けていた。


 ……エレナには本当に申し訳ないが、俺一人で行くか?

 彼女が強いのはよくわかっている。

 でも……彼女が死ぬかもしれない。

 俺一人なら大丈夫だ。

 でも……でも。

 そうして思考の迷路にどんどん深く沈み込んでいった、そのときだった。

 部屋の外から、控えめでしかしはっきりとしたノックの音が響いた。


「誰?」

「わたくしですわ。もうお休みになっておりますの?」

「用事か? 鍵はかけてないから入ってくれ」

「ならお邪魔いたしますわ」


 中に入ってきたエレナは、いつもの厳かな法衣ではなく、膝丈くらいの大きめなシャツを着ていた。

 白い布地が彼女の細い肩から滑るように落ち、袖をまくった腕が露わになっている。

 裾はふとももの中ほどで揺れ、素足が床に触れるたびにかすかな音を立てた。


「すみません。少しはしたないですが、お風呂に入った後でして……法衣も洗濯に出して干してしまっておりまして」


 恥ずかしいのなら来るなよ、と心の中で突っ込みたい。

 でも、そこまでして俺の部屋に来る必要があるってことか?

 湯上がりの彼女からは、ほのかに石鹸と甘い花の香りが漂ってきて、さっきまでの暗い思考が一瞬で揺らいだ。

 俺はベッドの端に腰掛けるよう手で案内し、自分は対面の椅子に腰を下ろした。


「どうした?」

「ふと……すごく悩んでいらっしゃるのではないかと思いまして」

「な、な、な、悩んでいる? 俺が?」

「どもっておりますわ」

「急に言われたからだ!」


 俺の心情をぴたりと当てられて、思わずどもってしまった。

 エレナは小さく微笑むと、急に立ち上がり、俺の顔を両手で包み込むように掴んだ。

 そのまま柔らかく、しかし強い力で自分の胸元へと引き寄せてくる。

 シャツ越しに伝わる彼女の体温。

 まだ少し湿った髪が俺の頬に触れ、甘い湯上がりの匂いが鼻腔を満たした。

 心臓が一瞬で跳ね上がり、先ほどまでの重苦しい思考が、熱い波に飲み込まれていく。


 「アヤさんは、私を置いていこうと思っておりますのよね。勝ち目がない戦いに連れて行っていいものかと」

 今、俺のことを「シビさん」ではなく「アヤさん」と言ったのか?

「今までの戦いの中でも、きっと一番大変な旅になると思いますわ。そして勝ち目が限りなく零に近いことも」

「エレナ?」

「わかりますわ。もう半年以上も一緒に旅をしていますのよ。貴女がどのような顔をして、どのように動くのか……全部、わかりますの」

「俺……そんなにわかりやすいか?」

「人には優しい癖に、自分の命をないがしろにする方ですわ。変なことを言いますけど、貴女達は私達と違う場所から来たことがわかるぐらいですわ。それが何を意味するのかは分かりませんが」


 一瞬、ぎゅっと強く抱きしめられた。

 柔らかな胸に顔が押しつけられ、シャツ越しに伝わる体温と、まだ湿った髪の甘い香りが俺を包み込む。

 心臓が激しく鳴り、さっきまでの暗い迷いが一瞬で溶けそうになる。

 やがてエレナはそっと腕を緩め、俺の顔を離してくれた。

 押しつけられた頬が熱く、耳まで真っ赤になっているのが自分でもはっきりわかる。情けない顔をしているのだろう。

「だけど」

 きっと今、俺はすごく情けない顔をしている。

「もしアヤさんが敗れたとしたら、魔法増幅と魔導エネルギー循環力増強を兼ね備えたその剣が奪われて、遅かれ早かれ世界は滅びる可能性がありますのよ」

「そうは、ならんだろう。多少、人族の勢力図が変わるだけだよ。もしかしたら人と魔物の大戦が始まるかもしれないけどな」

「そうかもしれませんわね。私は人ですので、未来のことまではわかりませんわ。ですので……付いて行きますわ」

「だけど」

「わたくしは足手まといですの?」

「俺はエレナがいなければ、何回死んでたと思う?」

 うまく笑えて、ちゃんと答えられているのだろうか?

「なら、足手まといじゃないのなら付いて行ってもよろしいですわね」

「だけど」

「アヤさん、先ほど言いましたわ」

「言った?」

 俺が何を言ったというのだ?

「私が居なければ、何回死んだんだろうって……貴女が死ねば、魔族たちが望んでいるその剣も奪われますわ。一応平和が長続きしているこの世界が戦乱に巻き込まれるのです。なら、貴女が死ぬ可能性が低くなる方法を取りますわ」


 ……「俺はお前に死んでほしくないんだよ」って、本当は言いたい。

 でも、それを口にしたらきっと「わたくしだってあなたに死んでほしくありませんわ」と優しく返されて、言い負かされるのがオチだった。


「お願いがある!」

「一応聞きますが?」

 エレナは少し首をかしげ、湿った髪を指で払いながらこちらを見ていた。大きな瞳が、期待と不安を同時に映している。

「アヤさんはやめて」

「どうしてですの?」

「エレナに言われるとなんか……恥ずかしいから」

 俺は無性に顔が熱くなって、思わず視線を下に落としてしまった。

 耳の先まで赤くなっているのが、自分でもはっきりわかる。

 何が面白いのか、エレナは小さくくすりと笑った。

「わかりましたわ、シビさん」

 ……しまった。

「シビさん。なら付いて行ってもいいですわね」

 お願いであって条件じゃないと言ったつもりだったのに、もうどうしようもない。

 エレナの声は柔らかく、でも意志は固かった。

「自分の命を優先してくれ」

 もう俺には、これだけしか言えなかった。

 声が少し震えてしまったのが、自分でも情けなく感じた。


 翌朝、俺とエレナは馬車の中に集まっていた。

 イザベラとハンス、そしてリーニャもすでに揃っている。


「シビさんにエレナさん。最後の商売ですわ!」

「最後の商売?」


 イザベラはそう言うと、いつも荷物を仕分けしている場所とは違う、奥の棚へ移動した。

 ハンスに目配せすると、彼は静かに頷き、一人で重そうな箱を一つ取り出してきた。

 そういえば、この一ヶ月以上、あの箱には一切手を付けていなかったことに今気づいた。


「それは何ですの?」

「商売だと言ったでしょ?」


 イザベラの眼鏡が、馬車の小さな窓から差し込む朝の光を反射して、鋭く光った気がした。

 箱を開けると、中には食料や飲み物はもちろんのこと、数々の魔法のアイテムが丁寧に並べられていた。

 光を帯びた指輪、護符、輝く結晶、見ただけで魔力が感じられる短剣まで……。


「おいおい、こんな量の魔法アイテムの金額なんて、俺の持ち合わせじゃ到底足りないぞ」

「そりゃそうですよ。全部持っていかれたら私も困りますもの」

 イザベラは軽く肩をすくめて笑った。

「料金の一部は大公様から既に頂いております。あとはあなた方がこの件を無事に片付けたら、公国に戻ってから改めて請求するだけですわ」

 俺は自分のバッグからダイヤを三つほど取り出して差し出したが、イザベラは手を振って受け取らなかった。

「ここまでの護衛料と、その宝石も立派な戦力ですもの。戦力を失うのは愚の骨頂ですわ」

「だが……」

「ならばこういたしましょう。あなた方がこの一件を無事に解決なさったら、もう一度私たちのキャラバンに顔を出して、存分に買い物をしていってくださいな」

「おいおい、キャラバンって俺もかよ」

「ハンス、嫌ですか?」

「いやとは言ってないけどな」

 ハンスは照れくさそうに鼻を掻きながらも、どこか嬉しそうな顔をしていた。

「また二人にお会いできるのを楽しみにしてます。それまでに私もイザベラさんにいろいろ教えてもらって、ちゃんとした商人になりますね」

 リーニャは、まだ少し悲しみの色が残る瞳で、しかし精一杯の笑顔を浮かべてそう言ってくれた。

 その笑顔が、妙に胸に刺さる。

 みんなで相談しながら、旅に必要な魔法のアイテムや必需品をいくつか選び終えると、全員で馬車の幌をくぐって外に出た。

 朝の風が頰を撫で、馬車の外では既に旅立ちの準備が整っていた。


「世話になったな」

「お世話になりましたわ。またお会いしましょう」


 俺とエレナがそう挨拶をすると、ハンスとイザベラは優しく首を振って応え、固く握手を交わした。

 ハンスの手は逞しく、イザベラの手は意外に細く温かかった。

 短い旅の間、ずっと支えてくれた二人の掌の感触が、妙に胸に残る。


 するとリーニャが、突然俺とエレナに飛びつくように抱きついてきた。

 細い体が震え、嗚咽を堪えきれずに泣き出した。

「無事に帰ってきてください……。そうじゃないと、アレックスを殺した事を許しませんから」

 なんとも物騒で、けれど精一杯の脅しのような言葉だった。

 その声が涙で掠れていて、胸が締めつけられる。

 俺はリーニャの背中を軽く抱き返し、柔らかい髪をそっと撫でてやった。

「……約束するよ。必ずリーニャの商人の姿を見に来るから」


 三人に少し離れてもらい、俺は魔族から受け取ったペンダントを強く握りしめた。

 冷たい金属の感触が、掌に食い込む。


「まぁ、行ってくるわ」

「それではまた」

 俺達はそう言い、同時にペンダントを強く握り締めた。

 瞬間——ペンダントが凄まじい光を放った。

 視界が真っ白に染まり、身体が浮遊するような感覚に包まれる。

 次の瞬間には、もう村の風景はどこにもなかった。


 目の前に広がっていたのは、巨大な山だった。

 ただ大きいだけじゃない。幾重にも連なる山脈が、まるで黒い牙のように空を抉っている。

 岩肌は不気味な紫がかった灰色を帯び、所々から薄い霧が立ち上り、まるで生き物のように蠢いているように見えた。

 風が吹くたび、遠くから獣の唸りにも似た低い音が響いてくる。

 ここが……指定された山の入り口か。

 ただの山じゃない。

 この山脈全体が、まるで俺達を拒絶するかのように重苦しい気配を放っていた。


 ――5部 完

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