タイトル未定2026/04/13 20:45
重厚な双開きの扉を押し開けると、そこは荘厳な玉座の間だった。
天井高く広がる大ドームには、複雑な幾何学模様のステンドグラスがはめ込まれ、魔法の光が七色の柔らかな光の柱を床に落としている。
玉座のすぐ傍らに控えていた銀糸で、複雑な刺繍を施された。
漆黒の法衣を纏う宰相が、静かに一歩前に出たのだが、殿下が左手を上げた。
「礼は不要だ。そのまま入って来てくれ」
殿下の声は低く、しかしドーム全体に響き渡るほどよく通った。
「殿下、それでは……」
「この間のやり取りをするのも不毛だろう」
殿下は、宰相の言葉を軽く制し、手を軽く振った。
俺達は、すでに指定の位置まで歩を進めていた。
俺は少し苛立ちを隠せずに口を開いた。
「それで、何の用ですか? 宴会のお金を支払った瞬間に、タイミング良く呼び出してくれたのは」
理不尽だとはわかっていても、つい棘のある言葉が出てしまう。
周囲に控える貴族たちが一斉にこちらを向く。
不満げな視線が何本も突き刺さるが、知ったことか。
「殿下と宰相閣下にお呼び出しいただけるとは……」
エレナがそっと横からフォローしようとしたが、俺はすぐに手を上げて止めた。
「礼不要って言ったんだから、エレナも気にしなくていいよ」
……これお互いがこんなことやってるから、グダグダしてるな。
殿下が軽く咳払いをした。
「ごほん。まずは食事でも食べながら話そう。こちらについてまいれ」
俺たちは案内されるままに、玉座の間から隣接する食堂へと移動した。
そこは暖色系の魔法灯がふんだんに灯され、壁に掛けられたタペストリーや暖炉の火が、部屋全体を柔らかく包み込んでいる。
長い白樺のテーブルには、すでにいくつもの料理が並べられ、湯気と香ばしい匂いが漂っていた。
席に着き、ワインが注がれるのを待つ間、俺は真っ直ぐに殿下を見つめた。
「殿下はなぜ俺達と食事を? 暇じゃないんでしょ」
殿下はグラスを軽く回しながら、穏やかな笑みを浮かべた。
「食事をすると話もまとまるってよく言うだろう。この間の件、本当にご苦労だった」
俺はフォークを軽く握りしめ、ため息混じりに答える。
「まぁ苦労はしたけどね。損失の方がひどいですよ。これが普通の冒険とかならまだわかるけど……得体のしれない戦いばかりで、想定外の連続でしたし」
暖かな魔法灯の光が、長い白樺の食卓を優しく照らしている。
銀の燭台に灯った炎が揺らめき、ローストされた鶏肉や濃厚なスープの香りが部屋中に広がっていた。
殿下はワイングラスを置くと、わずかに眉を寄せて俺を見た。
「それほどまでに喪失しておったのか? すまないな……最後のお前の戦いは、避難やら処理やらで忙しくてな。いくらだ?」
俺はフォークで肉を刺したまま、赤い瞳を細めて答えた。
「多分、金貨40万枚以上は損失したんじゃないですかね」
その瞬間、食堂にいた貴族たちの手が一斉に止まった。
誰かのスプーンがカチャンと音を立て、驚愕の視線が俺に突き刺さる。
「40万……?」「まさか……」という小さなざわめきが波紋のように広がった。
俺は構わず、大きな鶏肉をナイフで切り分けながら説明を続けた。
「さすがにね。それを全部填補してくれってのは無理だってわかってますよ。あれも……仲間の葬式代だと思いたいけど、頭では理解してるんだけど……感情が納得いかないんですよね」
スープを一口すすると、温かさが喉を通り過ぎた。
「ここで得た知識を差し引いたって、まだ大赤字なんですよ」
殿下は静かに頷いた。
「そのことで相談なのだがな」
「いやですよ。これ以上損失するのは!」
俺は即座に首を振った。
剣術と違って魔法は金がかかりすぎる。
特殊な魔法インク、極上羊皮紙、希少素材……どれも科学の実験並みに金が飛ぶ。
今回は王宮の施設を使わせてもらえたからかなり安く済んだけど、それでも研究費だけで数万ゴールドは消えていた。
すると殿下が、穏やかだが重みのある声で切り出した。
「おぬし、伯爵にならないか?」
「は?」
何を言ってるんだ? 俺はこの国の物じゃないだろうが。
「ド・ロア伯爵がああなったからな。今、伯爵領が丸々空いている状態だ」
「断る」
即答だった。
大方下心丸出しだろう。
俺を手元に置いておきたい。
運が良ければエレナも……そんな腹づもりが見え見えだ。
冗談じゃない。
殿下は本当に不思議そうに首を傾げた。
「冒険者というのは、貴族になるのが夢だと聞いたが?」
俺は、大きな鶏肉を豪快に頬張りながら、はっきりと言い放った。
「俺にとっては、残念ながら不利益しかない」
周囲の貴族たちが息を呑むのがわかった。
「まず領主ってことは、その地域を治めなきゃならねえ。そんな面倒くさいことはやりたくねえよ」
ため息をつき、ナイフを置いた。
「それに、領主になったらあんたの下につくことだろ。未訳の呪文を訳せだの、研究成果を出せだの言われたら困るし……俺は自由がいい。以上、断る」
食堂が一瞬、静まり返った。
貴族たちの視線が痛いほど俺に集中する。
誰かがガタンと椅子を鳴らした。
「だそうだ、叔父上」
殿下が宰相の方へ視線を向ける。
「本当に要らぬのか」
宰相は銀糸の刺繍が施された法衣の袖を正しながら、静かに口を開いた。
「宰相閣下、あんたの入れ知恵か!」
俺が睨むと、宰相は小さく笑った。
「いかにも。お主のことは嫌いだ。だが、お主がもたらすものは、この国にとってプラスにしかならぬ。お主が言っておった金貨30万枚は確かに無理だが……そこの領主になって、お主の力量でいくらでも取り戻せるだろう」
宰相の言葉に、俺はフォークをテーブルにカツンと置いた。
「首輪を繋がれてな」
「だから言ったであろう。この者は誰の足元にもつかぬと」
宰相が小さく肩をすくめる。
俺は殿下の顔を真正面から見据え、赤い瞳を細めた。
「殿下は賛成じゃなかったんですか?」
殿下は一瞬言葉を詰まらせたあと、豪快に笑い出した。
「国のことを思えば賛成だ! だが少し考えたらわかるだろう。シビをこの国に置いたら、トラブルが山ほど降りかかってきそうだ」
そう言いながら殿下は腹を抱えて大笑いした。
その笑い声に釣られるように、隣に座っていたエレナまでくすくすと静かに笑い始める。
金髪が肩で柔らかく揺れ、青い瞳が優しく細められている。
「まるで俺がトラブルメーカーとでも言いたげだな」
俺がむくれると、殿下はまだ笑いながら手を振った。
「まぁそんなにむくれるな。力ある者はトラブルに巻き込まれやすいと聞く。諦めろ」
「……まぁいいですけど」
俺はため息をつき、話題を切り替えた。
「今回の依頼の内容を教えてください。この間の一件の続きでしょ?」
殿下は表情を引き締め、静かに語り始めた。
「ちょうど2ヶ月前、我が国の宝の1つ――魔鏡が盗まれた」
「魔鏡?」
「魔法時代以前の代物で、詳細はほとんどわかっていない。数ヶ月前に発掘されたばかりだ。発掘時に判明したのは、魔法の増幅効果と……何か強力な力を持っているということだった。あの町から出てきた冒険者がいたと聞き、あの町を出るには、古代魔法の秘術が必要だというのを知っていてな。ダメもとで読んでみたという事だ」
なるほど。鑑定が本当の依頼だったのか。
「それが数週間前、族の手に盗まれてしまった。調査中にちょうどお前がこの国に来たというわけだ」
大公殿下がパンパンと手を叩くと、控えていたメイドが素早く近づき、俺に大きな黒い木箱を差し出した。
「宝石の補填は、さすがに無理だが……これをそなたに授けよう」
「なに?」
箱を開けると、中には深紅と銀の輝きを放つ美しい服が収められていた。
「魔法の防具だ。イメージしただけでその防具に変化するという代物らしい。名を『クェルシオラ』という」
「もしかして……」
「あぁ、ご名答。その魔鏡と同じ遺跡から出土した防具だ。歴史的価値を考えれば、お前の失った宝石分には十分釣り合うはずだ」
俺は防具をじっと見つめながら、ゆっくりと頷いた。
「それで手を打ちますよ。依頼は魔鏡の奪還ですか?」
「そうだ。族のアジトはこの島最北端の山にあるらしい。しかし、そこまでは飛翔呪文が一切使えない結界を張られている」
「完全に……罠じゃねえか」
「あぁ、シビ……お前を誘っている罠だろうな」
「船からは?」
「絶壁の山だ。登るだけでも一苦労だろう」
「距離は?」
「馬車で近くの村まで一ヶ月半から二ヶ月かかる。もちろん空を飛んでいけば早いが……」
俺はグラスを握りしめ、苦い顔をした。
ずっと魔力を使いながら長距離飛翔なんて、完全に自殺行為だ。
魔力切れで墜落したら終わりだ。
エレナが心配そうに俺の袖をそっと握ってきた。
殿下の言葉に、俺はワインを一口含んでから、ふと思い出したように口を開いた。
「あれは? 飛行の乗り物とかはないの?」
殿下は苦笑しながらグラスを回した。
「それこそ魔法文明の代物だろう。古代魔法時代には『門』と呼ばれる装置で、遠く離れた場所を瞬時に移動できたと聞くが……今はもうどちらも失われた技術だ」
門の呪文か……。
古代魔法文明期なら確かにあり得る話だよな。
でも俺はそんな高度な呪文を知らない。
やはり正攻法で山を越えるしかないのか……。
俺は隣に座るエレナの方をチラリと見た。
するとエレナは、青い瞳をまっすぐにこちらに向けて、「もちろん、わたくしも参りますわよ」という意思をはっきり浮かべていた。
金髪が魔法灯の光に照らされ、穏やかだが決意の強い微笑みを浮かべている。
「今回は我が国の宝も絡む話だ。生活費はこちらで全額負担しよう。もちろん馬車の手配もな。ただし……」
「現場に着いたら、近くの街まで避難してもらいますよ。いてもらっても困るしね」
俺は即座に釘を刺した。エレナも素直に頷いた。
「報酬は?」
殿下が指を軽く立てて提示した。
「前金で一人2万。魔鏡を奪還できれば追加で一人3万だ」
「中にあるものは?」
「もちろん、そなたたち冒険者のものだ。ただし、極めて貴重な遺物に関しては……」
「持ち帰ってきて、買い取ってもらうってことでいいですか?」
「そこは交渉だな」
そうして晩餐は静かに終わった。
城を出ると、廊下の冷たい夜気が頬を撫でた。
「……面倒になったものだ」
エレナが俺の横を歩きながら、そっと袖を引いた。
すると、エレナが俺のすぐ横に寄り添うように歩みを揃え、静かに切り出した。
「シビさん……やはり行くつもりですか?」
俺は深いため息をつきながら、長い銀髪を指で軽くかき上げた。
赤い瞳がわずかに疲れた色を帯びる。
「エレナは、多分危険だから……」
「誰が貴女の背中を護るのですの?」
エレナの声が少し強くなった。
青い瞳が真っ直ぐに俺を射抜き、頬がわずかに上気している。
「それに、ルークさんたちからも頼まれましたわ。それとも……わたくしが足手まといだと思っていらっしゃるのですか?」
その言葉に、俺は足を止めた。
エレナの金髪が魔法灯の柔らかな光に照らされ、清楚な白と金のローブが夜の城下町の通路で優しく揺れている。
彼女の表情は穏やかだが、そこには揺るがない決意があった。
俺は視線を逸らしながら、苦い笑みを浮かべた。
「足手まといだなんて思っちゃいねえよ。ただ……今回はあの次元の知識を使うかもしれない奴らで……」
エレナは一歩近づき、俺の袖をそっと握った。
その手は温かく、わずかに震えていた。
「危険なのはわかっておりますわ……でも、シビさん一人で行かせる方が、嫌ですわ、それに……」
俺は、月明かりに照らされたエレナの顔を、じっと見つめた。
「……そうだよな。これからも、俺の背中を頼む。来てくれ」
言葉が出た瞬間、自分の声が少し掠れているのに気づいた。
エレナの青い瞳が、ふっと優しく細められる。
「もちろんですわ」
月明りに照らされた彼女の笑顔が、すごく綺麗だった。
金色の長い髪が銀色の光を浴びて柔らかく輝き、白い頬に淡い桜色が浮かんでいる。
清楚な神官服の裾が夜風に揺れ、まるで月光そのものが彼女に寄り添っているかのようだった。
俺は照れくさくなって、銀髪をガシガシとかき上げながら視線を逸らした。
「ったく……今までも二人で何とかなったし今回もな」
エレナはくすっと小さく笑って、俺の袖をもう一度優しく引いた。
「ふふ……そうですわね。全力でシビさんの力になりますわ」
月明かりの道で、二人の影が長く重なり合っていた。
面倒な依頼が、なんだか少しだけ軽くなった気がした。
「転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~」をお楽しみいただけましたか?
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