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【4部完結】転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~  作者:
4章 再会は、腐臭と共に

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114話 化け物

 たしかこれから戦うのは、ギガスと言っていたから巨人族だと思う。

 2回戦みたいな光の再生とかやってくると思うから、グランベルク開放戦で戦ったミノタウロス同格の強さなら今のままでは分が悪すぎる。。


 俺の最悪な予想を裏切り、西門から現れたのは「人」だった。

 身長は二メートルを優に超え、頭部を完全に覆う無機質な鉄仮面。その下には重厚なフルプレート・アーマー。

 一歩ごとに地響きを鳴らす、質量と威圧感の塊。重戦士タイプか。

 そう言えば俺って重戦士タイプと戦った記憶があんまりないな。


『レディース・アンド・ジェントルメェェーン! 伊織ロな事が起きておりますがぁ~、私は私の仕事をしましょ~! 本日のスペシャルマッチ、準々決勝ッ!!』


 魔法で増幅された実況の、鼓膜を震わせるリングアナ特有の巻き舌が闘技場に響き渡る。


左門(レゥフトゲェ~トォ~)からは! エントリーナンバーE-666! ミスリルのォ~~~、アヤァ! アヤァァーー! シビィィィィーーーーーッ!!』


 三度目ともなれば、この狂ったような歓声にも慣れたもんだ。

 俺は、動きを阻害しない程度に仕立てられた「青い戦闘ドレス」の裾を軽く払い、重心を低く構える。


『対するは|右門《ライゥトォ~ゲェートォー》! ヴァルカス・ド・ロワ伯爵のふ・と・こ・ろ・ガタナ! エントリーナンバーZ-616、ギィガァスッ! 現れたのは、Zナンバーゆえ怪物と思われておりましたがぁ……なんと、中身は人でしたぁ! さあ、処刑人がシビを討つのか、それとも返り討ちか! ファイッッッ!!!』


 開始の合図が爆ぜると同時に、俺は地を蹴った。

 最速の踏み込みでグラディウスの錆にしてやるぜ!『闇夜の断罪(ヴェイル・リッパー)』を抜き放ち、一気に間合いを詰める――その刹那。


 ギガスが、俺に向かって無造作に手の平をかざした。


「……ッな!?」


 ドガシュゥッ!!

 目に見えない巨大な衝撃波。『風撃』が、逃げ場を塞ぐように正面から俺を呑み込み、そのまま後方の壁へと叩き付けた。


「……ぐ、はっ……!」


 肺から空気が強制的に押し出され、視界に火花が散る。

 いくら俺が軽装備で軽いからって、ただの風圧だけで、外壁まで叩き付けられるなんてありえるかよ……!



『おおおっとぉ! ギガスが手をかざした瞬間、シビが吹き飛んだぁ! 壁に叩きつけられたぞ、立ち上がれるかぁ!?』


 熱を帯びた実況が、肺の空気をすべて絞り出された俺の耳に、酷く遠く響く。

 視界がチカチカと明滅し、全身の骨が軋みを上げた。

 だが、止まっていれば死ぬ。

 朦朧とする意識を無理やり叩き起こし、顔を上げた瞬間――ギガスの冷徹な手の平が、再び俺を捉えた。


 おいおい……マジかよ。次あれをまともに食らったら、今度こそバラバラだぞ……!

 理屈より先に生存本能が叫んだ。

 なりふり構わず横へ転がり、その場を離脱した直後。

 

 ドォォォォン!!

 空気が爆ぜるような轟音と共に、つい先ほどまで俺がいた壁が、重火器の直撃を受けたかのように粉砕された。

 

 ただ、掌をかざしているだけだ。

 詠唱もない。魔力の予兆プレすら感じない。

 瞬きをするような予備動作の延長で、この破壊を振り撒いているというのか。


「はははは! これがド・ロア伯爵様の実力よ。今なら、(こうべ)を垂れて謝れば許してやらんこともないぞ!」


 セコンド席から響く伯爵の戯言を無視し、俺は喉の奥で、魔力を乗せた「力ある言葉」を小声で紡ぐ。

幻鏡(ミラージュ)


 着地の衝撃に紛れ、鋭く両のかかとを打ち鳴らした。

 瞬間、世界がわずかに歪む。だが、観客の目にも、ギガスの冷徹な瞳にも、俺の姿は「そこ」に留まっているように映っているはずだ。


『……おおおっと!? シビ、一歩も引かない! 逆にギガスの懐へと踏み込んでいくぞぉ!』


 セコンド席から響く伯爵の戯言を脳内から叩き出す。


 肺の奥に溜まった熱を、魔力と共に「言葉」へと変えて吐き出した。


「――幻鏡ミラージュ


 着地の瞬間、小声で力ある言葉を発し、全身の力を一点に束ねて、かかとを地面へ叩きつける。

 衝撃が床を這い、耳の奥に刺さるような高周波が響いた瞬間、世界そのものがぐにゃりと歪んだ。


 視界の端で、もうひとりの俺が動いているのが見える。

 寸分違わぬ姿のそれは、まるで鏡から抜け出した影みたいにギガスへと一直線に飛び込んでいく。


 実況の声が弾けたのが、やけに遠く感じた。視線の先で俺が動いている。

 その姿にギガスの意識が吸い寄せられていくのが、空気越しに伝わってくる。

 ギガスの視線は、まっすぐ“偽物の俺”に釘付けだった。冷たい目だ。ほんの一瞬の迷いもない。

 その意識が一点に収束した瞬間、世界に小さな隙間が生まれる。

 今だ。

 

 俺は音を殺したまま、滑るようにその場を離れた。

 床を蹴る感触すら曖昧なまま、視線の外へ、呼吸の外へ。気配の死角へと潜り込む。

 気づかれていない。いや、気づけるはずがない。

 ギガスの背後、闇の中に俺はすでに立っていた。


渾身の力を込めて床を蹴り抜き、一歩、深く踏み込む。そのままグラディウスを最短軌道で振り下ろそうとした――その瞬間だった。


 先程までピクリとも動かなかったギガスの巨躯が、まるで精密な機械のように、独楽(こま)の如き凄まじい速度で真後ろへと振り向きやがった。

 割れた鉄仮面の奥、感情の一片すら読み取れない虚無の瞳が、姿を現した俺を真正面から、至近距離で捉えた。


「――っ!?」


 嘘だろ、完璧に気配を断ち、死角に潜り込んだはずなのに。

 戦慄する俺を余所に、奴の丸太のような拳が、迎撃のために唸りを上げて振り上げられる。

 だが――。


「……俺の方が速え!『断轟(だんごう)』!」


 ギガスの拳が届くよりも早く、俺の刃が最短軌道で空気を切り裂いた。

 迎撃すらも置き去りにする、圧倒的な加速。俺のグラディウスが、吸い込まれるように奴の兜の真芯へと一直線に突き刺さった。


 ドガォォォォンッ!

 鉄と鉄が真正面からぶつかり合う、鈍く重い衝撃音が闘技場の隅々にまで轟き渡る。

 ギガスの反応は完璧だった。

 だが、俺の一撃の方がさらに速く、そして重かった。


「……っ……!?」


 一切の声も上げず、ギガスの巨体がその衝撃に耐えきれず、後方へと激しく傾いでいく。

 そのまま、太い丸太が倒れるような凄まじい轟音を立てて、奴は仰向けに地面へと叩きつけられた。

 激しく舞い上がった土煙が、ピクリとも動かなくなった重戦士を、墓標のように飲み込んでいく。


『き、決まったぁー! ギガス、姿を消したシビの急襲を完璧に読んでみせたが……それを上回るシビの速度が全てをねじ伏せた! クリーンヒットだぁ~、これで終わりかぁ!?』


「ギガス! 何をしておる! 貴様にどれだけの費用と時間がかかったと思っておるんじゃぁ!」

 

 熱狂する観客席の頭上から、顔を真っ赤にしたド・ロア伯爵の、醜い怒号が響き渡った。

 剣の柄を握る両手に残る、完璧に芯を捉えたという確かな感触。

 俺はすぐさま、セコンド室で息を呑むエレナの方に動き出した。


「シビさん……後ろッ!」


 セコンド室から響くエレナの、喉を切り裂くような鋭い悲鳴が闘技場を貫いた。

 完璧な手応えを手の平に残し、青いドレスの裾を軽やかに翻して歩き出そうとしていた俺の背中を、氷の柱を突き立てられたかのような不快な悪寒が駆け抜ける。


 バキィッ!!

 硬質な金属が内側から力任せに弾け飛ぶ、耳障りな音が静寂を破った。

 ゆっくりと、まるで呪われた糸に引かれるように立ち上がったギガスの、その鉄兜が正中線から真っ二つに割れ落ちる。


「ひ、ひぃっ……!」


「なんだ……ありゃ……化け物、化け物だッ!」


 観客席から、それまでの熱狂をどす黒い恐怖で塗り潰すような絶望の悲鳴が噴き出した。

 露わになったのは、もはや人の形を捨て去った何かだった。


 顔面全体を幾千、幾万もの赤黒い血管が網目のように這い回り、もはや目鼻立ちの判別すらつかない。

 本来の鼻があるべき場所からは、太い血管の束が肉塊となって突き出し、それが背後の肥大化した巨大な肉塊へと脈打ちながら繋がっている。

 まばたきをするたびに皮膚の裂け目から半透明の膜がせり出し、その裏側にびっしりと張り付いた無数の赤い粒が、粘りつくような意思を持って俺を一斉に凝視した。


 深淵の知識……だと……!?


 脳が理解を拒絶し、生存本能が警鐘を鳴らし続ける(おぞ)ましい光景。

 本来なら、視界に入れただけで正気を失い、発狂してもおかしくない異形だ。


「……五月蝿うるせえよ」


 俺にはそれが通用しねえよ。

 降り注ぐ狂気と恐怖の波動を、塵一つ通さず無効化していくのを感じていた。


『立ち上がったかぁ。それでいい……貴様にこれを授けよう!』


 ド・ロア伯爵が狂信的な笑みを浮かべ、天に向かって右手を高く掲げた。

 次の瞬間、虚空から降り注いだ禍々しい光の柱が、異形の怪物と化したギガスを無慈悲に呑み込んだ。


「グゥ……グァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 それは、この世の(ことわり)から外れた、魂を直接削り取るような絶叫だった。

 咆哮に込められた負のエネルギーに、周囲の観客たちが耳を塞いで悶絶し、ガタガタと震え、泡を吹いて次々と倒れ伏していく。


 ボロボロになった青いドレスの裾が、激しい風圧に煽られてバタバタと暴れる。


「……どれだけ姿を変えようが関係ねぇ。俺の前に立ちはだかるなら、ただもう一度沈めるだけだ」


 俺は手にしていたグラディウスを音もなく鞘に収め、代わりに銀髪をまとめていた髪飾りへと、白く細い指先を伸ばした。

 華奢な細工が施された、小さな剣の形をしたそれ。指先でそれを引き抜くと、拘束を解かれた銀髪がさらりと肩に広がる。

 ボロボロになった青いドレスの裾を激しい風に遊ばせながら、俺は手の平に乗せたその小さな剣を、無造作に頭上へと放り投げた。


「――(ルディ)


 刹那。

 宙を舞う小さな輝きが、周囲の魔力を根こそぎ吸い込み、陽炎のように歪みながらみるみる膨れ上がっていく。


 キィィィィィィィィィィィンッ!


 鼓膜を直接震わせるような、高く澄んだ、それでいて圧倒的な存在感を放つ金属音が闘技場に鳴り響いた。

 光の尾を引きながら急膨張したそれは、一瞬にして、眩い銀の輝きを放つミスリルソードへとその姿を変える。

 重力を無視するかのようにゆっくりと落ちてくるその(つか)を、俺は右手に吸い付くような感触で掴み取った。 


 羽のように軽い。

 手の平に馴染むその感触を確かめ、俺はミスリルソードを真っ直ぐに構えた。


「……さて、第2ラウンドだ。これで終わらせてやんよ」


 銀色の刀身が、天から降り注ぐ禍々しい光の柱を鏡のように反射し、ぎらりと鋭く輝いた。

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