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【4部完結】転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~  作者:
4章 再会は、腐臭と共に

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113話 思惑?

 三回戦を終えた俺が控えブースの方を向くと、出入りゲートが音を立てて開いた。

 そこには、俺の姿を認めるなり、祈るように手を組み、今にも駆け寄らんばかりに肩を震わせているエレナの姿があった。


 そんなに心配しなくてもいいのだけどな……。

 だが、カインには二度ほど負けている。

 彼女が俺の無事を確かめるように、必死な視線を送ってくるのも当たり前か。

 俺たちは控室に戻り、戦闘の準備を整えていた。


 「……ヤバいなぁ」


 俺は愛剣グラディウスを抜き放った。鏡のように磨き上げられた刃に、自分の疲れ切った顔が映る。


「どうかなさいましたか?」


 エレナが眉をひそめ、覗き込むように声をかけてきた。


「もつと思ったんだけどなぁ。月光エネルギーは十分蓄えていたはずなんだ。だが、ゼフュランはともかく、カインは完全に計算外だった」


「そうですわよね。暗殺者が、あのような陽の当たる公の舞台に現れるなんて、誰も予想ができませんわ」


「だよなぁ。暗殺者だから、依頼人は教えてくれないしな!」


 俺は毒づきながら、バッグの底から一瓶の液体を取り出した。遮光瓶の中でも隠しきれない、どろりとした不気味な質感が手に伝わる。


「これ、いつ見ても『飲み物』のビジュアルじゃないよな……」


「シビさん特製の魔力回復ポーション、ですわね。……ふふ、お顔が引きつっていますわよ?」


「笑いごとじゃないって。これ、喉を通る時の感覚が最悪なんだ」


 意を決して栓を抜く。途端、鼻腔を突いたのは、発酵した野草と湿った土を混ぜ合わせたような強烈な臭気。

 俺は覚悟を決め、一気にその「緑の怪光」を煽った。

 瞬間、口内が大地のエネルギーに蹂躙された。

 舌の上でドロリと絡みつく粘り気。野草の生命力を限界まで煮詰めたような、脳を揺さぶる猛烈な苦味。喉を焼くような熱さが胃に落ちると同時に、全身の神経が悲鳴を上げた。

 不味い。吐き気がするほど不味い。

 だが、効果は劇的だった。


 枯渇寸前で悲鳴を上げていた魔力回路が、パチパチと火花を散らすような熱を帯びる。

 空っぽだった血管に、濃密な魔力が強引に流し込まれていく感覚。


「……っ、ふぅ……」


 荒い息を吐きながら、俺はそのままズルズルと壁にもたれかかった。

 エレナが隣に座り、そっと柔らかな肩を貸してくれたのが分かった。

 その温もりに安堵したのか、急激な魔力充填による反動か。意識が急速に遠のいていく。

 抗う術のない深い眠りの淵へ、俺は吸い込まれるように落ちていった。


『エントリーナンバーE-666、アヤ・シビ! 対するはZ-616、ギガス!!』


 鼓膜を震わせる無慈悲なアナウンスが、かろうじて繋ぎ止めていた眠りの糸を無残に引き裂いた。


「おいアヤ、逃げろ! 棄権しろ!」


「……っ、起きた傍から騒ぐなよ。まだ寝起きなんだし!」


 意識の混濁を振り払おうとする俺を、周囲の荒くれどもが血相を変えて囲い込む。


「何をのんきなことを抜かしてやがる!」


「落ち着けって。野郎どもの怒鳴り声なんて、一気に浴びても聞き取れねえよ」


 毒づく俺の耳元に、一人の囚人が顔を寄せ、震える声でささやいた。


「……悪い、これだけは聞いてくれ。Zナンバーはな、運営が『生かして帰さない』と決めた時に解き放たれる、規格外の化け物が出る合図なんだ。知っての通り俺達は死刑囚だ、恩赦を出さないための、囚人を叩き潰すための処刑執行人だ。……Zが出たら最後、生還者は一人もいねえ」


 その言葉の重みに、隣にいたエレナが息を呑むのが分かった。

 彼女は俺の袖をちぎれんばかりに握りしめ、縋るような瞳で俺を見つめてくる。


「……俺の目標は優勝じゃない。だが、タダで死ぬつもりもないさ。本当に危なくなったら『愛刀』を抜く。だから、そんな顔すんな」


 心配そうにこちらを向いているエレナの顔を撫でるのだが、その拍子に、俺の胸が――俺の胸がエレナの肩に当たって……締まらねええぇ!

 ……あ、当たってるって、今、モロに……。クソ、緊張感の欠片もねえ!


「お前ら、死刑囚のくせに随分とお節介だな。……ありがとよ。勝ったらまた、安い酒でも酌み交わそうぜ」


「それ、縁起でもねえ別れの挨拶じゃねえか!」


「ハッ、負けるわけねえだろ。実況でも聴きながら、首を長くして俺の帰還を待ってな」


 地獄の釜の底へと続く通路へ、俺は一歩を踏み出す。だが、背後から強烈な力で服を掴まれ、足が止まった。


「もう、よろしいではありませんか……っ!」


 エレナの声が震えている。


「いつもの装備はなくなり、その予備のドレスも半壊。愛刀は使用不可にされてます。ここでギブアップしても許されますわ。十分にシビさんの実力は証明されてますわ」


「……や」


「『や』ではありません! 命が、命がかかっているのです……! これは明らかに、シビさんを殺すために仕組まれた罠ですのよ!」


 俺は振り返らず、暗い通路の先を見据えた。


「知ってる。ゼフュランの時は、貴族を遊びすぎた報復だとは思ったんだけど、カインまで引きずり出されたとなれば、もはや確信犯だ」


 口角を吊り上げ、俺は重い鉄の扉を押し開けた。


「だが、招待された舞台(ステージ)なんだ。踊ってやるさ、結末は変えさせてもらうけどな!それに……」


「なら、どうしてそこまで……っ!」


「ここで背中を見せたり、黙って首を振ったりしたら……昔の自分に逆戻りしそうで。それが、死ぬほど嫌なんだよ」


 脳裏を掠めるのは、泥水をすするような前世の腐った記憶だ。

 親からの容赦ない暴力、男娼の真似事までさせられそうになり家を出た記憶。

 ガキにさえ小銭をたかられる惨めな日々、そして女たちに尊厳を磨り潰された屈辱。

 あんな地獄は、もう二度と御免だ。それに、この身体をもらったシビに――たとえ肉体だけであろうと、そんな薄汚れた経験を一秒たりとも味わわせたくはなかった。

 それに約束をしたんだ。


『いい? 最後に必ずあんたの幸せを見つけて、この人生を謳歌しなさい。……娘みたいな年齢の私の人生を、あんたは奪っちゃったんだから。満足して、生き抜くのよ。約束よ?』


 シビが最期に遺した言葉が、胸の奥で熱く疼く。

 ここで逃げ出すことは、俺の人生を「謳歌」したことにはならない。たとえこの約束が呪いのように俺を縛り付けても、これだけは、死んでも曲げられねえ。


 今にも泣き出しそうなエレナの瞳を見つめ、少しだけ背伸びをしてその頭を優しく撫でた。


「大丈夫だ。あのミスリルゴーレムも、ザハクも、アーサーの試練だって超えてきたんだ。向こうがこれ以上の『不作法』を強いてくるってんなら、俺だって容赦はしねえ。迷わず愛刀を抜いてやるさ」


「……わかりました。私は、ここで信じて待っております。どうか、ご武運を」


 促されるまま左門(レフトゲート)をくぐると、鼓膜を突き破らんばかりの怒号のような歓声と、いつもの厚かましい実況が始まった。


『さてさて大会も終盤に入ったァー! 左門(レフト・ゲート)からはエントリーナンバーE-666! この大会でも数々の下馬評を突破してきた~! 人気急上昇、銀光を纏いし乙女、アヤァァーー! シビィィィィーーーーーッ!!』


 よくもまあ、次から次へと安っぽい煽り文句を思いつくもんだと感心する。

 銀光を纏いしって、俺の髪が銀髪だからだろ。

 だが、その熱狂は、一瞬にして冷ややかな困惑へと塗り替えられた。


『あ……あの、これ……何かの手違い、ですよね……?』


 会場全体が、ざわめきという名の波に呑まれていく。

 俺が訝しげに視線を向けた先――右門ライト・ゲートから現れたのは、凶悪な怪物ではなかった。

 両手の指に、禍々しいほど大粒の宝石を嵌め、尊大な笑みを浮かべた貴族風の男だ。


「実況に間違いはない」


 男が放った傲慢な声が、静まり返った闘技場に響き渡る。


『ですが……しかし、これは……。本来、死刑囚を処刑するためのカードですよね!?』


「今回もスペシャルマッチという事で、その説明のために参った」


 伯爵は、苦々しげに俺を一瞥し、虫唾が走るような尊大な笑みを浮かべて口を開いた。


「そうじゃ。そやつは我が国の崇高な任務を受けるべく、ここへやってきたのだ。これぐらいの余興、当然であろう」


 舞台の上で大仰にのたまう伯爵を見て、俺は冷めた思考のまま確信した。

 黒幕……いや、こいつじゃねえな。こんな矮小な小物が裏で糸を引いてるんだとしたら、この国はもう終わりだ。


「大公殿下に、宰相閣下。……そこにいるよな?」


 俺は伯爵のくだらない言い分を強引に遮り、頭上に鎮座する巨大なマジックスクリーンを睨みつけた。

 刹那、空間が震える。

 起動したスクリーンが眩い光を放ち、そこには凛々しくも覇気を纏った大公ゼノスと、その背後で額の巨大な宝玉を輝かせる宰相イストリスの姿が映し出された。


『そなたは相変わらず、礼儀というものを知らぬのだな。だが……その物言い、そなたの言い分も理解はできる。大公殿下よりお言葉がある。心して聴くが良い』


 意外なことに、宰相イストリスが自ら言葉を和らげ、折れてきた。

 どうした? 急に態度を軟化させやがって。大公は相変わらずだが……妙に気味が悪いな


『シビよ! 国の政ゆえ、三回戦、四回戦と直接は見られなんだが、よくぞここまで勝ち上がった。褒めてつかわそう』


「それはどうも」


 俺は大公の言葉に、これっぽっちの敬意も込めず、手をひらひらと振って答えた。

 その瞬間、会場の空気がぴん、と張り詰める。観客席の貴族や兵士たちが、今の不敬極まる態度に息を呑み、肌を刺すような沈黙が場を支配した。


 だが、そんなの俺の知った事じゃない。

 俺は、この国の国民でもなければ、忠誠を誓った覚えもない。

 イングランドあたりの貴族が覇権を握っている国ならいざ知らず、残念ながら俺が生きていた日本には、現代においてそこまでかしこまるような文化はなかった。

 せいぜい天皇陛下くらいだろうが、実際にお会いしたこともないし、正直よくわからんのが本音だ。

 それにしても、急に態度が軟化してやがる。気味が悪いな。


『そなたの意地、しかと見させてもらった。……もう、十分なのではないか? 何をもって伯がZナンバーをお主に当てる暴挙に出たのか、余には計りかねるが。引くときは引く、それもまた勇気であろうぞ』


 大公の「助け舟」とも取れる提案に、俺は肩をすくめて言い放った。


「もう少し、この茶番に付き合ってやりますよ。……まあ、俺も優勝なんていうのは、どうでもいいんですけど。そうだ殿下、一応言っておきます。ガチで危なくなったら、俺は愛刀を抜きますから。いいですね?」


『……よかろう、許す。ミスリルのアヤと(うた)われるその実力、存分に見せてもらおうではないか。だが、余は止めたぞ。ここから先は、すべて自己責任となろう』


「大公の温情には感謝しますよ。ですが俺も、なぜここまで執拗に狙われなきゃいけないのか、納得がいってませんのでね。……最後まで、やらせてもらいます」


『うむ。ならば余はここで貴公の戦いぶり、しかと見届けさせてもらおう。――伯よ』


「は、ははっ、大公殿下! わたくしめに何用でございましょうか?」


 この場から這うように逃げ出そうとしていたヴァルカス伯爵の背中を、大公の針のように鋭い声が縫い止めた。


『そなたもエレナ嬢と同じ立場とし、そこのセコンド室で待機しなさい』


 大公が軽く指先を動かした刹那、二条の雷光が轟音と共に虚空から降り注ぎ、地を割って二つの豪奢な席を現出させた。


 は……? クリエイト呪文……だよな。いつ詠唱した? まさか無詠唱かよ

 あまりに規格外、理外の魔導を目の当たりにし、俺の背筋に氷の指でなぞられたような戦慄が走る。


「ですが、私がなぜそのような場所に!」


『余も、あそこまで啖呵を切った世間知らずのお嬢を懲らしめるため、多少はハードな試練を与えろとは言った。だが、そなた……少々やりすぎではないか?』


 大公の冷徹な眼光に、俺は高速で思考を巡らせる。

 やはり、国の顔役をおちょくった報いとして、一定の制裁は織り込み済みだったというわけか。

 

 ゼノス殿下は本当に知らなかったのか?

 それとも、不祥事を伯爵一人に押し付けるトカゲの尻尾切りか……?

 まだ読めねえな


『囚人と同室の待機所、三回戦での不可解な機材トラブル……。修復後、下着姿のシビと無残に貫かれた囚人の死体が闘技場で決着というのも聞いておる。そして極めつけは、このZナンバーだ。……伯、これらすべて、そなたが始めた「遊び」であろう?』


 大公の低く、地響きのような声が闘技場全体に沁み渡る。

 それは単なる問いかけではない。逃れようのない事実を突きつける、

 マジックスクリーン越しだというのに、その眼光に射すくめられた観客席の空気は凍りつき、誰もが呼吸を忘れたかのように静まり返った。


『片方だけに命を懸けさせ、自分だけ安全な高みで見物というのも、(きょう)()げるというもの。……不公平だとは思わぬか?』


 ゼノスの背後に立つ宰相イストリスが、無機質な笑みを浮かべる。

 大公の放つ覇気は、もはや物理的な圧力となって伯爵の肩にのしかかっているようだった。


 大公は流れるような動作で、震える伯爵を顎で示した。

 その瞳には、矮小な悪だくみを弄した部下への、底冷えするような軽蔑が宿っている。


『さて、ド・ロワ伯よ。そなたはどうする? 入らぬと言うなら、余の特権をもって、これより対戦カードを書き換えよう』


 ぐうの音も出ない正論に、伯爵は顔を土気色に変えて喘いだ。


「ゼ、ゼノス大公殿下……! わかりました。ですが、彼女の了承が必要ではありませんか!? アウリス教会でも有名な彼女の返事も待たず独断で進めては、さすがに王国やアウリス教会との関係が……」


「わたくしは構いませんわ。ここをお開けください」


 凛とした、鈴の音のような声が東門から響き渡った。

 声の主――エレナは、俺が通ってきた扉から悠然と現れると、大公が構築したセコンド席に、なんの躊躇もなく腰を下ろした。


 おいおい、罠かもしれないのになんでそんなに無警戒なんだよ! もっと自分を大事にしてくれ……!

 彼女の覚悟は痛いほど伝わるが、これで俺は戦闘中、エレナの安否まで背負って戦わなきゃならなくなった。

 どうしたものか。


『案ずるな、シビよ。余もそこまで鬼畜ではない。そこには強固な防御壁を張る、思う存分戦うが良い。――さて、ド・ロワ伯よ。そなたはどうする? 入らぬと言うなら、余の特権をもって、対戦相手を「そなた」に変えさせてもらうが?』


「……っ、ゼノス様がそう仰るのでしたら!」


 半狂乱で喚きながら伯爵が席につくと、大公は震え上がっている実況者へ冷ややかな視線を向けた。


『実況よ』


『は、はいぃいい! 大公さ……さまぁっ!』


『話はまとまった。そなたの仕事を全うせよ』


『ひゃ、ひゃいぃ~~~~っ! ……えぇ、では! Zナンバーの魔物を、解き放てぇぇえええ!!』


 その瞬間、天井が弾けるように発光した。

 セコンド席の周囲に、肉眼では捉えがたいほど高密度の透明な壁が展開され、これで一応エレナの安全は大丈夫か。


 俺はグラディウスを抜き、切っ先を正対させた。

 地鳴りのような咆哮と共に、分厚い鉄門が内側からひしゃげ、ひきちぎられていく。

 何が出てくるか分からんが……受けて立つ。


 「さあ、地獄の一丁目の鬼と戦うか!」

「転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~」をお楽しみいただけましたか?


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