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【4部完結】転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~  作者:
6章 魔法大国アヴァリス

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100話 お買い物デート 第三部完

「ふぅ……。ようやく、あの野郎どもの視線から解放されたな」


 ギルドの重厚な扉が閉まると同時に、俺は大きく息を吐き出した。

 背後で遠ざかる酒場の喧騒が、扉の厚みでくぐもって消えていく。

 エメラルドの石畳に踏み出すと、そこには夕刻の魔法の光に彩られた、幻想的な光景が広がっていた。

 石畳が陽光を柔らかく反射し、淡い緑の輝きが足元を照らし、遠くの建物が魔法のランプで金色に染まる。

 潮風が頬を撫で、市場のスパイスと花の香りが混じり合って鼻をくすぐる。

 街全体が魔法の粒子で満ちていて、肌に微かな痺れを感じるほどだ。


「シビさん、そんなに急がないでくださいな。街は逃げませんわよ?」


 隣でクスクスと笑うエレナが、俺の腕にそっと自分の腕を絡めてくる。

 柔らかな感触と、ふわりと漂う清廉な香水の匂い……。

 彼女の腕が俺の腕に触れ、温かい体温が布地越しに染み込んでくる。

 金色の髪が風に揺れ、頰がほんのり赤く染まり、瞳が楽しげに俺を捉える。

 胸の膨らみが俺の腕に軽く押し付けられ、鼓動が微かに伝わってくる。


 正直、エレナとプライベートで出歩くのは、今の俺には刺激が強すぎてどうしていいか分からない。

 腕に当たる彼女の柔らかな胸の感触に、男性としての理性が悲鳴を上げている。

 胸の奥が熱くなり、息が少し浅くなる。

 少女の体なのに、俺は、おっさんだから、こんな状況でドキドキするのは当然だろ……。

 しかも器量よしで美人。

 女性経験がほぼない俺には刺激強すぎるって。


「……っ。分かってる。だが、まずは実用的なものからだ。装備を整えないと、いつあの『ミスリルのバケモノ』なんて噂に追いつかれるか分かったもんじゃないからな」


 あの噂は一体なんなんだよ。

 どこをどう見たら、今の俺がバケモノに見えるんだ?

 胸の奥がざわつき、首筋に冷たい汗が伝う。


「ふふ、効率主義のシビさんらしいですわ。では、あちらの『絹の吐息亭』から参りましょうか?」


 エレナの声が優しく響き、彼女の腕が俺の腕を軽く引き寄せる。

 金色の髪が風に舞い、頬の赤みが夕陽に照らされてより鮮やかになる。

 俺たちは、夕暮れの魔法の光に包まれながら、ゆっくりと歩き始めた。


 彼女に連れられて入ったのは、魔法下着の専門店だった。

 店内に一歩足を踏み入れた瞬間、俺の脳内アラートが最大音量で鳴り響いた。

 視界を埋め尽くすのは、繊細なレース、透けるようなシルク、そして……どう見ても面積が足りない布地の山だった。


 棚に並ぶ下着は、魔法の光で淡く輝き、布地が空気のように軽く揺れている。

 店内の空気が甘い香油と布の新品の匂いで満ち、俺の鼻腔をくすぐりながら、胸の奥をざわつかせる。

 なんだよ魔法の下着やって、そんなの聞いたことないぞ。


「……おいエレナ。いくら『魔法障壁』が編み込まれてるからって、これは……その、犯罪的じゃないか?」

 

 俺は、指先でつまんだ薄桃色の布地を凝視し、引きつった声を絞り出した。

 布地は指に吸い付くように柔らかく、触れただけで肌が熱くなる。

 こんなの恥ずかしくてはけるか。

 最初だって、女性の下着の小ささに悶絶してたっていうのに、こんな恥ずかしいのはけるわけないだろ。

 指先が震え、布地が微かに光を反射して俺の顔を照らす。


「何を仰っていますの。この『飛燕のレース』は、着用者の俊敏性を五パーセント向上させる優れものですわ。戦士として、この数値を見逃すのですか?それにかわいいデザインですよ」


 エレナの声が穏やかで、瞳が俺をまっすぐ見つめてくる。

 金色の髪が店内のランプに照らされて輝き、頰がほんのり赤く染まり、唇が軽く微笑む。

 彼女の指が布地を優しく撫で、布が微かに光を放つ。


「くっ……五%を取るか、羞恥心を取るか……」


 結局、俺は店員にサイズを測られるがままになった。

 店員の冷たい指が俺の肩や腰に触れ、メジャーが肌を滑る感触がゾワゾワと背筋を這う。

 鏡に映る自分は、銀髪を揺らし、頰を真っ赤に染めた紛れもない美少女だ。

 その肩に、エレナが鏡越しに優しく手を置く。


「シビさんは、ご自分が思っている以上に可愛らしいのですから。もっと自信を持っていいのですよ?」


 エレナの声が優しく響き、瞳に宿る熱っぽさが俺の胸を締め付ける。

 彼女の指が肩に触れ、温かい体温が布地越しに染み込んでくる。

 その瞳に映る俺の姿が、恥ずかしくて、でもどこか甘く、視線を逸らすことができない。


「……分かったよ。試着してみる」


 俺は渋々頷き、店員に試着室を案内された。

 試着室のカーテンが閉まると、狭い空間に布地の甘い香りが充満する。

 布地を肌に当てた瞬間、魔法の粒子が微かに痺れ、俊敏性が本当に上がるような錯覚に襲われる。


 でも、鏡に映る自分の姿が、あまりにも恥ずかしくて視線を逸らす。

 胸の奥が熱くなり、息が乱れる。

 布地が肌に吸い付く感触が、魔法の痺れと混じり、背筋をぞわぞわとさせる。

 試着を終えて出てくると、エレナが俺を見て、頬をさらに赤く染めた。


「シビさん……とても、お似合いですわ」


 俺は言葉に詰まり、顔を赤くして俯いた。

 エレナの瞳が優しく俺を包み、胸の奥が温かくなる。

 可愛いのはエレナお前の方だと言いたかったのだが、これ以上恥ずかしくなって悶絶をしたくないので黙っていた。

 俺は、逃げるように店を後にした。


 次に訪れたのは、高級ローブ店『星紡ぎの仕立て屋』だ。

 店内は静かで、魔法の光が柔らかく差し込み、布地の香りが漂う。

 店主の老魔導師が、俺の「魔法ドレスに革ジャン」というスタイルを「機能美の極致だ!」と絶賛してくれた。

 老人の瞳が輝き、しわだらけの手が革ジャンを優しく撫でる。

 革ジャンに『自動温度調整』と『物理衝撃吸収』の術式を上書きしてもらい。

 ようやく「戦士」としての自分を取り戻した心地がする。

 術式が布地に染み込む瞬間、微かな魔力の痺れが肌を走り、体が軽く熱くなる。

 

 最後に向かったのは、魔道具・アクセサリー店『叡智の雫』。

 怪しげな薬草の匂いが漂う店内で、俺はある一点に目を留めた。

 棚に並ぶアクセサリーが魔法の光で淡く輝き、店内の空気が重く静かだ。


「……店主。その、銀のアンクレットを見せてくれ」


「おや、お目が高い。それは身につける者の『魔力回復と疲労回復』を微量ながら促進する一点物ですよ」

 

 俺はそれを手に取り、エレナの前にしゃがみ込んだ。

 銀の鎖が冷たく掌に収まり、微かな魔力の脈動を感じる。

 驚く彼女を余所に、白法衣の裾から覗く細い足首に、銀の鎖をそっと巻き付ける。

 鎖が肌に触れる瞬間、冷たい金属が温かい肌に沈み込み、微かな魔力が足首を包む。


「シビさん……? これは……」


「……日頃の感謝だ。えっとそうだ。おいつも俺を支えてくれてるんだから、これくらい当然だろ」


 なんか言い方がぶっきらぼうにぶっきらぼうに行ってしまったが、エレナは一瞬だけ呆然とした後、夕焼けよりも鮮やかな笑みを浮かべた。

 頬が赤く染まり、瞳が潤んで輝き、唇が優しく開く。

 金色の髪が肩に掛かり、彼女の胸元が小さく上下する。


「……嬉しいですわ。わたくし、このアンクレットを一生の宝物にします」


「一生は大げさだろ。……さあ、飯だ。アヴァリスで一番美味い店、エクレアに聞いてあるんだ」


 俺は照れ隠しに彼女の手を引き、歩き出す。

 エレナの指が俺の手に絡み、温かい体温が掌に染み込む。


 四十四歳で少女を助けて死んだ。

 あのまま生きていたとしても、こんな風に誰かと手を繋いで歩く未来はなかったかもしれない。

 もちろん、生前の方が良かった面もたくさんある。

 常に死と隣り合わせのこの世界とは違い、日本には平和があった。


 四十代で大学に合格し、得られるはずだった知的好奇心や、新たな出会い。

 そこには、間違いなく素晴らしい人生が待っていたはずだ。

 失ったものは大きい。

 それでも、神様の気まぐれで始まったこの「二度目の人生」も、案外悪くないと思える。

 繋いだ手の温もりを、今はただ、噛み締めていた。


「極上のメシの前に、俺たちには寄らねばならない場所があった。」


 アヴァリス大公国が誇る、国一番の魔法鍛冶屋『黄金の槌亭(つちてい)』だ。

 店内に足を踏み入れた瞬間、魔力を含んだ熱気が肌を叩いた。

 炉の炎が赤く揺らめき、鉄と魔力の焼ける匂いが鼻腔を満たす。


 そこら中の壁に、見たこともない術式が刻まれた武具が並び、奥からは規則正しい槌の音が響いてくる。

 カン、カン、カン……と、金属が叩かれる音が部屋全体に振動し、胸の奥まで伝わってくる。

 熱気が肌を包み、汗が背中を伝い、息が少し熱くなる。


「……何だい、お嬢ちゃん。うちは冷やかしの冒険者が来るところじゃないよ」


 奥から現れたのは、(すす)で汚れた前掛けをしたドワーフの老人だった。

 その眼光は、一目で俺の腰の獲物を見抜く。

 煤だらけの顔に深いしわが刻まれ、髭が白く伸び、瞳が鋭く俺のミスリルソードを捉える。

 老人の手が槌を握ったまま、ゆっくりと俺に近づく。

 前掛けの布が煤で黒く汚れ、鉄の匂いが体に染みついている。


「ルーでシック子爵の紹介だ。……このミスリルソードを見て欲しい。かなりの死地を抜けてきた相棒なんだ。最高のメンテを頼みたい」


 俺が紹介状とミスリルソードを差し出すと、老人の顔つきが変わった。

 彼は愛おしそうに剣身を撫で、光にかざす。

 剣の刃が老人の煤だらけの指に触れ、微かな魔力が光を反射して青白く輝く。

 老人の指が剣の表面を優しくなぞり、瞳に職人の情熱が宿る。


「……ほう。いい剣だ。あんたの魔力特性に、よく馴染んでやがる。これほど使い込まれたミスリルは珍しい。(あるじ)の癖を、剣の方が完璧に覚え込んでるな」


 職人の言葉に、俺は自分の右手を無意識に握り締めた。

 剣の柄が掌に冷たく残り、沢山の戦いの感触がよみがえる。

 老人の言葉が胸に染み、俺の相棒がどれだけ俺と共闘してきたかを改めて実感する。


「それに相当な修羅場を潜ったな? 刃こぼれ一つねえが、魔力の通りに(よど)みが見えるし、剣が悲鳴を上げてるぜ。剣の過負荷(オーバーロード)で、金属の芯が熱を持ったまま固まってやがる。このままだと、近いうちにポッキリなっちまうぞ。よくもまあ。ここまで酷使したもんだ」


 職人の声が低く、渋く響き、炉の炎が彼の煤だらけの顔を赤く照らす。

 老人の眼光が剣を捉え、瞳に職人の情熱が宿るのが見える。

 しわだらけの手が剣を愛おしそうに持ち上げ、指先が剣身を優しく撫でるたび、ミスリルの表面が微かに震え、青白い光が揺らめく。


 剣の刃に刻まれた細かな傷跡が炎に反射して鈍く光り、ドワーフの手に渡った俺の相棒が、炉の炎を反射して鈍く光る。


 人から聞いたり本で読んだことだ。道具の整備を怠る奴から、夢も命も零れ落ちていくんだ。

 一流のスポーツ選手や一流のビジネスマンは、基本自分の道具を大事にするって聞いた。

 俺の胸の奥が少し重くなり、安心して任せれると実感した。


「一日もらうがいいか?」


 ドワーフの言葉に、俺はエレナと顔を見合わせた。

 彼らは、最高の鍛冶師で装飾師でもある。

 

「楽しみですわね、シビさん。最高の状態になった剣なら、きっともっと軽やかに振れるはずですわ。少しの間休憩ですわね」


「ああ……。期待してる。楽しみだ」


 鍛冶屋を出ると、アヴァリスの街はすっかり夜の帳に包まれていた。

 街灯が魔法の光で輝き、石畳が淡く照らされる。

 夜風が頬を撫で、遠くから街の喧騒と音楽が聞こえてくる。


 俺たちは予約していたレストランへと足を向ける。

 相棒(ミスリルソード)を預けた腰の軽さに、どこか落ち着かない気分で夜の街を歩く。

 剣の重みがなくなった腰が妙に軽く、歩くたびにバランスが取れず、微妙に体が傾く。


 夜風が頰を撫で、冷たい感触が肌を刺し、胸の奥がざわつく。

 街灯の魔法の光が石畳に淡く反射し、足元がキラキラと揺らめく。

 そういやもう半年以上使ってたんだな。

 そう物思いにふけりながら歩いていた。


 隣を歩くエレナが、空いた俺の右手をそっと包み込むように握ってきた。

 彼女の指が、俺の指に絡み、温かい体温が手の平に染み込んでくる。


 金色の髪が夜風に軽く揺れ、瞳が優しく俺を捉える。

 手のひらに伝わる柔らかな感触が、俺の胸を温かくざわつかせる。


「シビさん。剣はあの方に任せて、今夜はわたくしたちも、心と体の『メンテナンス』をしましょう?」


 そうは言うがやはり無いとなる時になってしまうのが人の(サガ)だと思う。

 手持ち無沙汰な右手を軽く握ったり開いたりして、苦笑いした。

 この世界で生き抜くための武器を預けてしまうと、急に自分が無防備な小娘になったような気がして、どうにもそわそわする。

 右手を握ると、剣の柄の感触が思い出され、手の平が虚しくなる。


「あら、シビさん。わたくしが隣にいるのですから、そんなに心細がらないでくださいな」


 エレナが、いたずらっぽく小首をかしげて俺を覗き込む。


「ああ。そうだな。今夜くらいは、戦いのことは忘れるとするか」


 夕闇の中、彼女の瞳が優しく揺れる。

 瞳に映る街灯の光が、琥珀色に澄み、涙のように輝いていた。

 唇が軽く微笑み、息遣いが少し速くなる。

 理性が、また一つ、小さな悲鳴を上げた。


 予約していたレストラン『蒼い月光亭』の扉を開けると、そこには魔法大国アヴァリスの夜を彩る。

 極上の美食と静寂が待っていた。


 扉を開けた瞬間、暖かい灯りと料理の香りが一気に押し寄せ、鼻腔を満たす。

 店内は静かで、魔法の灯籠が柔らかな光を放ち、テーブルに銀の食器が並ぶ。

 案内されたのは、運河を一望できるテラスの特等席だ。


 運河の水面に魔法の灯籠がゆっくりと流れてる。

 微かな魔力の粒子が夜風に舞って、星屑のようにキラキラと輝いている。

 水面が金色に揺れ、遠くの建物が魔法の光で淡く照らされる。


 キャンドルの炎に照らされた彼女の瞳は琥珀色に澄み、新調したばかりのアンクレットが、テーブルの下でチリンと小さく鳴った。


 銀の鎖が足首に光り、微かな魔力が足元を包む。

 彼女の笑みが優しく、俺の胸を温かく満たす。


「運ばれてきたのは、アヴァリス名物の『白銀魚のカルパッチョ』と、魔法で熟成された極上のワインだ。」


 皿に並んだ白銀魚の薄切りが、月光のように淡く輝き、表面にオリーブオイルぽいのが、薄く膜を張って光を反射している。

 魚の身は透き通るように白く、微かに震えるように新鮮で、柑橘の香りとハーブの清涼な匂いが立ち上る。


 ワインは深いルビー色で、グラスの中でゆっくりと揺れ、熟成の芳醇な香りが鼻腔を優しく満たす。

 魔法で熟成されたというそれは、グラスを傾けると、液体が重く流れ、喉を滑る感触が甘く熱い。


「……美味いな。生きてるって実感がするぜ」


 一口飲み込み、その喉越しに一息つく。

 ワインの熱さが喉を滑り、胃に染み込んで体を温める。

 こんなに美味いものは、生前でも食べたことがない。

 全体的な料理の完成度は生前の方が上かもしれないが、食材本来の味の濃さや鮮烈さなら、間違いなくこちらの方が上だろう。

 魚の身が舌の上で溶け、柑橘の酸味と塩気が口の中に広がり、幸せが胸にじわりと染み込む。


 ふと、自分の手を見つめる。

 かつてのごつごつした男の手ではない。

 白く、細く、けれど数多の剣線を刻んできた少女の手。

 指先が微かに震え、銀の光が指に反射して輝く。

 手の平に残る剣の感触が、遠く感じる。


「……エレナ。私は、一緒に旅ができて、本当に良かったと思ってる」


 酒の勢いか、この場の雰囲気のせいか。

 つい昔の話し方が出てしまう。

 柄にもない言葉が、スッと口をついて出た。

 声が低くなり、喉の奥が熱くなる。


「初めて会った時から、何度も死の淵で助けてくれて感謝してるんだ」


 私は、テラスの向こうに広がる夜景を見つめながら、独り言のように続けた。

 運河の水面に魔法の灯籠がゆっくり流れ、星屑のような光がキラキラと揺らめく。

 夜風が頬を撫で、遠くから街の音楽が微かに聞こえてくる。


「まだ出会って一年経ってないのに、なんだか出会ったのが、はるか昔のような気がする。お互いの考え方の違いで、喧嘩した事もあったなぁ」


 そこまで言って、俺はエレナに視線を戻した。

 彼女の金色の髪が夜の光に照らされ、瞳が優しく俺を映す。

 頬がほんのり赤く染まり、唇が軽く開く。


「何度も私を救ってくれた。……エレナがそばにいるだけで、私は、無条件に安心できるんだ。ありがとう」

 

 エレナの手が止まった。

 彼女は一瞬、驚いたように目を見開き、それから花が綻ぶような、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。

 頬がさらに赤く染まり、瞳が潤んで輝き、まつ毛が微かに震える。

 唇が優しく開き、息遣いが少し速くなる。


「シビさん……。わたくしも同じですわ。最初は危なっかしい人だと思い心配でしたが……いつの間にか、シビさんの背中を押し、共に歩んでいきたいと思うようになりましたの」


 彼女がテーブル越しに、不意に私の手をそっと握ってきた。

 エレナの指が私の指に絡み、温かい体温が手の平に染み込んでくる。

 彼女の瞳が私を優しく包み、胸の奥が温かくなる。


柔らかな掌の感触。」


 はっと我に返った。

 手の平に伝わるエレナの温もりが、熱く、柔らかく、俺の指を優しく包み込む。

 彼女の指が俺の指に絡み、細い指先が軽く震えながらも、しっかりと握り返してくる。

 その感触が、俺の胸の奥を甘く締め付け、息が一瞬止まる。


 ダメだ。やっぱりこの距離、男性としての理性が悲鳴を上げやがる。

 心臓がドクドクと鳴り、耳元で血の音が響く。

 エレナの香りが近くて、甘く、頭がぼんやりする。


 少女の体なのに、おっさんだから、こんな密着でドキドキするのは当然だろ……。

 こんな状況で理性が悲鳴を上げるのは、完全に俺の責任だ。

 なに告白みたいな空気になってるんだ。


 俺は、おっさんだぞ。

 若い女性をたぶらかすような真似は、だめだろう。

 まったく。ただでさえ役得なのによ。

 これ以上おっさんが、そんな夢を見るなよ。


 あくまで彼女は、同性として、仲間としての友愛を向けてくれているんだ。

 俺みたいに彼女の心身を欲しがるような、下種(ゲス)な考えはするな。

 この繋いだ手の温もりだけで、今は満足しやがれ。


 俺は、激しい照れ隠しを込めて、少し冷たくなった夜風を吸い込み。

 手の温もりを噛み締めるようにワインを煽った。

 グラスのワインが喉を滑り、熱く甘い味が胸に広がる。


 夜風が頰を冷やし、運河の水面に映る灯りがキラキラと揺れる。

 エレナの指が俺の指を優しく握り、温もりが静かに染み込んでくる。


「……よし、今日はゆっくり食べて語り明かそうぜ。たまには、こういうのもいいよな」


「はい、シビさん」


 アヴァリスの夜景に、二人の穏やかな笑い声が溶けていった。


第三部 未知の島・狂気編 完

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