第五十八夜:悲しみが生きた音色
半年くらいが経った頃だったか。
いつも演奏を聴いてくれてた、青区の常連の人に聞いてみた。
その人も詳しくは知らなかったけど、「魔族なら赤区でよく見かける」って教えてくれた。
プリムラ姉ちゃんに話すと、絶対止められる。
だから、一人で行った。
一人で、あの子を探しに――赤区へ。
そこは、言葉で言い表せないほど、気持ち悪い場所だった。
赤い光がずっとテラテラしてて、石壁には血か何かの汚れがこびりついてて。
道を歩けば、どこからか喘ぎ声とか、叫び声とかが響いてきて。
大人が抱き合ってたり、殴り合ってたり――
喜んでんのか、苦しんでんのかも分かんなかった。
それでも探した。必死に探した。
足が震えても、心臓が喉から出そうでも――探した。
そして、見つけた。
あの子が――
目の前で――
――体をバラバラにされるところを。
無表情のまま、何本もの刃が降り注ぐ。
血が飛んで、床を濡らして、誰かの笑い声が重なった。
周りの魔族たちは歓喜してた。
「ほら見ろ!次はどこだ!」
「足!足首か?くるぶしもいいぞ!」
叫んで、笑って、切り落とされた体に金を賭けていた。
そして、それを――
食ってた。
信じられなかった。
わかんなかった。
何が起きてるのか、理解できなかった。
オイラ、動けなかった。
何も言えなかった。
ゾンビでもないのに。
同じ種族が、同じ種族を――
食ってる。
音もしない。光も感じない。
オイラの世界が、一度、そこで止まった。
それから、どれくらい時間が経ったのか、正直覚えてない。
目の前が、赤いままだった。
気がついた時には、プリムラ姉ちゃんに抱きしめられてた。
声も出なかった。ただ、頭の中が真っ赤で、耳の奥で“ぴちゅっ”て音が何度も繰り返されてて。
灰区の奥の、狭い寝床に戻ってきて――
オイラは、楽器に触れなくなった。
何度か手に取ってみたけど、指が震えて、うまく吹けなかった。
音を出すと、あの赤い光景が蘇って、息が詰まる。
音が、怖くなった。
それでも、姉ちゃんと一緒に青区には出た。
生活のため、演奏のため、今までと同じように。
だけど、同じように吹いても、なにかが違った。
客の前で音を外した。
いつもより笛が低くなった。
音が、妙に重くなった。
それでも……誰かが、ずっと見てた。
「……なあ、あの子、最近、音が変わったと思わないか?」
「前は明るかったけどさ、今の音……沁みるんだよ。不思議と」
そんな声が、遠くから聞こえた。
何日か後――
演奏が終わったオイラの前に、一人の男が現れた。
赤と金のスカーフを巻いた、派手な商人風の男。
オイラ、その時は正直“また変な勧誘かな”と思って無視しようとした。
でも、男は演奏用の小箱にそっと硬貨を置いたあと、こう言った。
「悲しみを纏った音は、人の耳に残る」
「君の音は、今日初めて“生きた”と感じたよ」
目が合った。
どこか胡散臭い外見に反して、目だけは冗談を言っていなかった。
それが、ガルサンとの最初の出会いだった。
あの人は、ずっとオイラたちを見ていたらしい。
でも、オイラの演奏はただの演奏、だから声をかけることはなかった。
けど、“感情の乗った音”が出るようになるの聴いて、声を掛けたって。
その後、姉ちゃんと話し合って、ガルサンの紹介で中央商業区に登録した。
演芸ギルドを通して、正式な芸人としての許可を得た。
そこから地上への道が開けた。
だからこそ、今でも思うんだ。
“あの子”がいなかったら、
オイラは、今ここにいなかった。
あの子の沈黙が、
オイラに音をくれたんだ。
でも、それからだ。
“魔族”って言葉を聞くだけで、身体が勝手に震えるようになった。
あの時の光景が、頭に焼きついて離れない。
角。目隠し。血の匂い。音のない手拍子。
何もしていないはずなのに、“そこにいるだけ”で怖い。
……だから、ここに来たわけじゃない。
オイラはただ、プリムラ姉ちゃんに会いたくて――
久しぶりに顔を見せたくて、こっそり馬車に乗り込んだだけだった。
みんなに話すつもりもなかった。
すぐにどこかで降りて、知らないフリして別れるはずだった。
でも、聞いちまったんだ。
ミルベーナ姉ちゃんが――“魔族”だって。
あの瞬間、心臓が凍りついた。
空気が重くなったわけでもない。
ミルベーナ姉ちゃんが何かしたわけでもない。
でも、“逃げ場のない場所”で、それを聞いた。
狭い荷台。密閉された空間。
音もなく、風も届かず、目の前に“魔族”がいるという現実。
逃げられないと思った瞬間に、震えが止まらなくなった。
誰も責めてない。ミルベーナ姉ちゃんだって、ちゃんと話してた。
ジークもリージュお姉ちゃんも、オイラのことを心配してくれてる。
でも、そういうのが余計に――痛かった。
オイラは、みんなの“仲間”じゃない。
ただ、プリムラ姉ちゃんに会いたくて、勝手に乗った“通りすがり”だ。
それなのに、勝手に怖がって、騒いで、気を遣わせて。
わかってる。全部、自分が悪いって。
でも、身体は勝手に震えるし、あの子の顔がフラッシュバックする。
思い出したくないのに、忘れられない。
あの赤い光。
切り落とされた腕。
歓喜に満ちた、化け物みたいな笑い声。
どうして――
オイラたちだけ、助かったんだろう。
その答えは、今でも出ないんだ。
今後はしばらく火、木曜日の11時更新となります。
元のペースに戻せそうになり次第、お知らせいたします。
【2025年3月31日、第一夜〜第三夜 改稿】リライト企画進行中(牛歩)
現在第一夜〜第三夜の文章と構成を全面的にリライトしました。
以前のバージョンを読んでくださった方も、改めて楽しんでいただけたら嬉しいです。
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