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ANgelic of the Dead  作者: 書庫
五章--閉ざされた国、ファルムス帝国--
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第五十七夜:地下スラム街『スキラム』

地下スラム街スキラム――ファルムス帝国の地下にある貧民街さ。


地図にも乗らないような場所。誰も本気で管理しようなんて思っちゃいない。

でも、生きてる。

いや、生かされてるだけかもしれないけど、確かにそこには“暮らし”があった。


オイラが物心ついた時には、もうスキラムの灰区グレー・スケープで生きてたんだ。

薄暗くて、空気はいつも湿ってて、壁の石にすらカビが生えててさ。

天井は時々軋むし、落ちてきたらそこでおしまい。

みんな、毎日が“運試し”みたいなもんだった。


オイラはちっちゃくて、声も高くて、耳も尾も目立つ完獣ベスティアだった。

だから、プリムラ姉ちゃんがいつも帽子をかぶせてくれて、

耳を隠して、尻尾はズボンに無理やり詰めて……

「今日も“フツーの子”だよ」って笑ってくれた。


プリムラ姉ちゃんは強かった。

“誰かに見つかったら終わり”って知ってるのに、笑って、演じて、守ってくれてた。


オイラたちは、青区ブルー・ワードに通ってた。

あそこはスキラムの中でもちょっとだけ光がある場所――娯楽街さ。

楽器の音が響いてて、笑い声も聞こえる。

でも、それは全部“金になるから”の笑い。


オイラは母ちゃんの形見――この魔術アンクレットを使って、笛を吹いたり、小さな楽器を鳴らしたりして、通りすがりの客に小銭をもらってた。


魔力を流すと、音がちょっとだけ綺麗になるんだ。

持ってない楽器の音も後から出せるのに気づいた。

“あの人の音だ”って覚えてもらえる。目立つけど、記憶に残る。


姉ちゃんは隣で、ちょっとした踊りや寸劇をしてた。

客に笑われたり、からかわれたりすることもあったけど、

それでも最後まで“演じ切る”のが、プリムラ姉ちゃんの凄さだった。


「うまくやれば、いつか地上に行ける」って、そう信じてた。


実際、青区ブルー・ワードには“目に止まれば引き上げてもらえる”って噂があった。

演芸師、給仕、運搬手、道化――どれも“地上での仕事”としてスカウトされることがあるって。


オイラたちは、それにかけてた。

笑って、演じて、日々を繋いで。


でも――

笑いながら、いつもどこかで、足元が崩れそうな気がしてたよ。


スキラムには、いろんなやつがいた。


子供だけで集まって、小さな家を作って生きてるやつら。

なにかを失くして、生きることそのものを放棄した人たち。

地上で失脚して、ここに堕ちてきた元貴族もいた。


種族も年齢も関係なかった。

そこにいるのは、ただ“見放された命”だけ。


そんな混ざり合った中に――いたんだ。魔族が。


奴らは見分けがつきやすかった。

額に、小さな角が生えてる。

それだけで、すぐにわかる。


最初、オイラは知らなかった。

というか、スキラムにしか魔族がいないって、外に出るまで気づかなかったんだ。


あとから聞いた話じゃ、百年くらい前に魔族とファルムス帝国の間に戦争があったらしい。

魔族は負けて、ほとんどが追いやられて……それが今、スキラムの最底辺にいるってわけ。


魔族の中でも、力がある奴らは黒区デッドゾーンとか特殊な場所に使われるらしいけど、

ほとんどは赤区レッド・グルーヴ――つまり“あっち側”に住まされてた。


オイラたちみたいな青区ブルー・ワード側じゃ、あんまり見かけない。

見かけたとしても、顔を隠してたり、見世物みたいに連れて歩かれてたりしてた。


でも――


一人だけ、よく来てたんだ。青区ブルー・ワードに。


魔族の、女の子。


目も口も、なにかで覆われてて、喋ることもできなかった。

たぶん奴隷。いや、たぶんなんてもんじゃなくて、確実に。


でも、その子はオイラの演奏を聞くと――身体を揺らして、はしゃぐんだ。


拍子に合わせて手を叩いたり、足でリズムを取ったり。

言葉はなかったけど、ちゃんと“届いてる”ってわかった。


オイラと、同じくらいの歳だった。

体は細くて、小さくて、でも……目隠しの奥に、何かがいた。

忘れちゃいけない何かが、あの子の中にはあったんだ。


最初は怖かった。でも、次第に、その子が来るのが楽しみになってた。

音を奏でると、ちゃんと返してくれる。リズムでも、手拍子でも。


音で会話してた。

話したことはないよ。

でも、そんな気がしてたんだ。



あの子は目が見えなかった。

いつも目元に布を巻かれて、口元にも金具みたいなもので塞がれてた。


声も出せないし、何を考えてるのかもわかんなかった。

でも、オイラの演奏を聴くと、いつも体を揺らしてくれた。


手を叩いて、足で床を叩いて、リズムを返してくれた。

オイラの音を、ちゃんと“聴いてくれてた”。


奴隷だった。間違いなく。

首に繋がれた鎖も、体の所々に刻まれた焼印も、それが物語ってた。


演奏の途中で、連れてかれることもあった。

男たちが無言で引っ張っていくたびに、オイラは何もできずに指を止めるしかなかった。


でも……次の日にはまた来てくれた。

何事もなかったみたいに、いつもの場所に立って、手を叩いてくれた。


それが嬉しくて、何度も演奏した。

音で何かが通じる気がして――

オイラ、たぶん、ちょっとだけ好きだったのかもしれない。


でも、ある時を境に、ぱったり姿を見なくなった。


最初のうちは、また来ると思ってた。

でも、一週間経っても、二週間経っても――その姿はどこにもなかった。

今後はしばらく火、木曜日の11時更新となります。

元のペースに戻せそうになり次第、お知らせいたします。


【2025年3月31日、第一夜〜第三夜 改稿リライト】リライト企画進行中(牛歩)

現在第一夜〜第三夜の文章と構成を全面的にリライトしました。

以前のバージョンを読んでくださった方も、改めて楽しんでいただけたら嬉しいです。


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