表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ANgelic of the Dead  作者: 書庫
四章--死の大行進《デス・マーチング》--
49/174

第四十二夜:大人と子供のわかること

燃える夕焼けの色が、街の影を長く引き伸ばしていた。

バルコニーから見える壊れた壁の向こう、荒野の向こう、何もない空の向こう。

あたしはそのすべてをぼんやり眺めながら、なんて声をかけたらいいのか考えていた。


「わからないままで、いた方がいいんじゃないかな?」


そう言ったのは、たぶん自分自身に言い聞かせるためだった。

ガルドアさんが隣で黙ってるのが、すごく怖かった。

大人の人はこういう時、何を考えているのか本当にわからない。


「もう聞けないし、考えてもわかんない。

なら、ガルドアさんの思うリディアさんのままじゃ、ダメかな?」


だって、もういないんだよ。

もう話せないんだよ。

だったら、好きなように覚えてたらいいじゃない。


いいところだけ見て、都合よく思い出して、楽になればいいじゃない。

そうしないと、苦しくてやってられないよ――そう思ったのに。


「……それは出来ないな」


ガルドアさんの声は、すごく、すごく重かった。


「そいつは逃げだ。現実から逃げて、目を逸らすのはできない」


その言葉を聞いた瞬間、あたしの中で何かがぐるぐる回って、

絡まって、ほどけなくなった。


逃げちゃダメなの?

なんで?

みんな、そんなふうにしてるよ?

辛いこと、苦しいこと、どうにもならないこと……。

忘れて、見ないようにして、それで前を向くんじゃないの?

あたしだってそうだった。

リージュは元気だね、明るいね、前向きだね。

そう言われるたびに、あたしはちゃんとやれてるんだって思ってた。

でも、もしかして、それってただの「逃げ」だったの?


「その考えに逃げちまったら、それこそリディアにまた怒られる」


そう言いながら、ガルドアさんは笑ってみせた。

でも、その笑顔は、あたしの知ってる「笑顔」じゃなかった。

胸の奥がぎゅっと痛くなる。


あたしは……あたしは、ただ……

ガルドアさんに楽になってほしかっただけなのに。

なんで、こんなに違うの?

なんで、こんなに遠いの?

あたしには、わからないよ。


「オレは、出来る限り償うよ。

ここで、アイツをわかってやれなかった、せめてもの罪滅ぼしをする」


「ガルドアさん……」


その言葉を聞いたとき、あたしはようやく気づいた。

ガルドアさんは、リディアさんのことを「終わらせる」つもりがないんだ。

忘れようともしないし、都合よく思い出すこともしない。

ずっと、考え続けて、抱え続けて、苦しみ続けて。

それを「罪」として背負っていくつもりなんだ。


あたしには……そんなの、できない。

辛いことなんて、できれば忘れたいし、苦しみ続けるなんて、そんなの無理だよ。

でも、ガルドアさんはそれを「やる」って言った。

それが、大人の覚悟なんだって。


ちゃんと……理解した、と思う。

でも、納得はできなかった。


だから、あたしはこれ以上なにも言えなかった。


沈黙が通り過ぎる。

焼けた空の色だけが、時間の流れを示していた。


「悪りぃ、励ましてくれようとしたんだよな」


ガルドアさんの声に、ハッとする。

そうだ。

あたし、ガルドアさんを励まそうと思って……でも、何もできなかったんだ。


「そろそろ左腕の包帯変えてもらえ。オレはもう少しここにいる……」


「……うん、包帯、変えてもらってくる」


あたしは、もう一度ガルドアさんを見た。

彼は、まだ遠くを見ていた。リディアさんが死んだ場所を。


あたしじゃ、励ましの言葉すら掛けられない。

どうしたらいいのか、わからなかった。


だから、とりあえず歩き出した。

何もできなかった自分に、胸がモヤモヤしたまま。




私はリージュと別れ、部屋に戻っていつもの服へと着替えた。

その後、クラウゼンブルクのギルド長、レンハルト殿のもとへ向かった。


ギルド本部の会議室。

そこにはレンハルト殿と数名のギルド関係者が待っていた。

私は椅子に座り、まずは自身の行動を順を追って説明する。


青白い光と同時にネクロスの殲滅を開始し、途中で謎の剣士と悪魔と思われる少女と交戦、その後コーネリア殿と合流し、燃える森を見て撤退戦と判断。

そして、残存する群れをできるだけ天使化の力で殲滅し、最前線での掃討を担当していたこと。

ひと通り話し終えると、レンハルト殿は静かに頷いた。


「情報の齟齬はないな。……天使の力には、今回も助けられた」


「それが私の役目ですので」


私の言葉に、ギルド関係者の一人が「助けられたどころか、貴殿の戦果は群を抜いていた」と笑う。

そうかもしれない。しかし、それでも死者が千を超えた事実は変わらない。


「……とはいえ、今回の件は決して誇れる戦果ではない」

私はそう返した。


「確かにな」

レンハルト殿は静かに机の上の資料をめくる。


「死傷者数は過去最大級。

だが、過去の記録を見ても、この規模の死の大行進(デス・マーチング)で生存者がこれだけいるのは珍しい。確実に”最悪”ではなかった」


「……救えた命も、確かにあります。しかし、それでも失われた命は戻らない」


私がそう言うと、レンハルト殿は深く頷き、視線を手元の書類へ落とす。

そして、ページをめくりながら、ふと顔を上げた。


「――ただ、一つ、今回の死の大行進(デス・マーチング)には”異例”があったな」


「……介入者ですね」


私がそう言うと、会議室がわずかに静まった。

介入者、つまり私が交戦した”謎の剣士”と、フォスターが相対した”悪魔と思われる少女”のことだ。


「過去の死の大行進(デス・マーチング)の記録を見ても、外部からの介入があった事例は……ないな」


「やはり、そうですか」


「つまり今回の戦いは、我々だけのものではなかったということだ」


その言葉に、ギルド関係者の一人が眉をひそめる。


「では、次もまた同じことが起こる可能性があると?」


「否定はできないな」

レンハルト殿はそう言い、再び書類をめくった。


「今回、介入者の正体は掴めずじまいだったが……“敵”とは限らない。

だが、剣士も悪魔の少女も、目的がわからんからな」


「それが厄介な点です。敵ならば討てばいいが、そうでない可能性もある」


私の言葉に、再び会議室が静まる。

もし敵ならば、次に会った時は”始末”すればいい。

だが、彼女らの目的が違うのなら――無闇に争うべきではない。


「……この件については、もう少し情報を整理する必要があるな」

レンハルト殿がそう言い、話題を変えるように資料を閉じた。


「ともかく、今回の戦闘では貴殿がいなければ、

さらに多くの犠牲が出ていたことは確かだ。ミルベーナ天使、改めて感謝を」


「――天使として、当然のことをしたまでです」


私は淡々とそう答え、立ち上がった。

この戦いは終わった。次のことを考えなければならない。


部屋を出る前、レンハルト殿が一言だけ付け加えた。


「次の死の大行進(デス・マーチング)はいつになるかはわからんが、天使の力がまた必要になる日が来るのは確かだ」


「……その時は、また戦います」


そう返し、私は部屋を後にした。



さて、この後は仲間内での話し合いだ。

フォスターはまだ動けないため、彼の部屋に全員が集まることになっている。

時間は……まだあるな。リージュの部屋に寄ってみるか。


私は廊下を進み、リージュの部屋の前で足を止めた。ノックする。

トントン


返事はない。もう一度、少し強めに叩く。


トントン

「リージュ、私だ。いるか?」


しかし、やはり返答はない。

中にいるのか、それとも外に出ているのか……。

左腕はまだ完治していないはずだが、無理をしていなければいいのだが。


一瞬だけ扉の前で考え込んだが、結局その場を離れることにした。

先にフォスターの部屋へ向かう前に、医務室に寄ってみるか。

そこにリージュがいるかもしれない。


階下へ降り、医務室へ向かう途中、視界の端に見覚えのある姿を捉えた。

……コーネリア殿か。


こちらに気付いたのか、コーネリア殿がふっと笑い、手招きをしてくる。


「ほらほら、そんなに急がなくてもいいだろう?ちょっと座んな」


相変わらず、どこか余裕のある態度だ。

私は少し戸惑いながらも、促されるままに近くのソファへ腰を下ろした。


「ご無事で何よりです。私に何か御用ですか?」


「いやねぇ、先にちょっと小言でも言おうかと思ってさ」


コーネリア殿はそう言いながら、どこか楽しそうに笑った。


「いやぁ、堅苦しい報告ってのは、何度やっても肩が凝るもんさねぇ」


コーネリア殿はソファに深く腰掛けながら、肩をぐるりと回す。

私が隣に座ると、ちらりとこちらを見て口元を緩めた。


「で、お前さんも報告は終わったんだろう?どうだった?」


「問題なく終わりました。

多少の意見交換はありましたが、認識に大きな差はありませんでした」


「そりゃあよかったねぇ」


「お茶を頼むよ」ギルドの方が手慣れた動作でお茶をだす。

コーネリア殿が湯飲みを手渡してきた。こちらも手慣れた動作だ。

私がそれを受け取ると、彼女はしばし目を細めて私を見つめ、それからぽつりと呟いた。


「……で?お前さん、自分のことはどう思ってるんだい?」


「どう、とは?」


「別に、たいした意味はないさ。

ただ、あんたみたいに戦い慣れた奴ってのは、自分を顧みるのがヘタだからねぇ。どうせ、ここ数日まともに休んじゃいないんだろ?」


図星だった。


だが、私はそれを表に出さず、淡々と答える。


「当然のことをしたまでです」


「はぁ、やれやれだねぇ……」


コーネリア殿は湯飲みを置いて、私の額を指で弾いた。


「いった……」


「当然のことをしたまで、ねぇ。まぁ、それは間違っちゃいないさ。

でもね、お前さんが当然だと思ってることを、周りの人間がどう思うかはまた別の話さね」


「……どういうことでしょう?」


「簡単なことさ。お前さん、ちゃんと感謝の言葉を受け取ったかい?」


「受け取りましたよ、ギルドの方々にも」


「違うねぇ」


コーネリア殿は笑うでもなく、少し寂しそうに首を振った。


「お前さんは、感謝を“受け止めた”んじゃなくて、“受け流した”んだよ」


ぐっ、と言葉が詰まった。


「別にそれが悪いってわけじゃないさ。

あたしだって長いことこの街にいるがね、そういう奴は何人も見てきたよ。

責任感が強くて、誰かのために戦うことが当たり前になってる奴ほど、そうなる」


そして、ぽんぽんと私の肩を叩いた。


「でもさ、忘れちゃいけないよ。

お前さんが『当然のことをした』って思ってる間に、それで救われた奴らは、ただの当然なんかじゃなく、心の底から『ありがとう』って思ってるってことをさ」


その言葉が、妙に胸に響いた。


コーネリア殿は、くっと湯飲みを空にすると、ふぅ、と満足そうに息を吐いた。


「まぁ、お前さんは賢い子だ。これ以上は野暮ってもんさね。

でも、無理しすぎるんじゃないよ?

特に、お前さんみたいなのは、あたしが見てきた中でも、とびきり無茶をしそうだからねぇ」


「……肝に銘じます」


「よろしい!」


コーネリア殿は豪快に笑った後、ふと視線を外壁の方へと向けた。


「……お前さん、これからリージュのとこに行くんだろ?」


「そのつもりです……」


「だったらさ、ついでに嬢ちゃんの様子もよーく見ておいで。

あの子も、きっと自分が思ってるよりも、いっぱいいっぱいなはずさねぇ」


「今はそこの医務室にいるよ」


リージュの姿を見たのだろうか?

その言葉を聞き、彼女はもう一度笑い、私を送り出すように軽く手を振った。



医務室の扉を開くと、そこにはベッドに腰掛けたリージュの姿があった。

包帯の巻かれた左腕を軽く撫でながら、ぼんやりと窓の外を見つめている。

気のせいかもしれないが、少し元気がなさそうだ。

いつものリージュなら、私の足音にすぐ気付いて「ミナ」と声をかけてくるはずだが、今日はそうしなかった。


「リージュ?」

声をかけると、ようやく気付いたように顔を上げた。


「ミナ……」

「どうしたの、浮かない顔をしているけど?」

「えっと、ちょっと考えごと……」


考えごと、か。

私もあまり人の心情に踏み込むほうではないが、少なくともリージュの表情からは単なる「考えごと」では済まないような気がする。

だが、私がこれ以上突っ込もうとしたその時だった。


「やれやれ、こりゃまたずいぶんと暗い顔しとるねぇ」


ソファに腰掛けていたコーネリア殿が、ゆったりとした口調でリージュに話しかけた。いつの間にか、私との会話を聞いていたようだ。

リージュは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに気まずそうに目を逸らした。


「……別に、なんでもないよ」


「なんでもない子がそんな顔するもんかねぇ。

まあ、言いたくないなら無理にとは言わないけど、

あんたの悩みなんてのは、どうせ“子供にしかできない悩み”だろ?」


子供にしかできない悩み――リージュがピクリと肩を震わせる。

やはり何かを抱えているようだ。

だが、私ではきっと踏み込めない領域だった。


「……ガルドアさんと話したんだ」

ぽつりと、リージュが呟いた。


「おやおや、ガルドア……確か狐の坊やだね? なんだい、喧嘩でもしたのかい?」


「違うよ……ただ、なんでリディアさんが“ああなったのか”……それを考えてた」


「ほぉ」


コーネリア殿が、興味深そうに片眉を上げる。

リージュは視線を落としながら、少しずつ言葉を紡いでいった。


「……ガルドアさんは、“現実から逃げちゃダメだ” って言ってた。

でも、あたしは“もう考えない方がいいんじゃないか” って思ったの。

考えても、答えが出ないし……苦しいだけだもん」


コーネリア殿は、しばらく何も言わなかった。

ただ、静かにリージュを見つめ、まるで孫娘を諭すような温かな眼差しを向けている。


「……リージュ」


穏やかな声が響く。


「あんたが言ってることも、ガルドアが言ってることも、どっちも間違いじゃないよ」


「え……?」


「“見なかったことにする” のも “受け止めて前に進む” のも、生き方の違いさね。

どっちを選ぶかは、その人の“心の重さ” 次第なんだよ」


リージュは、コーネリア殿の言葉の意味をすぐには理解できなかったようだ。

戸惑いながら、口を開く。


「“心の重さ”……?」


「そうさねぇ。人は、重すぎる荷物を持てば歩けなくなる。

だけど、軽すぎる荷物じゃ“生きてる実感”ってやつがなくなる」


コーネリア殿はゆっくりと椅子に腰を下ろし、少し遠くを見つめるように目を細めた。


「ガルドアは、“重くても背負う道” を選んだんだろうよ。

それが“アイツをわかってやれなかった”せめてもの償いだってな。

でも、あんたは“その重さが怖い”って思ってる。違うかい?」


「……」


リージュは何も言えなかった。

ぐっと唇を噛み、拳を握りしめる。


「そりゃ、怖いさね。あんたの年じゃ、当然のことだよ」


優しく、けれどどこか厳しい声。


「でも、“見なかったことにする”ってのは“捨てる”ってことと同じだ。

リディアって子のこと、“もう忘れよう”って、本当に思えるのかい?」


「っ……」


リージュは目を見開いた。


「それとも、“どうしても考えたくない”けど、“忘れるのも嫌だ”って、そう思ってるんじゃないのかい?」


「……」


図星だった。

リージュは震える声で呟く。


「……そんなの、わかんないよ……」


「わかんなくてもいいさ。

でも“わかんない”ってことを“忘れちゃう”のが、一番もったいないね」


コーネリア殿はゆったりと微笑んだ。


「答えなんて、今すぐ出さなくてもいい。

“考え続けること”それが、あんたが“あの子のためにできること”じゃないかねぇ」


リージュは、何か言おうとしたけれど、言葉にならなかった。

迷いの残る瞳で、それでも、何かを理解しようとしているように見えた。


コーネリア殿はリージュの頭をぽんっと軽く撫でると、ゆっくりと立ち上がる。


「さぁて、それじゃあそろそろ行くよ。

ミルベーナ、あんたたちもそろそろ“話し合い”に向かわないといけないんじゃないかい?」


そう言って、こちらを振り向いた。


「……ええ、そろそろ行きましょうか」


私も立ち上がる。リージュはまだ考え込んでいたが、

コーネリア殿の言葉が全く届いていないわけではなさそうだ。


「リージュ、ゆっくりでいい。考え続けることをやめるな」


「……うん」


小さく頷くリージュを見届け、私はコーネリア殿と共に医務室を後にした。

今後は日、火、木曜日の11時更新となります。

「日曜日は二話更新」となります。


【2025年3月31日、第一夜〜第三夜 改稿リライト】リライト企画進行中(牛歩)

現在第一夜〜第三夜の文章と構成を全面的にリライトしました。

以前のバージョンを読んでくださった方も、改めて楽しんでいただけたら嬉しいです。


Xアカウント

https://x.com/r5mswm?s=21&t=YDHDT292BvtoU2Xhs0cHWQ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ