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ANgelic of the Dead  作者: 書庫
四章--死の大行進《デス・マーチング》--
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第四十一夜:これが私だ、ってこと

ガルドアとギルドの仕事を共にするようになったのは、

もうどれくらい前のことだったかな。


同じ孤児院にいた時は、それなりに話すこともあった。

でも、孤児院では『優しいリディアお姉さん』を必要とする子がたくさんいた。

だから、ガルドアと過ごす時間は少しずつ減っていったの。


もし、この距離がもっと近かったら……。

いえ、やめましょう。


ガルドアは随分と変わっていた。男らしくなり、とても強くなっていたわ。

私も昔と変わった、と言われた。


……昔と違って、おっとりしたなって。


「気づかなかったのかな? 私の変化に」


ガルドアといる時間は、私にとって拷問のようだった。

隠さなきゃならないのよ。

優しいリディアでいなきゃならないのよ。

あの日、あの場所で生まれた本当の私は、決して表に出してはいけないの!


「悲鳴が聞こえない日々は、ほんっとうに息苦しかった」


最初は、ただ彼に気づかれないようにするだけでよかったわ。

でも、仕事を共にする時間が増えるほど、

私は自分を押し殺さなければならなかったの。


彼といれば、私は『普通』でいなければならなかったから。


だから、私は我慢の限界だった。


そんな時、クラウゼンブルクのことを耳にしたの。

「この世界で一番危険な街」

……なんて魅力的な響きなんだろう。


私はガルドアを簡単に言いくるめたわ。

「こんなに強くなったんだもの。もっと大きな場所で活躍できるわ」

「あなたの力を、もっと活かせる機会があるわ」


彼は疑いもせず、私の言葉を受け入れた。

でも、私は知っていた。


「私が本当に求めていたのは、クラウゼンブルクの”環境”だった」


この世界で私が一番安心できる街。

悲鳴に満ち、死と恐怖が支配する街。

そこでなら、私も本当の自分でいられるかもしれない。



最初は、本当に些細なさざなみだった。

波が立つほどではない、ただ水面を揺らす程度のもの。


あの子……名前、なんだったかしら?

そう、完獣ベスティアの子。


クラウゼンブルクへ向かう道中、私たちは護衛として雇われた。

『リディア姉さん』

初対面でそう呼んできたのだから、随分と図々しい子だった。


まぁ、可愛らしいとも思ったわ。

無邪気で、まだ何も知らない、純粋な瞳。


「せめてもう少し、賢ければよかったのに」


そうしたら、もっと面白い悲鳴をあげてくれたかもしれないのに。


途中で死にかけたこともあったわね。

ウィーパー……あのゾンビの声は、本当に美しかった。


歌うように響く、透き通るような絶望の旋律。

足を止めるなと言われても無理だった。

あの瞬間だけ、私は演技をやめて、純粋に聞き入っていたのよ。


ガルドアたちは別の意味で放心していたけど、私にとっては違った。

耳を澄ませば澄ませるほど、心が満たされていくような感覚。


だけど……


「せっかくの歌声も、あっという間に掻き消されてしまったわ」


波が押し寄せてきたのは、それからだった。

四人の子たちが現れた。

斧チビ、男女おとこおんなの犬っころ、腕力バカ女、小娘


あっという間にウィーパーを倒してしまった。

もったいない。

せめてあの完獣ベスティアだけでも噛まれてほしかったのに。


また、同行者が増えた。

また、“優しいリディアお姉さん”を演じなければならないの?

また、私の本当の心を押し殺さなければならないの?


「あぁ、面倒くさい」


でも、少しだけ興味もあったのよ。

あんな風に、ゾンビを簡単に殺してしまう子たち。

悲鳴を上げずに戦う子たち。

一体、どんな風に壊れるのかしら?



やっと着いた、私の安住の地。

クラウゼンブルク。


ガルドアもここで常駐することを決めたみたい。

それが決まったとき、私は心の中でほくそ笑んでいた。


「ここは、どんな綺麗な悲鳴が上がるのかしら?」

「討伐のたびに、あの肉を貪る音が聞けるのかしら?」


考えるだけで胸が高鳴る。

私は、舞い上がっていた。


そして、ついに”それ”が来たのよ。


この街に着いて、最初に教えられた”一番の災害”。


――死の大行進(デス・マーチング)が!!


運命だと思ったわ!

何十年かに一度の出来事が、私が街に着いた”翌日”に起きたのよ!?


こんな巡り合わせ、奇跡としか言いようがないじゃない!!


前線にこそ立てなかったけど、外壁の上から見える光景は”素晴らしかった”。

何百、何千というゾンビたちが、地を埋め尽くしながら進んでくるの。

人間たちは逃げ惑い、恐怖に震え、絶望の悲鳴を上げたわ。


「あぁ、最高……!!」


これよ、私がずっと待ち望んでいた世界は!!

私は、誰にも気づかれないように口元を覆いながら、笑いを押し殺していた。


戦ってるふりはしたわよ。

適当に魔法を撃ち、ゾンビに当たらないように加減しながらね。


そんな時よ。

ただ喚き散らしているギルド副代表が叫んだの。


「炎の魔法の準備だ! 得意なやつはいるかー!?」


……え?


私の耳が、それを聞き逃すはずがないじゃない。


“炎の魔法”

“森を焼き尽くす”


私は、無意識に笑っていた。

まるで子供が初めてお祭りに連れて行かれた時のようにね。


燃やせる。

炎で、全部燃やせる!!


ゾンビだけじゃない。

木々も、土も、そこに潜む者たちも、すべて焼き尽くすのよ!!


興奮が身体を駆け巡る。

震えが止まらない。


私は率先して手を挙げたわ。


「私がやります! 炎魔法なら、誰よりも得意です!!」


副代表は慌ただしく頷き、私に必要なものを指示した。

私はすぐに本部へと駆け出した。


「こんなに楽しみなこと、あるわけないじゃない……!!」


焼き尽くすのよ、全てを。

灰も残らないくらいに。



本部で必要な道具を探していた時だった。

視界の端に、震えている小さな影が見えたの。


――あら?誰かしら。


興味を引かれ、そっと近づいてみる。

そこにいたのは、あの小娘。


「ふふ……いよいよ、ね」


わざと優しく声をかけてみる。

彼女はビクリと肩を震わせ、怯えた目をこちらに向けたわ。


「ねぇ、怖い?」


私はそっと微笑んだ。

親しみやすい、優しいお姉さんの笑顔でね。


「ゾンビに食い殺されること?」


――その瞬間、小娘の顔が強張った。


目が見開かれる。口が開くが、声が出ない。

恐怖に支配された子猫のような表情。


「……何言ってんの?」


私の中の何かが、心地よく震えた。


――ああ、可愛い。


怖がる顔、怯える瞳、喉を震わせる音。

その一瞬の全てが、私の心を満たしてくれる。


「リージュちゃんは戦うの? それとも……逃げる?」


少しだけ、わざとらしく申し訳なさそうにしてみたつもり。

小娘はその言葉に、恐怖より怒りが勝ったのか、睨みつけてきた。


「……っ!」


ぷいっと顔を背ける。まるで猫のように。


――残念ね。もっと、見せて欲しかったのになぁ。


でもまぁ、こんなことで遊んでいる暇はないわ。

私は本来の目的を思い出し、すぐに持ち場へと急いだ。


これから、本番なのだから。


――


外壁の上に戻ると、既に数人の魔術師が準備を整えていた。

私を中心に囲み、炎を増幅する魔法を展開する。


私は詠唱を始める。


「火よ、炎よ、紅蓮よ。イグニス、フランマ、フラムアルデンス」


徐々に、私の手のひらに熱が集まり始めた。

ゆっくりと膨れ上がる紅蓮の塊。

魔力の奔流が私を包み込み、ブレスレットが更なる増幅を施す。


――心が躍る。


これは初めての感覚。

私自身の魔力だけでは成し得ない、圧倒的な熱量が渦巻いている。


「私は燃える、心を燃やす、魂さえも焼き尽くす。

アルデオ、コル・ウーロ、エティアム・アニマム・エクスーロ!」


すごい、すごい、すごい!!!


「いける……!!!」


あの時以来の、高揚感。

いや、それ以上!!


私は陶酔の笑みを浮かべながら、完全に仕上がった火球を見つめていた。


だが、その時だった。


「外壁がゾンビで囲まれてる!弓で一掃しろー!!」


――外壁が?


耳に入った言葉が、私の視線を奪った。

すぐそこにゾンビが?


森を焼く?




……違うわよ。


ゾンビがすぐそこにいるのよ!!


もう火球は完成していたの。

あとは放つだけよ。


――どこへ?


私の標的は森だった。

でも、私の目は、すぐそばの外壁に釘付けになっていた。


ゾンビたちが群がる、あの場所に――


ふっと、笑みが浮かぶ。


決まったわ。


私は直前に、狙いを変えた。

真横を向き、火球を――


「灰すら燃やせ!煉獄よ!インファーナル・フレイムズ、マイ・ソウル!!」


外壁に向かって放ったの。




やったわ!

壁が壊れたわ! 私の炎が死者の門を開いたのよ!!


私の中に湧き上がる衝動を抑えられない。


喉の奥から漏れ出る笑いが止まらない。


こんな素晴らしい光景が目の前に広がっているのに、

笑わずにいられるわけがないじゃない!


私は歓喜のまま、倒れ込むように内壁へ飛び降りた。


「くふ、ふふふっ……あははははっ……!!」


もちろん、ただの飛び降りなんかじゃないわよ?

風魔法をマスターしてやったのよ。

たった一日でね。


自分の身体を浮かせ、飛ぶ――あの腕力バカ女が教えてくれたおかげで、ね。

素質調査のとき、あの男が言った言葉を思い出すわ。


『鋭い感覚の持ち主の様ですね、こういう方は飲み込みが早い傾向にあります』


ふふっ、本当にその通りじゃない。

たった少し試しただけで、私は空を飛べるようになったんだから。


私は地面に落ちる前に飛んだわ、まっすぐにあの場所へ向かった。

壊れた壁――違うわ、死者の門よ。


この目でしっかりと見届けなくちゃ。


だってここは、ゾンビたちが楽園へと足を踏み入れるための、最初の一歩なんだから!



聞こえる……。

風に乗って震え、叫ぶ伴奏が。


最高の演劇が、ついに始まったのよ!


私は見せもの小屋の最前席に座るように、見晴らしのいい屋根に腰を掛けた。

視界いっぱいに広がる悲鳴のオーケストラ、叫びのコーラス、

肉が千切れ裂ける音のリズム、咀嚼する音の余韻。


あぁ、たまらなく安心する……!


ずっと我慢していた分、身体の奥底から湧き上がる興奮が止まらない。

私の目の前で、彼らは皆、演劇の役者のように命を散らしていく。

美しく、儚く、哀れで、そして滑稽。


コレよ! コレなのよ!!


私が見たかったものは!

私が聞きたかったものは!!

私が感じたかったものは!!!


夢中になって見入っていたわ。

今までどれだけ我慢していたのか、思い返せばおかしくって、おかしくって――


「……あははははっ……あはははははははははっ!!」


笑いが止まらなかった。


でも、時間は有限なのよね。

どんな舞台にも、必ず幕が下りる時が来る。

邪魔者が来ちゃったのよ。


――あの可愛らしい子猫ちゃんが。


最初、あの子は呆然としていたわ。

そりゃそうよね? こんなにも美しい光景を見るのは、初めてだったんでしょう?

しばらく、ぽーっと放心していたもの。


でもね、あの子ったらこの演劇に混ざり始めたのよ。

目の前で命が散るこの舞台を、壊そうとしたのよ。


しかも私に向かって、こう言ったのよ。


「何が楽しいの? 人が死んでるんだよ!」って


ああ、もう!

わかってないんだねぇ?


人が死ぬのは、当たり前なの。

こんな世界なんだもん!


あの子ったら、目の前しか見えてないんだもの。

だから私は、い〜っぱい遊んであげたの。


そこも、あそこも、ほらそこにも!

ねぇ、見てごらん?

ほら、そこでも人が死にそうだよ〜?


聞いてごらん?

ほら、こんなに綺麗な悲鳴を上げてるよ〜?


なのに、なのに!

いきなりナイフを投げてきたの!!


私の顔のど真ん中めがけて、よ?

あの子ったら、私を殺すつもりだったのかしら?


――なんとか避けられたけど、もうちょっとであの子、人殺しになってたのよ?


私だって人を殺したことなんてないのになぁ。

ふふっ、わかってなかったのかなぁ?

それとも、私が殺される側だったら、それで良かったのかしら?


ああ、もう、たまらないわねぇ!!

そんな時だったわ……。




――ああ、やだな。こんなはずじゃなかったのに。


このまま、ただ悲鳴に酔いしれていられたらよかったのに。

誰にも邪魔されずに、この劇場の最前席で、最後まで観劇できたらよかったのに。

でも、ダメだった。


――だって、ガルドアが来ちゃったから。




「来たんだ」


私の背後に立つ彼の足音は、焦燥と怒りに満ちていた。

ああ、やだな。なんでそんな顔をしてるの?


「お前、何したのかわかってんのか?」


問い詰めるような声。

言うまでもないじゃない。私はただ、私の望むものを手に入れた。

何も間違ってないわ。ねぇ、ガルドア。


「わかってんだろ!!オレたちの村がどうなったか!!」


わかってるわよ。

わかってるわ。

でも、だから何?


「そうだね」


私はゆっくりと立ち上がる。

彼に向き合いながら、笑って問いかけた。


「ガルドアはさ、なんで違うの?」


彼の顔が歪む。


「何がだよ……、お前こそなんでこんなことしたんだよ!!?」


「同じ景色を見たのに、わたしとは……やっぱり違うんだね」


そう。私たちは同じものを見て、同じものを経験して、それなのに――

どうしてあなたは、私と同じにならなかったの?


あれ?私、倒れてる。

ガルドアが、私を見てる。


ガルドアの槍が、私に向けられる。

でも、震えてる。


「私はね、ガルドアと同じ景色を見たかったんだ。ガルドアと一緒に」


それだけだったのに。


でも彼は、何も言わなかった。

槍を振り下ろすことも、拒絶することもできず、ただ震えていた。


……苦しそうだった。


――やだな。こんなはずじゃなかったのに。


私が求めていたのは、こんな結末じゃない。

ガルドアが苦しむ姿を見たかったわけじゃない。

彼と、一緒に、同じ場所に立ちたかったのに。


それが、叶わないのなら――


「意気地なし」


私はそう言い捨てて、彼を蹴った。


ガルドアの姿が視界から消え、私はふわりと宙に浮いた。

重力が私の身体を引き下ろす


ああ、これでいい。


だって、ここからは――


私が主役をする番。


地面に叩きつけられる。

鈍い痛みが身体を駆け巡るけれど、それすらも、どうでもいいことだった。


ゾンビたちが、ゆっくりと私を囲む。

ナグリスの赤い瞳が光る。


私は、ようやく舞台の中央に立ったのだ。


劇場は最高潮を迎えている。

観客たちは咆哮し、舞台の役者たちは命を散らす。


その音のすべてが、私のための音楽。


仰向けのまま、自然と手が上がる。


ガルドアの方へと。


彼が屋根の上からこちらを見ていた。

槍を構えたまま、動けずに。


――本当は、こうしたかったわけじゃないの。


――本当は、あなたと同じ景色を見たかっただけなの。


喉元に鋭い牙が触れる感触がした。

私は、ふっと微笑んだ。


これで、終幕。


――喰われた。


悲鳴を上げることもできずに。

喉を噛まれ、血が溢れる。


最後の願いは、何も叶わなかった。


最後に聞こえたのは、ガルドアの叫び声だった。

今後は日、火、木曜日の11時更新となります。

「日曜日は二話更新」となります。


【2025年3月31日、第一夜〜第三夜 改稿リライト】リライト企画進行中(牛歩)

現在第一夜〜第三夜の文章と構成を全面的にリライトしました。

以前のバージョンを読んでくださった方も、改めて楽しんでいただけたら嬉しいです。


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https://x.com/r5mswm?s=21&t=YDHDT292BvtoU2Xhs0cHWQ

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