第三十七夜:千百二十六人
死の大行進――それは確かに終わりを迎えようとしていた。
クラウゼンブルク内部に入り込んでいたゾンビは、リージュの浄化によって一掃され、外壁付近に残っていた死者たちも、彼女の放った白き光によって塵と消えた。
外壁の上、アイシスは冷静に戦況を見つめていた。
彼女の指示で外壁上の兵たちは残党の動きを注意深く見守りつつ、弓と魔法で応戦を続けていた。だが、もうそこに押し寄せる黒い影はない。
かつて森から次々と姿を現したゾンビの群れは、今やほとんどが消え去り、あとは僅かな残党が森の奥に消えていくのみだった。
「……夜までには出られるな」
アイシスは静かに呟いた。
動ける者たちで討って出る準備は進められていた。
残るわずかな影を討ち果たすために。
一方、コーネリアは澄んだ空に目を向けながら、ゆっくりと浮遊していた。
浄化の光に包まれた彼女の姿は神々しささえ帯びている。
周囲にはもはやゾンビの姿はなかった。
彼女の結界に近づくものなど、もう一匹たりともいない。
「ようやく終わったか?」
ぽつりと呟かれたその声は、どこか寂しげだった。
「流石に今回で、あたしも引退かね……」
それが冗談か本音かはわからなかった。
だが、長きにわたりこの地を守り続けてきた彼女の胸には、確かな達成感と同時に、どこかに置いてきた青春の名残のような感情があった。
そして、もう一人。
ミルベーナは、骸の群れの中に静かに立っていた。
彼女の大剣は血に染まり、既に幾千の命を刈り取ってきた証を刻んでいた。
残るは最後の一匹。ぼろぼろのゾンビを、大剣で縦に真っ二つに断つ。
倒れる死体。
これで、すべて終わった。
「……終わり、か」
その声は自分に言い聞かせるようだった。
周囲を見渡す。もうどこにも、動く影はなかった。
僅かに残るのは、自分が倒した骸の山。
静まり返った世界に、吹き抜ける風の音だけが響く。
ミルベーナは無言で大剣を背負い、ゆっくりと街の方へ歩き出した。
彼女は責務を果たした。
自身の力で、目の前に迫った脅威を退けたのだ。
だが、疲労は限界に達していた。
全身の痛みと、張り詰めた魔力の消耗に耐えながら、彼女はゆっくりと歩き続ける。
けれど、その歩みに迷いはない。
「……帰ろう」
誰に告げるでもなく、そう呟いて。
ミルベーナは、クラウゼンブルクへと帰還した。
クラウゼンブルク――人口約五千の街は、死の大行進の終焉を迎えた。
だが、残されたのは勝利の実感ではなく、静かな喪失感だった。
今回の襲撃で、ワルツハイムは奇跡的に大きな被害を免れた。
街を守るコーネリアの力、そして備えによって、人命においては無傷だったと言ってもいい。
だが、クラウゼンブルクは違った。
記録された死者は千三十九人。
負傷者は二千九十四人。
依然として行方が知れない者は二百八十六人。
そして、ナグリスに噛まれ、感染死を待つ者が八十七人。
実質の死者は千百二十六人に達した。
犠牲の多くは、第一陣から第三陣の兵士たち、そしてゾンビが街に侵入してからの一般市民だった。外壁が崩れた一瞬の隙を突かれ、逃げ遅れた人々が次々と犠牲になった。助けに入った者も巻き込まれた。誰もが力尽きるまで戦い、そして倒れた。
焼け焦げた森は、黒く死んだ木々が無残に立ち尽くしていた。
実りを期待していた果実の木々も、炎に呑まれ、しばらくは再生の兆しさえ見えないだろう。焼け跡には、焦げた地面と白い灰だけが残っていた。
だが、それでも――。
この地ではこれが”日常”だった。
豊穣と安定を享受する季節が訪れ、やがて何の前触れもなく災厄が牙を剥く。
失われる命と、また生まれ変わる命。
その繰り返しで人々は生きてきた。
過去には町ごと滅び、誰もいなくなった土地も少なくはない。
それでも、人はこの地に根を張り、守ろうとする。
自らが生まれ育った故郷である限り、最後の一人になるまで、戦い続ける。
それが、この地の”誇り”だった。
ファルムス帝国は、この戦の報告を受け、手厚い支援を行うだろう。
少なくとも、これほどの犠牲を払った街を見捨てることはしないはずだ。
だが、それは先の話だった。
静かな街を見下ろし、セワスは記録帳を開いた。
新たに書き記される死の大行進の歴史。
決して誇れるものではない。
ただ、これもまた”現実”だった。
「……また、増えてしまったな」
死の記録が、また一つ重く刻まれていく。
セワスは目を閉じ、数秒だけ天を仰いだ。
この世界の残酷さを、改めて痛感しながら。
今後は日、火、木曜日の11時更新となります。
「日曜日は二話更新」となります。
【2025年3月31日、第一夜〜第三夜 改稿】リライト企画進行中(牛歩)
現在第一夜〜第三夜の文章と構成を全面的にリライトしました。
以前のバージョンを読んでくださった方も、改めて楽しんでいただけたら嬉しいです。
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