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ANgelic of the Dead  作者: 書庫
四章--死の大行進《デス・マーチング》--
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第三十六夜:殺すか、殺されるか、それとも死ぬか

「……来たんだ」


リディアは振り向きもせず、どこか他人事のように呟いた。

屋根の上に佇む彼女の背中に、ガルドアの静かな怒りの声がぶつけられる。


「お前、何したのかわかってんのか?」


街には既に死が満ちていた。

崩れた外壁から流れ込んだゾンビたちは、逃げ遅れた人々に牙を立てている。

悲鳴と、命の終わりを告げる音が、街中に響き渡っていた。


「わかってんだろ!!オレたちの村がどうなったか!!」


声が震えていた。それは怒りでも、憎しみでもない。痛みだ。

二人は同じ景色を見てきたはずだった。

あの地獄のような夜、故郷が群れに襲われ、家族や仲間が無残に喰われていく姿を。


リディアがゆっくりと立ち上がり、ガルドアに顔を向けた。


「そうだね」


その声は、冷たい。

表情の奥にある感情は、どこまでも見えない。

まるで薄い膜に覆われたような、平坦で乾いた声だった。


「ガルドアはさ、なんで違うの?」


呟くような問いかけだった。


「……何がだよ」


思わず返した声は、戸惑いに染まっていた。


「お前こそ、なんでこんなことしたんだよ!!」


振り下ろすような怒声。

しかし、リディアの顔には微動だにしない無表情が張り付いていた。

彼女は静かに杖を持ち上げ、ガルドアに向ける。


「同じ景色を見たのに、わたしとは……やっぱり違うんだね」


その意味を、ガルドアは理解できなかった。

ただ、彼女の言葉の底にある狂気だけは、痛いほど伝わった。


「違う……? 何が違うって言うんだよ……」


その言葉は届かなかった。


リディアが杖を振りかざした瞬間、ガルドアは本能で動いた。

弾かれるように前に出て、杖を弾き飛ばす。

その勢いでリディアは屋根の端へと転がった。


瓦が軋む音。

リディアが倒れたままガルドアを見上げる。

無表情の奥に、微かに浮かぶものがあった。

それが怒りか、恐怖か、ガルドアにはわからなかった。


「もうやめろ、リディア……!」


しかしその言葉も、もう遅い。


ガルドアは躊躇なく彼女に槍を構えた。

指先が震えている。

それでも、迷ってはいなかった。


リディアは何も言わなかった。

ただ、微かに笑ったように見えた。


その笑みが何を意味するのか、ガルドアにはわからなかった。




あたしは自分の中から溢れ出る力を感じていた。

胸の奥が熱い。

こんなに熱いのに、どこか冷静で――でも、恐ろしかった。


目の前のゾンビたちだけじゃない。

見えないところからも、まだ助けを求める悲鳴が響いてくる。

それは、心に爪を立てるような痛みで。


「……みんな、守らなきゃ……!」


あたしは胸の久遠の虹結晶を両手でしっかりと掲げた。

怖い。

でも、あたしは逃げない。

だって、誰かがあたしを信じてくれた。


そんな時だった。

後ろから聞こえる、力強い声。


「続けー!天使様に助力するぞー!」


振り向かなくてもわかる。

あたしに力をくれる人たちがいる。

この街を守ろうとしてくれる人たちが、背中に立ってくれている。

涙が出そうだった。

助けに来てくれたんだ、こんなあたしのために……!


――だったら、あたしも、負けられない!


「あたしを信じてくれるみんなを、あたしが守る!」


声が震えそうになるのを必死で堪えた。


「青よ、蒼穹を司る浩浩こうこうたる空の海原よ!あたしを信じる人に力を!!」


力が溢れた瞬間、後ろにいる戦士たちの身体に青の輝きが宿った。

誰も戸惑わなかった。

すぐに動いてくれた。

あたしの力を信じてくれた。


力を得た彼らは、勇ましく前に進んだ。

ゾンビを打ち払い、救助にも走る。

痛みと恐怖に震える人たちを支え、守ってくれている。


――ありがとう。


口には出せなかったけど、心からそう思った。

この人たちがいてくれるから、あたしも立てる。


だから、あたしがやるべきことは――


「久遠の虹結晶!!」


あたしの声に応えるように、虹結晶が白く輝き出した。

何度でも繰り返す。

あたしは、みんなを守るためにいるんだ。


「白よ、大いなる純白の聖なる光よ!命を蝕む、災禍を払え!!」


祈るように叫ぶと、結晶から純白の光が溢れ出す。

静かで、でも確かな光が、ゆっくりと、だけど確実に広がっていった。


ゾンビが光に触れた瞬間、まるで塵のように崩れていく。

それはどこか幻想的で、でも確かな救いだった。


周りで戦う人たちが歓声を上げる。

だけどあたしは、まだ気を抜けない。

光はゆっくりと、でも確実に外壁を超えて広がっていく。

街の中のゾンビだけじゃない。

外のゾンビまで、光に触れたものは一匹残らず消えていった。


――全部、守れた?


あたしの手は震えていた。

身体も。

すごく疲れてるのに、不思議と心は軽い。


だって、みんなが戦ってくれて、あたしはそれに応えられたから。


――ありがとう。

――ありがとう。


――ありがとう。


心の中で何度も何度も繰り返した。


あたし……約束、守れたかな?



声が、聞こえる。


「す、すごい……」

「ゾンビが……全部、消えていったぞ……」


ぼんやりと、そんな声が耳に届く。

何を言ってるのか、すぐには理解できなかった。

まぶたが重くて、身体も重い。

だけど、なんとかゆっくりと目を開けた。


視界が開けた瞬間、あたしは気付いた。


――いつもの服に戻ってる。


歓声が沸いていた。

いろんな人が、誰かと抱き合って泣いていたり、

倒れ込んで肩を震わせていたり、それでも――笑っていた。

みんな、助かったって、心の底から喜んでいるのがわかった。


でも、あたしは、その光景が素直に喜べなかった。


だって……周りのゾンビたちが、もうどこにもいないから。


「あれ……これ……」

あたしの声は、かすれていて、だけど自分でもちゃんと聞こえた。


「全部、あたしが……?」


あたしが、全部……?


不意に震えがきた。

手が、冷たくなる。

これは、あたしが……あたしの光が……全部、消し去ったんだって、理解した瞬間だった。


背後で誰かが呼びかける声がした。

だけど、振り返るのが怖かった。足元がふらつく。

どうしてだろう、怖いのに、あたしはそれでも振り返った。


振り返ると、上に見えた。

高く積まれた瓦礫の上、屋根の上で座り込んでる人影があった。


「……ガルドアさん」


その人は、じっと下を見下ろしていた。

顔は見えない。

だけど、そこにいるのが誰かなんて、わかってた。


でも、なんで……そこに一人で、座り込んでいるの?


――リディアさんは?


嫌な予感が、喉元までせり上がる。

あたしは息を飲み込んで、外壁の方へ歩き始めた。


ガルドアさんは何も言わなかった。

ただ黙って、あたしが歩いていくのを見ていた。


歩くたび、心臓が痛くなった。何かが待ってる。

絶対に、何か、良くないことが。

そんなこと、わかってるのに……歩くのを止められなかった。


そして、見つけた。


「――……え?」


そこにあったのは。


リディアさんの、死体だった。


目を、疑った。

いや、疑いたかった。

だけど、見ればすぐにわかる。

ぐちゃぐちゃにされた体。

血まみれになって、腕も脚も、変な方向に折れていて。

傷だらけで、噛まれて、肉が抉れていて。


リディアさんだと、すぐにわかった。


「え……、いや……?」


声が出なかった。

理解できなくて、でも、何度目をこすっても現実は変わらなかった。


死んでる。


リディアさんは、死んでる。


「そんな……」


あの後――多分、あたしの浄化の光が間に合わなかったんだろう。

すぐそこにいたリディアさんを、あたしは救えなかったんだ。

助けられなかった。


「……なんで」


さっきまで――あんなに、憎んでたのに。


許せないと思ってたのに。

間違ってるって、ずっと思ってたのに。

どうしてこんなに、胸が痛いの?


「なんで……なんで……」


涙が止まらなかった。

わかってる。

リディアさんが何をしたか。

何をしようとしたのか。

だから、きっと、間違ってなんかいない。

でも、それでも――


あたしは。

リディアさんの死体を見下ろすことしか、できなかった。


何も、言えなかった。


助けたかったとか、そんなのじゃない。

ただ、言葉が……何にも、出なかった。



「リージュ!まだだ!」


ジークの声が聞こえた。

必死の叫びだった。

でも、どうして?

なんでこんなところに?


視線を上げると、視界の端で――リディアさんが立ち上がっていた。


「……うそ……」


立ってるわけがない。

だって、さっき確かに……。

でも、あの赤い瞳、牙を剥き出して、今にも襲いかかろうとする姿――

もう、リディアさんじゃない。

ナグリスだ。

白の浄化が届かなかったの?

わからない。

でも、あれは、リディアさんだ。


ううん、もう違う……。

あれは、リディアさんじゃない。

もうあの人の魂は、コイツにはない。


でも……それでも。

それでも、あたしには、あれがリディアさんに見えた。


足が動かなかった。

身体が震えてる。

動けない。


でも、ガルドアさんが気付いて降りてきた。


必死な顔をしてる。

あたしは咄嗟に思った。


――ガルドアさんにだけは、やらせたくない。


そんなの、絶対にダメだって。

だって、ガルドアさんはリディアさんの……


「……あたしが、やる……」


それしか、考えられなかった。


「……ごめんね」


もう、迷っていられなかった。

震える足で、あたしはゆっくりとリディアさんに歩み寄った。

近づくほどに、息が苦しくなる。

全身が重い。

でも――


怖かった。

それでも、どうしても、確かめたかった。


リディアさん、あなたは……どうして、あんなふうに笑ってたの?


人の悲鳴を聞いて、あんなにも楽しそうに。

まるでそれが、幸せみたいに。


どうして?


「……ねぇ、教えてよ……」


あたしは、左腕を差し出した。


「……リディアさん……」


ナグリスとなったリディアさんは、迷いもせずに、あたしの左腕に噛みついた。


「っ、い、た……!」


歯が、肉に食い込む。

骨まで達する音が聞こえた。

ズキズキと痛みが広がっていく。

頭が、割れそうだった。


天使は噛まれてもナグリスにはならない。

それは、あたしもわかってる。


でも、どうしても……。


その痛みの奥に、何かを感じたかった。

リディアさんが、何を思って、あんなふうに笑っていたのか。

どうして、あんな狂気に囚われたのか。


痛みの中に、答えがある気がした。


「っ……はぁ、くぅ……」


……わからない。


ただ痛いだけ。

痛くて、苦しくて、ただ怖いだけ。


「……わかんない、よ……」


何も、わからなかった。


腕が痛い。

息が苦しい。

限界だ、もう、ダメだ。


「……やっぱり……わかんないよぉ!!!」


あたしは、右手の短剣を、彼女の頭に突き立てた。


震える声で叫んだ。涙が止まらなかった。

「ごめんね……」


何も、聞こえなかった。

感触もなかった。


ただ、リディアさんの身体が、崩れ落ちるのが見えただけだった。


「……全部、終わったんだよね?」


口に出した瞬間、涙が溢れた。

視界が、ぐしゃぐしゃになった。

何も、見えなかった。


駆け寄ってくるガルドアさんとジークの声が聞こえた。

でも、何を言ってるのか、よくわからない。

耳の奥が、キーンと痛んだ。

誰かの手が、肩に触れた。

でも、それが誰かも、わからない。


「い、た……い、よ……」


左腕が、痛い。

すごく、痛い。


「なんで……」


なんで、こんなことになったの?


「なんで、わかんなかったの……?」


リディアさんは、なんで――あんなふうに、笑ってたの?


「なんでよぉ……っ!」


涙が、止まらなかった。

止められなかった。

今後は日、火、木曜日の11時更新となります。

「日曜日は二話更新」となります。


【2025年3月31日、第一夜〜第三夜 改稿リライト】リライト企画進行中(牛歩)

現在第一夜〜第三夜の文章と構成を全面的にリライトしました。

以前のバージョンを読んでくださった方も、改めて楽しんでいただけたら嬉しいです。


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https://x.com/r5mswm?s=21&t=YDHDT292BvtoU2Xhs0cHWQ

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