第二十三夜:ワルツハイムの天使
ミルベーナたちとは別れ、ジークとリージュ、
そしてフェリオは人々のざわめきが響く中央広場へと足を運んでいた。
この町は想像以上に活気がある。
黒涙湖に近いというのに、その影を感じさせないほどだ。
広場の中央に立つと、すぐに目についたのは大きな地図看板だった。
「へぇ……こうなってるんだね」
ジークが看板に目をやる。
宿は南東側に位置しているらしく、中央付近から放射状に住宅区が広がっている。現在いるこの場所は商業区で、色とりどりの店が軒を連ね、多くの人が行き交っていた。
北は武具区、職人たちが鍛冶の火を上げる場所だろう。
西はクラウゼンブルクへの門、南には墓地や礼拝堂があるようだ。
「わぁ……結構広いね」
リージュが感心したように言う。
フェリオは小さく「きゅっ」と鳴き、看板の周りをぐるぐる回っている。
「どこへ行こうか?」
ジークが尋ねると、リージュは少し悩みながらも辺りを見渡した。
そのとき――
ポロロン、ポロロ~ン……。
聞き覚えのある音色が、広場に心地よく響き渡る。
「あっ、これって……!」
リージュが音の方へと駆け出す。
ジークとフェリオも後を追い、音源に近づくと、広場の一角に立つ少年の姿が目に映った。
タルの上に立ち、リュートを抱えたプルワだ。
目を閉じて演奏に集中している彼の足元には、魔術の刻印が光り、伴奏のように別の音が重なっている。不思議な音色に人々が足を止め、次第に人だかりができていた。
「へぇ〜、これで路銀を稼いでるんだね」
ジークが呟く。
演奏が終わると、小さな拍手が広がり、プルワは笑顔で一礼した。
彼に近づくと、こちらに気づいたプルワが手を振る。
「おー!あんたたち!調子はどうだい?」
「演奏やっぱり凄いね、プルワ!」
リージュが笑顔で応える。
「ありがと!オイラ、昼に出発するまでここで稼いどこうと思ってさ。
音楽は聴いてもらわないと意味ないからね!」
「ガルドアさんたちは?」
ジークが尋ねると、プルワは親指で後ろ側を指した。
「武具区に行ったよ。ガルドアは新しい槍が欲しいんだってさ。
リディア姉さんも魔導具が見たいって言ってたし」
「そっか。で、プルワさんは演奏続けるの?」
「んー、まぁね。ちょっとでも稼ぎになるし、
人が多いからついでに情報も集められるんだ。旅は情報が命だからさ!」
彼は得意げに胸を張る。
「頼もしいね」
リージュが感心すると、プルワは笑って肩をすくめた。
広場でプルワの演奏が一段落した頃、リージュがぽつりと呟いた。
「……あたしも、何か戦える道具があったらいいのに」
戦闘経験の乏しさを痛感した昨日から、心のどこかで引っかかっていたのだろう。
その言葉にジークが横目で彼女を見る。
「短剣の訓練はやってるけど、確かにすぐ実戦向きってわけじゃないからね」
その時、フェリオが「きゅっ?」と鳴いて尻尾を振り、何かを見つけたように駆け出す。
「フェリオ、待って!」
リージュたちが慌てて追いかけると、彼が向かった先には小さな露店があり、
カウンターに並ぶのは小型の魔導具や護符、怪しげな小瓶の数々。
「へぇ……これ全部、魔導具?」
リージュは目を輝かせ、興味津々で手に取る。
ジークとプルワも少し遅れて近づき、露店の並びを見るが、
どれも簡易的で護身用程度のものばかりだ。
「これは……音を立てて相手を驚かすやつだな。あっちは煙玉か?」
「見た目は可愛いのに、意外と実用的じゃん!」
旅人の知恵だろうか、プルワも色々詳しく知っている。
店主の老人がニコニコしながら説明を加える。
「嬢ちゃん、それは護身用の『ショックルミナ』ってやつだ。
光と音でネクロスを怯ませられる代物さ」
「おおっ!いいじゃん!」
だが、ジークが腕を組んで少し考え込む。
「実用性は悪くないけど……昨日みたいな状況でどこまで通じるかだね」
「たしかに……本格的な装備はないんですか?」
とリージュが尋ねると、老人は肩をすくめた。
「ここはあくまで旅人向けの軽装品さ。本格的に探すなら武具区へ行きな。
広場の北側、そこならギルドの依頼で鍛えられた魔導具も揃ってるぜ」
「なるほど、そっちの方が良さそうだね」
リージュは頷き、ジークも賛同する。
「じゃあ、そっちに行こうか。プルワはどうする?」
すると、プルワは肩をすくめ、リュートを持ち直した。
「オイラはもうちょいここで稼がせてもらうよ!
クラウゼンブルクまでの路銀も必要だしな。
昼にはガルドアたちもここに戻ってくるから、二人は気にせず見てきな!」
「そっか、じゃあ行ってくるね〜!」
リージュが笑顔で返す。
フェリオが小さく「きゅっ」と鳴き、ジークの肩に乗る。
「それじゃあ武具区へ行こうか」
広場を抜け、北の武具区へと向かうリージュとジーク。とフェリオ。
その背後で、プルワの陽気な音色が再び響き始める。
武具区は鍛冶風景を見せる店も多く、思った以上にワクワクする場所だった。
鉄を打つ音が響き、通りには熱気が漂っている。
ジークは興味深そうに辺りを見渡し、リージュもきょろきょろと目を輝かせていた。
「へぇ、こういうところって結構賑わってるんだね」
ジークが感心したように呟くと、フェリオが彼の肩の上で小さく「きゅっ」と鳴く。
「確かにね。見てるだけでも楽しいかも!」
リージュも笑顔で頷いた。だが、魔導具に関しては二人とも素人だ。
店の看板を見ても、専門用語が並び、何がなんだかわからない。
「プルワに着いて来てもらえば良かったかもね……」
ジークが苦笑いしながら呟いたその時、近くの魔導具店からリディアが出てきた。
「あら〜お二人さん、何してるの?」
手を振るリディアの腕には、銀細工のブレスレットが巻かれていた。
「リディアさん?それ、買ったの?」
リージュが指差すと、リディアはにっこり笑う。
「魔力増幅のブレスレットよ〜。ちょうど安くて良いのがあったの」
そう言って軽く振ると、ブレスレットがかすかに光を反射した。
「へぇ、すごいなぁ……」
ジークが感心していると、リディアが店の方を指差した。
「このお店、素質調査もしてくれるの〜。
魔法を使う時って、人によって得意不得意な属性があるでしょ?
商品を買うのが前提だけど〜、簡単な診断なら安いみたいだし、やってもらったら?」
「へぇ〜、面白そう!ね、ジークさんもやってみようよ!」
リージュが目を輝かせると、ジークは少し悩んだが頷いた。
「せっかくだし、試してみようか」
「私もコレ買ったから〜、ついでにみてもらったの。そしたらー」
『鋭い感覚の持ち主の様ですね、こう言う方は飲み込みが早い傾向にあります。』
「だって〜、凄くない?」
以外な結果だ、おっとりしているがさすが魔法使いなだけはある。
店内に入ると、棚には様々な魔導具が並び、色とりどりの結晶が光を放っていた。
奥から現れた初老の店主は、優しげな笑みを浮かべて二人を迎えた。
「ようこそ。素質調査かい?試してみるといい。
何が得意か知っておいて損はないからね」
先にジークが試すことになった。
店主が差し出した小さな水晶球に手をかざすと、淡い光が灯り始め、やがて幾つかの色が浮かび上がった。
「ほう……炎に光、氷も見えるな。珍しい組み合わせだ。
それに……生命の属性と血の魔術も適性があるとは。
あんた、魔法使いじゃないのが勿体ないくらいだ」
「へぇ……そんなに?」
ジークは自分の手を見つめ、少し不思議そうな顔をした。
「君は自分の力をまだよくわかってないだろう?この適性はなかなかのものだよ」
「すごいよ、ジークさん!」
リージュが嬉しそうに笑う。
「はは、なんか照れるな……」
ジークは後頭部を掻きながら笑った。
次はリージュの番だ。少し緊張した面持ちで水晶球に手をかざす。
しかし、しばらく待っても何の反応もない。
「……あれ?」
リージュが不安そうに店主を見る。
「うーん……魔力は確かに感じるんだがね……色が見えない。属性が読み取れないな」
「ど、どういうこと?」
リージュが困惑する。
「……もしかして、記憶喪失とか関係ありますか?」
ジークが横で尋ねると、店主は頷いた。
「ふむ……恐らくその影響だろうな。
魔力の流れが不安定で、素質が見えづらくなっているのか……。
理由はわからないが、何かが君の中で抑え込んでいるようだな……」
「そっか……」
リージュは少しだけ肩を落としたが、すぐに顔を上げて笑った。
「ま、いっか!気にしても仕方ないもんね!」
「……うん、その方がリージュらしいよ」
ジークが笑うと、横で見ていたリディアも頷く。
「落ち込む必要なんてないわ。魔力自体はあるんだから〜」
「そうそう、いつかわかる時が来るさ!」
フェリオも「きゅっ」と鳴き、リージュの肩に飛び乗った。
「……ありがと、ジーク、フェリオ」
リージュは先ほど、自分に『さん』付けしないジークに一番の嬉しさを感じていた。
そして彼女も勇気を出して『ジーク』と呼んでみた。
なんてことのないやりとり、ただこれだけで彼女の心は満たされた。
三人は店主に礼を言い、店内をもう少し見て回ることにした。
「じゃあ何か買おうか。消耗品なら使いやすいし」
棚を見ていると、目に留まったのは小さなイヤリング型の魔導具。
『閃光のイヤリング』と書かれている。
説明によると、強烈な光を放つ消耗品で、暗闇での視界確保や敵への目くらましに使えるらしい。
「これ、便利そうだね。危ない時に役立ちそう」
「うん、リージュにも合ってると思うよ」
他にも、軽い傷や疲労を回復できる簡易回復薬と、
敵の魔力を一時的に封じる布片『魔力封布』を選んだ。
天使と相対することもあるだろう。
どれも実用的で旅にはありがたいものばかりだ。
「どうだい、気に入ったかい?」
店主が笑うと、ジークは頷いた。
「ええ、いい買い物ができました。ありがとうございます」
支払いを済ませて外に出ると、日差しがさらに強くなっていた。
武具区の喧騒が耳に心地よく響く。
「さて、もうすぐ集合時間だね。中央広場に戻ろうか」
「うん!フェリオも、行こ!」
「きゅー!」
「あらあら、お姉さんはお邪魔だったかしらね〜」
三人と一匹は、にぎやかな町を抜け、再び中央広場へと向かった。
中央広場へ戻ると、まず耳に飛び込んできたのは、プルワが奏でる陽気な演奏だった。広場に集まった人々は足を止め、心地よい音楽に耳を傾けている。その中に、フォスターとミルベーナ、そしてガルドアの姿も見えた。
演奏が終わると、小さな拍手が周囲に広がる。
プルワは帽子を傾けて一礼し、楽しげな笑みを浮かべた。
「お疲れ様、いい演奏だったよ」
ジークが声を掛けると、プルワは手を振って応える。
「ありがと!これで昼飯代はバッチリだな!」
その言葉に皆が笑みを交わし、自然と露天の食事処へと足が向いた。
木製の簡易テーブルに腰掛け、それぞれ好みの食事を注文する。
香ばしい焼き串や、温かなスープが並び、旅の疲れを癒してくれる。
「じゃあ、オイラたちはそろそろ行くよ。
クラウゼンブルクまでは馬車でも時間がかかるからな」
プルワが立ち上がり、ガルドアとリディアもそれに続いた。
「気をつけてな」
フォスターが短く声を掛けると、ガルドアは無言で顎をしゃくる。
リディアはひらひらと手を振り、プルワは「またどっかで会おうな!」と明るく言い残して去っていった。
四人は見送った後、少しの間だけ余韻に浸りつつ、南地区へと向かうことにした。目的は、この町に常駐しているという天使『コーネリア』に会うためだ。
南へ歩を進めると、遠目にもわかるほど立派な大樹が見えてくる。
その根元に広がる墓地には、静けさが漂っていた。
墓標の間を抜けるように進むと、すれ違う住民が親切に道を教えてくれる。
「その家だよ」と指さされた先には、ごく普通の家が建っていた。
古びてはいるが、手入れが行き届いており、小さな庭には花が咲いている。
家の外壁には小さな木製の看板が掛かっていた。
『占い コーネリア』
「……本当にここで合ってるんだよな?」
フォスターが眉をひそめる。
「看板も出てるし、間違いないと思うけど……」
ジークが小さく頷く。
「さて、どんな人物かしらね」
ミルベーナが呟き、ドアの前で小さく息を吸った。
静かな午後の陽射しの中、四人はついにコーネリアの家の前に立った。
戸を開けると、柔らかい布地のカーテンがふわりと揺れ、奥から白髪の女性が現れた。年の頃は六十手前といったところか。目尻に深い皺は刻まれているが、そこから覗く瞳には活力が宿り、口元には親しみやすい笑みが浮かんでいる。
「占いかい?」
朗らかな声が響く。どこからどう見ても、ただの気のいいおばあさんだ。
とても天使には見えない。
四人は思わず顔を見合わせ、同じ疑問を共有していた。
……本当にこの人が天使なのか?
「なんだい?天使かどうかを見に来ただけかい? それなら帰った、帰った」
手を振りながら、女性はあっさりと告げた。
声に責めるような色はないが、言葉には遠慮がなかった。
「い、いえ……! 失礼しました。私たちは……」
慌ててミルベーナが前に出る。
態度を改めるように背筋を伸ばし、落ち着いた声で名乗った。
「私も天使の一人、ミルベーナです。
こちらの三人は同行している仲間で、フォスター、ジーク、リージュです」
「ほう、あんたがミルベーナか。なかなか骨がありそうだねぇ」
おばあさんはニッと笑い、目を細めた。
天使だと分かると、特に驚く様子もなく外へ出て看板を下ろしにいく。
「私をご存知なのですか?」
ミルベーナが自分を知っているそぶりを見せたコーネリアに尋ねる。
何でもないことのように、外に掛かっていた「占い受付中」の札を取り外す。
軽く埃を払いながら、「やれやれ」と呟く声が聞こえた。
「あんたが思ってる以上に天使の存在は早く広まるのさ、
まぁあたしのとこにはギルドの子が知らせに来てくれたんだがね」
「あ……あの、お店は大丈夫なんですか?」
心配になったジークが声をかけると、振り返った女性はヒラヒラと手を振った。
「どうせ長話になるだろ? 閉めとくに越したことはないさ。暇だしねぇ」
戻ってきた女性は「あんたたちも立ち話じゃ疲れるだろ」と言い、部屋の奥を顎で示す。
「そこに椅子があるよ。テキトーに座りな」
言われるまま、四人は用意されていた椅子に腰を下ろした。
部屋の中は木の温もりを感じる落ち着いた空間で、
壁には色とりどりの布が飾られ、窓辺には小さな鉢植えが並んでいる。
中央のテーブルには、何やら使い古されたカードの束と、小ぶりな水晶玉が置かれていた。
「さて、ミルベーナに……ジーク、フォスター、リージュ、っと。
ま、変に身構えなくていいさ。あたしはコーネリア。
この町にゃ、四十年も居座ってる年寄りさね」
コーネリアと名乗ったその女性は、椅子に深く腰を下ろすと、
肘をつきながら楽しげに目を細めた。
「そんなに長い間、ここに……?」
ジークが驚きを隠せずに尋ねる。
「そうさ。もうこの町のことは、目ぇつぶってても歩けるくらいには知ってるさ。……あんたら、わざわざ私に何の用だい?」
本題はここからだ。
だが、どこか温かい空気に包まれたこの家に、四人は自然と肩の力を抜いていた。
今後は日、火、木曜日の11時更新となります。
こちらも試験投稿になりますので、宜しくお願いします。
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