第二十一夜:こんな夜も悪くない?
賑やかな会話が続く中、木々の間から瓦屋根が見え始めた。
「お、あれじゃねぇか?」
フォスターが前を指差すと、遠くに灰色の囲い壁と小さな見張り塔が現れた。
「ワルツハイムだな」ミルベーナが短く告げる。
「おおっ!やっと着いたか!」
プルワが腕を大きく伸ばす。足元のアンクレットが、しゃらりと軽やかな音を奏でる。
「結構しっかりした壁だね。想像以上だ」
ジークが目を細めた。
「こりゃ簡単に外から入れるもんじゃねぇな」
フォスターも感心するように口笛を吹く。
「この辺りは囲いが厚い村や町が多いらしいよ」
プルワがぽつりと呟く。
「やっぱり安全第一だよね……」
ジークが頷くと、フェリオが「きゅう」と肩で鳴く。
「住んでる奴らも覚悟があるってこったな。
ま、俺たちも宿に入ればしばらくは休めるか」
フォスターが肩を回しながら言うと、皆が小さく笑った。
近づくにつれ、石積みの門とその両脇に立つ兵士が見えた。
槍を携え、鋭い視線を投げてくる。
「そこの者、名を名乗れ」
一人が低い声を響かせる。
「旅の者だ。物資調達と宿を求めている」
ミルベーナが一歩前へ出た。
兵士はしばらく全員を順に見回したが、特に難しい顔をすることもなく、
「旅人か。最近は騒がしいからな。用が済んだら騒ぎは起こすなよ」
「心得ている」ミルベーナが短く返す。
ギィ……と門が重い音を立てて開いた。
中に足を踏み入れると、夕陽に照らされた石畳の道が広がっていた。
道沿いに木造の家々が立ち並び、所々に白く塗られた建物も見える。
煙突からは食事の匂いを含んだ煙が漂い、軒先で野菜を並べる露店や、
通りには行き交う人々のざわめきが広がっていた。
「……思ったより活気があるな」
フォスターが辺りを見回す。
「皆、普通に生活してるんだね」
リージュも驚いたように声を漏らす。
笑い声、夕食を求める人々の声が響くこの街は、一見すると平和そのものだった。
だがミルベーナは、歩きながらも隣を歩く三人組に視線を向け、内心でため息をついた。
(……ここまで一緒だったのは、あくまで道中助けてしまったからだ。
町に入った今、関わり続けるのは好ましくないな)
街中で不用意に目立つのは避けたい。ましてや自分たちは“天使”だ。
ガルドアたちは悪い人間ではないが、必要以上に関係を持てば思わぬトラブルを招きかねない。
「まずは宿探すだろ?もう足が棒だぜ!」
フォスターが肩を回しながら言う。
「おう、腹も減ったしな」ガルドアがぶっきらぼうに頷く。
その言葉に、ミルベーナは一度立ち止まった。
「……ここで別れるべきだと思うが?」
唐突な言葉に全員が立ち止まる。
「え?」プルワが首を傾げる。
「道中はあくまで偶然助けただけだ。ここは規模も大きい町だ。
宿も十分にあるはずだ。必要以上に関わる理由はないだろう?」
冷静なミルベーナの声に、ジークが困ったように笑う。
「でもさ、せっかく一緒にここまで来たんだし、最後にご飯くらい――」
「そうだね、無理に一緒にいるつもりはないよ?」
プルワが軽く手を振る。
「ここで一泊したら、オイラたちは先に行くつもりさ。心配しないで」
「……それならいい」
ミルベーナがわずかに表情を緩めた時。
「ま、腹が減ってるのは全員一緒だろ。メシくらい食ってから考えようぜ!」
フォスターが笑い、皆の緊張をほぐすように肩を叩く。
「きゅっ!」
フェリオも同意するようにジークの肩で鳴いた。
ミルベーナは一瞬逡巡したが、ふとリージュが小さく笑うのを見て、考えを引っ込めた。
(……無駄に突っぱねる必要もないか。今は休息も必要だ)
「わかった。……宿を取ってからだ。無駄に目立つなよ」
「おう!さっさと行こうぜ!」
こうして、彼らは賑わう通りを抜け、宿を探しに歩き出した。
夕陽はもう、街の屋根の向こうに隠れかけていた。
まだ活気のある街並みを歩きながら、フォスターが腕を組んで周囲を見渡す。
「さて、とりあえず宿だな」
「この時間だと、空きがあるか分からないわね」
ミルベーナがため息をつく。
「きゅー…」フェリオが小さく鳴き、リージュが頭を撫でた。
「大丈夫、どこかは空いてるよ。多分…!」
一行は最初に目についた宿に入ったが――
「申し訳ありません、今夜は満室でして」
断られた。
仕方なく次の宿へ向かうが、そこでも同じ返答。
三軒目も結果は変わらず、皆の顔に疲労が滲み始める。
そんな中、プルワがポンと手を叩いた。
「忘れてた、オイラに任せてくれよ!この町、前に来たことあるんだ!
オイラの常連の宿があるから!」
「なに?最初に言えよぉ……」
フォスターが呆れるが、プルワはにかっと笑う。
「へへっ、ごめんごめん!さ、ついてきて!」
元気よく先導するプルワに従い、細い路地を抜けると、温かみのある灯りを放つ建物が現れた。木造で小さめだが、どこか落ち着く雰囲気が漂う。看板には「月影の宿」と書かれていた。
「ここ!オイラの常宿さ!」
扉を開けると、女将が顔を上げる。
「あら、プルワじゃないの!久しぶりね」
「やあ、ミラおばさん!今夜泊まりたいんだけど、空いてるかな?」
「運がいいわね。まだ空きがあるわ。お友達も一緒?」
プルワが振り返り
「みんなも大丈夫だって!」と親指を立てた。
皆ほっとした表情を浮かべる。
「それでは、ここに泊まろう」
ミルベーナが頷くと、フォスターも「やっと落ち着けるぜ」と肩をすくめた。
こうして一行は無事に宿を確保し、今夜はこの「月影の宿」で休むことになった。
月影の宿の食堂は、木の温もりが心地よく、壁には旅人たちの手によって刻まれた名も知れぬ落書きが並んでいた。暖炉の火がぱちぱちと音を立て、そこからじんわりとした温かさが広がる。そんな中、一行は大きな円卓を囲んでいた。
「こうして大勢で飯食うのも悪くねぇな」
フォスターが湯気を立てるシチューをスプーンで掬いながら言う。
「ね、なんか旅してるって感じするよね!」
リージュはパンをちぎり、嬉しそうに笑った。
「遠慮せずに食え、ここの料理は旨いんだぞ」
ガルドアが、肉の串を口に運びながら言う。
「……確かに、美味しいわね。素材を活かした味だわ」
ミルベーナも穏やかな表情で湯気の立つスープを口にした。
「オイラはここの野菜煮込みが好きだなぁ。心がほっこりするんだよ」
プルワは頬を押さえて幸せそうだ。
「そういや明日、どうすんだ?」
フォスターがパンを頬張りながら尋ねる。
「俺たちは武具屋と魔術品の店を見に行く。
で、昼頃には馬車でクラウゼンブルクに向かう予定だ」
ガルドアが言い、隣のリディアが補足するように話す。
「歩きだと数日かかるんですって〜。でも馬車なら昼に出れば、夜前には着くそうよ」
「へぇ、結構遠いんだね……」
ジークは少し驚いたように地図を思い浮かべる。
「オレたちはどうする?」
フォスターがミルベーナを見る。
「明日のことか……とりあえず情報が欲しいな。ギルドに顔を出してみるのはどうだ?」
ミルベーナが提案する。
「ギルドか、確かに……この辺りのことも知ってるだろうね」
ジークも頷いた。
その時、食卓を片付けに来た女将が話に割り込んだ。
「ギルドに行くなら、占い師のとこにも寄ってみるといいわよ」
「占い師?」
フォスターが眉をひそめる。
「ええ、この街にはね、常駐してる天使様がいるんだよ。
困りごとを相談できるし、未来を占ってくれるって評判さ」
何気ない調子だが、その内容に四人は一斉に驚き顔を見合わせる。
「常駐……天使?」
ミルベーナが声を落として確認する。
それはそのはずだ、以前話をした時にこの地方は避けるように大天使サリエルから助言を受けていた、天使、しかも常駐している。何か情報が聞けそうだ。
「へぇ、すげぇな。そんなのがいるのかよ」
フォスターが半信半疑で言う。
「お客さんたち、旅人でしょ?道中のことや厄除けの相談に乗ってくれるかもしれないよ」
女将がにっこり笑う。
「天使様……それ、ぜひ会ってみたい!」
リージュが目を輝かせる。
「ギルドで情報を得た後、午後に寄ってみるとしよう」
ミルベーナが短くまとめると、皆が頷いた。
「ま、せっかくだしな。損はなさそうだ」
フォスターが肩をすくめる。
「未来とか見てもらえるのかな?なんかワクワクするね!」
ジークも少し楽しそうだ。
「占い師さんは昼過ぎに店を開くことが多いから、午前中ギルドに行くならちょうどいいよ」
女将が食器を片付けながら教えてくれた。
「よし、じゃあ明日はそれで決まりだな」
フォスターが言い、皆が再び食事を進める。
そんな中、プルワが席を立ち、リュートを抱えてタルの上に飛び乗った。
「さあて、食後のお楽しみといきましょうか!」
「プルワ、いつもの頼むよ!」
女将が笑顔で声をかけると、プルワは元気よく親指を立てた。
「任せて!今夜は特別な曲をお届けするよ!」
弦を弾くと、軽快なリズムが宿中に広がる。
やがて足元のアンクレットが光り、まるで複数の楽器が合奏しているかのような音が響き出した。
「前も見たけどすげぇな……あれ、どうやってんだ?」
フォスターが驚いた声を上げる。
「不思議な魔術ね。でも……心が和らぐわ」
ミルベーナが目を細める。
心地よい旋律が暖炉の火とともに宿を包み込み、旅人たちの疲れを癒していく。
一行もその音に身を任せ、しばしの安らぎを味わった。
と、思っていたのだが――
プルワの演奏が終わり、宿の客たちが拍手と歓声を上げる。
暖炉の火が優しく揺らめき、場の空気はほっと和んでいた。
「音楽っていいもんなんだな」
フォスターが腕を組み、満足そうに言う。
「なんだか心が落ち着くね」
ジークも頷きながら湯飲みを手に取る。
そんな中、向かい側で酒瓶を片手にしたリディアが笑い声を上げた。
「ふふふ〜!いい気分だわ〜!やっぱり旅の疲れはお酒で吹き飛ばすに限るわね〜!」
ガルドアが隣で呆れ顔をしながらも、自分も杯を傾けている。
「おい、あんまり飲みすぎんなよ。明日があるんだ」
「なによー、ちょっとくらいいいでしょ?ほら、ミナちゃんも飲む?」
リディアがふらふらとミルベーナに酒瓶を差し出す。
「……私は未成年です。遠慮しておくわ」
ミルベーナは苦笑しつつもやんわりと断る。
「ちぇー、つまんないの。じゃあさ!じゃあさ!」
リディアが身を乗り出して言った。
「わたし〜、空を自由に飛びまわりたいの〜!」
「は?」
フォスターが思わず吹き出す。
「だってぇ〜!歩くの面倒じゃない?
せっかく魔法使えるなら空飛びたくない?ねぇ、ねぇ!」
酔いが回っているのか、リディアがにこにこと笑いながら絡み酒になる。
「空を飛ぶのはかなりハイレベルよ」
ミルベーナは呆れたように言うが、その瞬間、
フォスターが何かを思い出したように口を開きかけた。
「あれ、お前確か――」
ガスッ!
「ぁぐっ……!」
フォスターのスネにミルベーナの足先が鋭くヒットする。
思わずテーブルに突っ伏すフォスター。
「……」
顔を上げると、そこには『黙ってろ』と全身で訴えるミルベーナの冷たい視線。
思わず背筋が凍った。
フォスターが何を言おうとしたのか、すぐに気づいたようだ。
「? ミナちゃんは魔法に詳しいの〜?」
リディアが不思議そうに尋ねる。
「……一通り頭に入ってはいます。使えるかは別だが」
ミルベーナは視線を逸らしつつ答える。
「おねぇさん、教えて欲しいなぁ〜!」
リディアが身を乗り出し、にっこり笑う。
「……方法は知っている限り三つあります。まずは風魔法。
これはかなりのセンスが必要となる。自分を浮かせる形になりますから」
先ほどからちょこちょこ敬語になるミルベーナ。
年上相手には礼儀は欠かさないようにしているようだが、使い慣れてないのかぎこちない。
「風かぁ〜。使えるけど、細かい操作は苦手ねぇ」
リディアが頬を赤くしながら考え込む。
「次は高等魔導。空 (くう)で空間を操るやり方です。
ただ……これは正直、無理でしょうね」
「そりゃ流石にそれは無理ねぇ〜。高等魔導なんて使える人は限られてるわ〜」
リディアがへらっと笑いながら酒を飲む。
「最後は重力の魔術。これも厳しいと思います」
「魔術かぁ〜。アレは魔女に教えてもらわないといけないから、それもダメかぁ〜」
リディアは頬を膨らませて唸った。
「申し訳ない。私がわかるのはこれくらいです」
「いいよいいよー!色々知れて楽しかった。博識なのね〜、ミナちゃん!」
リディアは満足そうに笑い、杯を空にしてガルドアに酒を注がれる。
「まったく……こいつはすぐ調子に乗る」
ガルドアが溜め息をつきつつも、どこか嬉しそうだ。
「つーか、何でガルドアまで飲んでんだよ。酒ってうまいのか?」
フォスターがジークに小声で尋ねると、ジークは首を振る。
「僕たちにはまだ早いよ。見てるだけで酔いそうだし……」
「……それが正解だな」
フォスターがぶつぶつ言いながら湯飲みに口をつける。
その間も、リディアはご機嫌でプルワに絡み、少年は困り顔をしながらも演奏の続きを始めた。
賑やかな夜が更けていく。
そんな楽しい夜とは裏腹に、一人の天使が夢を見た。
今後は日、火、木曜日の11時更新となります。
こちらも試験投稿になりますので、宜しくお願いします。
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