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ANgelic of the Dead  作者: 書庫
四章--死の大行進《デス・マーチング》--
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第十九夜:新たなる音色

オルンスタットの村は、崖の上から見下ろした時よりも、さらにこぢんまりとした印象だった。しかし、小さな村ながらもしっかりとした囲いに守られ、無造作に建てられた家々は、どれも手入れが行き届いている。ここがゾンビの被害を最小限に抑えながら生き抜いてきた場所なのだと感じさせた。


フォスターとジークは、まず買い出しと宿の確保を優先し、

ミルベーナとリージュは村の外で訓練を行うことになった。


買い出しを終えて宿へ戻ると、フォスターはすでに横になっていた。

寝ているわけではないが、何か考え込んでいるようだった。


「ミルベーナさんたちは?」


「まだ戻ってねぇ」

フォスターはつまらなそうに答えた。


「そろそろ日も落ちるね。外の様子を見に行くよ」


「ったく、面倒くせぇな……オレは待ってるわ」


フォスターを置いて、ジークは宿を出た。

外はすでに薄暗くなり始めている。

門の方へ向かうと、見張りの男に声をかけられた。


「門を閉めるまでに戻れよ。こんな辺境でも、夜にうろつくのは危険だ」


「はい、すぐ戻ります」


礼を言い、村の外へ足を運ぶと、剣の打ち合う音が聞こえた。

ミルベーナとリージュが真剣な表情で訓練を続けている。


ミルベーナの手には一本の短剣。対するリージュは二刀の短剣を握り、まるで舞うように軽やかに動いていた。しかし、その動きをミルベーナは一本の短剣だけで巧みに受け流し、抑えている。


(すごいな……大剣だけじゃなく、短剣も使えるのか)

ジークは少し感心しながら様子を見守った。


「もっと頭を狙いなさい」

ミルベーナの冷静な声が響く。


「ネクロスは頭を潰さなければ意味がない。

とくに腐敗が進んでいない相手は、力任せに貫通できると思わないことね」


「う、うん……でも、すぐには狙えないよ……」

リージュは少し息を切らしながらも、必死に短剣を構え直す。


「だったら、まず足を狙うこと。動きを止めてから、確実に頭にトドメを刺す。

ほら、もう一度!」


リージュは気を引き締め、再び構えを取った。


(頭を狙うのが難しいなら、まず足を狙って動きを止める……か。なるほど)

ジークも学ぶことが多いと感じながら、二人の訓練を見守った。


夕暮れが迫り、ジークはようやく二人に声をかけた。


「二人とも、そろそろ戻ろう。門が閉まるよ」


「あっ、もうそんな時間?」

リージュが驚いたように空を見上げる。


「集中しすぎたわね……今日は切り上げましょう」

ミルベーナも訓練を切り上げ、三人で戻る最中ふとリージュが話した。


「……ねぇ、あたしたち天使の役割って、なんなんだろう?」


リージュは何気なく言葉を発したつもりだった。

けれど、自分で口にした途端、胸の奥がざわついた。

何か……思い出しちゃいけないことを思い出しそうな、そんな感覚。


その瞬間、脳裏に焼けるような痛みが走った。



――**暴力。檻の中。薬。自分を無理やり従わせる何か。**――



「イッ……!!」


耐えきれず頭を抱えた。

何かが、流れ込んでくる。

でも、それを見たくない。思い出したくない。

目の前がぐらつく。ミルベーナが声をかけた気がする。


周りの声がまるで聞こえていないようだ。


「嫌!やめて!あたしはもうそんなことしたくないの!!」


瞬間、手が無意識にミルベーナの腕を振り払っていた。


振り払った瞬間、肩を支えていたミルベーナが一歩後ずさる。

ジークも驚いたようにリージュを見つめていた。

心臓がうるさい。耳鳴りがする。


「……っ、あ……」


自分が何をしたのか、わからなかった。

でも、手のひらがじんじんと熱を持っている。


「リージュ、大丈夫……?」


ミルベーナの声は優しかった。でも、その優しさが怖い。

どうして?あたしは、何を――?


また、脳裏に映像が走る。


――『いい子ね、これを飲めば痛くなくなるわ』

――『暴れないで、ねぇ、私たちは君のためにやっているんだよ?』


息が詰まる。寒気がする。

目の前のミルベーナが、一瞬、別の誰かに見えた気がして、後ずさる。


「……っ!……こないで……こないで……!」


恐怖に駆られ、足が震えた。


「落ち着いて、リージュさん!」

ジークが駆け寄ろうとする。


だけど、その時――


「やめて……っ!」


リージュの背後に、淡い光がふわりと揺れた。


ミルベーナが息をのむ。


「……天使の力?」


リージュの周囲に、うっすらと光の粒が舞い始めていた。

その輝きは、彼女の恐怖に呼応するように揺らめいている。


「これは……この間と違う?」

ジークが警戒するように言う。


「リージュ……」


ミルベーナが静かに名前を呼んだ。

その声は、何かを気遣うような優しさに満ちていた。


「大丈夫よ。私はここにいるわ」


ミルベーナはゆっくりと手を伸ばす。

その手はまるで怯えた子猫を宥めるように、優しく、決して急かさない。


「どうしたの、リージュ?怖い夢を見たの?」


リージュは息を乱し、震える瞳でミルベーナを見上げた。

その瞳には、明らかな恐怖が浮かんでいる。


「嫌……やめて……あたしはもうそんなことしたくないの……!」


リージュが震える声で叫び、ミルベーナの手を振り払う。

だが、ミルベーナは全く動じなかった。


「リージュ、大丈夫よ。私はここにいる。何も怖いことなんてさせないわ」


ミルベーナはそっと膝を折り、リージュと同じ目線になる。

まるで、幼い妹を抱きしめるかのように。


「何か思い出したのね?」


優しく問いかける声に、リージュは小さく頷いた。


「……わかんない……でも……思い出しちゃいけない気がする……」


ミルベーナは静かにリージュの肩に手を置く。


「無理に思い出さなくてもいいのよ、リージュ。私たちはずっと一緒。

だから、どんなことがあっても、あなたを守るわ」


その言葉に、リージュの目に涙が溢れる。


「ミナ……」


リージュが震える声で名前を呼ぶと、ミルベーナは優しく微笑んだ。


「よし、今日はもう休みましょう。無理をしないで、ゆっくり眠って」


「……うん……ありがとう……」


ジークも黙ってその様子を見守る。


リージュはミルベーナに支えられながら、仲間たちと一緒に宿へと戻った。


ミルベーナの瞳には、いつの間にか妹を守ろうとする様な強い意志が宿っていた。

それは、どんな過去にも負けない覚悟の色だった。



村へ戻ると、見張りの男に「遅いぞ」と少し叱られたが、なんとか門が閉じる前に入ることができた。宿へ戻ると、フォスターはすでに食堂で食事の準備をしていた。


「やっと戻ってきたか」

フォスターが腕を組んで待っていた。

「さっさと食うぞ、飯が冷めちまう」


「ごめん……リージュさんがちょっと……」

ジークが心配そうにリージュを見る。


「何かあったか?」

前のめりに席を立つフォスター。


「本当に大丈夫、リージュ?」

ミルベーナに支えられているリージュ。


「うん……落ち着いたよ……。それで……」


「それで?」


「お腹すいちゃった!」

ミルベーナが珍しくズッコケた。


「ちょっ、あなたねぇ!」


「えへへ、ありがとミナ」

そのままミルベーナに抱きつくリージュ。


「ったく……何だってんだよ?」

呆れてイスに腰を落とすフォスター。


四人はそのまま食卓に座る。


宿の食事は質素だったが、温かいスープと焼きたてのパンが体に染みるように美味しかった。四人は食卓を囲みながら、先ほどの話をしつつ、次の町のことを尋ねることにした。


「この村の先にある町、ワルツハイムってどんなところなんですか?」

ジークが女将に尋ねると、彼女は穏やかな笑みを浮かべた。


「ワルツハイムはここよりずっと大きな町さ。中央広場には立派な建物もあるし、しっかりとした囲いもある。ゾンビの被害は少ないわけじゃないけど、うまく対処してるって話よ」


「囲いがしっかりしてるのか……なら、少しは安心か?」

フォスターがパンをかじりながら言う。


「そうだね、でも油断はできないよ。

レイヴンマーシュ地方は黒涙湖にも近いし、何があるかわからないからね」

ジークが慎重に返す。


「ま、どこ行っても警戒は必要ってことか」

フォスターがそう言って肩をすくめると、女将が「まったく旅人は大変だね」と苦笑した。


食事をしながら、四人は自然とリージュの訓練について話し始めた。


「で、どうだったんだよ、姫の訓練は?」

フォスターがパンをちぎりながら尋ねた。


「そうね、筋は良いわ」


ミルベーナがスープを口に運びながら答える。

「初めてとは思えないくらい、動きに無駄がない」


「ほんと!?あたし、そんなに上手かった?」


リージュが嬉しそうに顔を上げる。

先ほど泣いていたのを無理矢理忘れるように。


「そっか。ただ、実戦となるとまた話が違うからな」

フォスターはスプーンをくるくると回しながら言った。


「特にナグリス相手だと、一瞬のミスが命取りになるんだぜ」


「うん……でも、なんだろう。

動いてる時に、なんか……思い出しそうな感じがしたんだよね」


リージュは少し考え込むように言葉を続けた。

「うまく説明できないけど、身体が勝手に動くような……そんな感じ?」


「それ、前に短剣を扱ってたってことじゃないの?」

ジークがリージュをじっと見ながら言った。


「戦闘経験がない人は、最初は戸惑うものだけど……君はとても軽やかに動いてた。

もしかすると、身体が覚えてるのかも」


「そっか……やっぱそういうことなのかな」

リージュは短剣を握る手を見つめる。


「でも……思い出せないや」


「さっきもそうだったけど、無理に思い出す必要はないわ」

ミルベーナが静かに言った。


「今は今の自分を鍛えることに集中することね」


「そうだな。少しずつでも練習して、いざって時に役に立てるようにしねぇとな」

フォスターが頷いた。


「もう少し訓練したら、実戦で試すことも考えていいかもな」


「実戦……かぁ」

リージュはスープを飲みながら、少し考え込んだ。


「怖いか?」

フォスターが覗き込むように言う。


「んー……ちょっとだけ。でも、みんなと一緒なら大丈夫な気がする!」

リージュは明るく笑った。


「ははっ、そりゃ心強ぇな」

フォスターも笑う。


「ならしっかり鍛えて、いつでも頼れる戦力になってくれよ、姫」


「だから、人前ではその呼び方しないでってば!」


そんなやりとりをしながら、四人は食事を続けた。


ポロロ〜ン――。


店内に柔らかく、心地よい旋律が響いた。


ちょうど四人が夕食を終えた頃だった。

どこかでリュートの音が奏でられ、ゆったりとしたメロディーが広がっていく。

演奏の主は、小さな少年だった。


タルの上に飛び乗り、リズムに乗せて指を弾く。

彼の特徴的なふさふさした尻尾が揺れ、タヌキを祖に持つ種族

――狸獣人トルクフェリアーの少年だとわかる。


「ん? なんか……音、多くない?」

リージュが首をかしげた。


リュートの音だけではない。

まるで複数の楽器が合わさっているかのような、不思議な音色が紡がれていた。


「これは……音の魔術だな」


ミルベーナが小声で説明する。


「足の動きに合わせて別の音を鳴らしている。

アンクレットに魔術刻印が刻まれてるんだろうな」


「へぇ……すごいね」


演奏は続く。

タルの上で器用に足を動かしながら、彼は軽快な旋律を奏でた。

陽気なリズム、それでいてどこか落ち着くような不思議な調べ。


音に合わせて彼の尻尾が揺れるたびに、店内の空気も少しずつ温まっていく。


気付けば、店にいた人々も体を揺らしていた。

旅人や村人たちが少ないながらも、手拍子を打ち始める。

そして――最後の一音が響き、静かに曲が終わると、店内に拍手が広がった。


「おお、なかなかいい腕じゃねぇか」


フォスターが満足そうに言う。


少年はにこりと笑い、礼をすると、演奏を終えて席へ戻った。

彼が向かったのは、隅のテーブル。そこには二人の人物が座っていた。


ひとりは狐獣人ジルバシュライヒの青年。

キツネを祖に持つ種族、スラリとした体躯に、鋭い眼差し。

槍を傍に立てかけ、どこか警戒を解かない雰囲気がある。


もうひとりは、魔法使いのような格好の女性。

猫獣人フェリシアンテだろう。フードの下から覗く髪は金色の髪。

穏やかな笑みを浮かべながら、少年に何かを囁いていた。


「……あの三人も旅人かな?」


ジークがぽつりと呟いた。

演奏を終えた少年が、二人と談笑しながら杯を交わしている。


「旅人自体は珍しくない、理由は様々だろうがな……」


ミルベーナが静かに視線を向けた。

そう、旅人は珍しくない、出稼ぎに出る者、ゾンビ被害から逃れるため外に出る者、パンデミックの生き残り、あまり詮索する内容ではない。


「……」

少年の演奏がよほど気に入ったのだろうか、リージュがジーッと少年を見ている。


「あまり見てると変な人だと思われるわよ」


「あ、ごめん、失礼だったよね」

慌てて振り返るリージュ。


「あの子……ベスティアだよね?」


ベスティア――

獣族の中でも獣の血が濃い者を指す。

ベスティアが産まれることは双子と同じくらいに珍しい。

かく言うジークとリージュも"完獣ベスティア"ではなく、"半獣ヒュムス"だ。


「今のって、もしかして何か思い出したの?」

ジークが刺激しすぎないように語りかける。


「ううん、これは覚えてた感じ……不思議……知ってるなって感覚。

一応みんな知ってるか、確認したの」


「そっか……でも、覚えてたなら、記憶探しの手がかりにならないかな?」

ジークの可能性は否定しきれない、実際のところ思い出したのかもしれない。


「そうね、今後も色々聞いてちょうだい」

自然とリージュの頭を撫でるミルベーナ。


「もう、なんでミナはすぐ頭撫でるの〜」

恥ずかしながらも子猫のように嬉しそうな声で話すリージュだった。


こうして、四人はしばしの休息を取りながら、次の町へ向けての準備を整えていった。

今後は日、火、木曜日の11時更新となります。

こちらも試験投稿になりますので、宜しくお願いします。


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