第十七夜:夜明けの道は、共に 後編
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外に出ると、すでに数人の戦士らしき男女が町長と話していた。
彼らは一見して歴戦の戦士のような風貌をしており、重厚な鎧を身にまとっている。
「セイヴァーズの人たちか?」
フォスターが小声で問う。
「ああ、天使様方」
町長の女性が振り向きながら答えた。
「天使?この子供たちがか?」
槍を抱えた大柄な男が目を細める。
「報告は受けていたけど……にわかには信じられないわね」
神官戦士らしき女性が疑わしげに言った。
(まずいな……あんまり目立たないようにしろって言われてたのに、どうしよう。)
ジークは内心焦るが、ミルベーナがすぐに前へ出た。
「そうよ、これを見なさい」
彼女は懐から小さなタグを取り出し、それを見せる。
「エルヴィルダの町で貰った天使用タグよ」
どうやら空気を察してくれたらしい。
ミルベーナは冷静に先導しながら会話を進めていく。
「……あら、貴女、覚えてるわ」
神官戦士の女性が彼女をじっと見つめると、ふっと思い出したように声を上げた。
「乱暴者の服を切り刻んだ子!」
「……最初にギルド登録した時ね」
ミルベーナはため息混じりに答えながら、さっさと話を進めるために尋ねた。
「他にギルドから来ている人は?」
「まずは自己紹介をさせてもらうわね」
女性は凛とした態度で言い、槍の男を横目に見た。
「私はエルディナ、こちらはグラゼオン」
彼女の言葉に合わせ、大柄の槍の男――グラゼオンが静かに一礼する。
「それから、ごめんなさい。今ここに駐屯できるのは私たちだけなの」
「貴方、ちゃんと伝えたの?」
ミルベーナが鋭い目を向けると、フォルスティンはニコリと笑う。
「ええー、きちんとお伝えしましたよ? ただ……」
彼はギルドメンバーのほうへ視線を送る。
「今、この辺りの命の楯はかなり慌ただしく動いているの」
フォルスティンが「ほらね?」と言わんばかりに肩をすくめる。
エルディナが重々しく言うと、ジークが顔を上げた。
「何かあったんですか?」
「……北東の街、ノルディグラードが数日前のパンデミックで壊滅したのよ」
エルディナが悲しそうに続けた。
「それだけでも付近の町やギルドの再建に混乱を招いているところ、更に六命復活に討伐報告。今は体制の立て直しや、村を統合するかの話し合いで、人手が全然足りてない状態なの……」
その話の最中、ミルベーナがジークたちを一瞥し、喋るなと目で合図を送る。
「二人来れただけでも無理を通して来たのだ」
グラゼオンが静かに言った。
「常駐天使のロクス殿も亡くなられたとあって、皆かなり狼狽しているのが事実だ……」
「そうか……すまない、私がこの辺りの地域に疎くてな。そこまで考えが及ばなかった」
ミルベーナは申し訳なさそうに言った。
「そんな、天使様がいなかったら、もっと酷い事態になっていたのです」
エルディナがミルベーナに向かって深く頭を下げる。
「今は再建の時間が必要なのだ。落ち着くまでは、我々が尽力しなくてはならない」
グラゼオンも厳かに続ける。
どうやら、この地方は想像以上に混乱しているようだった。
「この後、天使様はどうなさるのですか?」
エルディナが静かに尋ねる。
「堅苦しく話さなくても構いませんよ」
ミルベーナは少しだけ笑みを浮かべて、丁寧に答えた。
「私は成すことを為しただけです。
……このまま南へ向かうつもりです。ファルムス帝国へ」
その言葉に、エルディナの表情が僅かに沈む。
「そうですか……常駐いただければ良かったのですけれど、ご意向を尊重いたします」
「あなたたちはどうするの?」
エルディナの視線がフォスターたちへ向けられる。
「あ、えーと……オレたちは……」
フォスターが言葉に詰まり、ジークも困ったような顔をする。
まだ行き先が決まっているわけではなかった。
その時、不意にフォルスティンが口を開いた。
「私は少しの間、この町に残りますよ」
フォスターたち四人は意外な顔をする。
「天使様ほどの力はありませんが、もし白コートの連中がまた襲来しようものなら、退治くらいはできます。私の幻術の力はミルベーナさんもご存じでしょう?」
「……あ、ああ……」
ミルベーナは若干戸惑いながらも頷く。
彼の力は確かに人間相手には有効だった。だが、これまでの立ち振る舞いから考えても、フォルスティンが他人のために尽力するとは思えない。何か裏があるのでは、と警戒するが、今は深入りしないことにした。
「今日はもう日も暮れます」
フォルスティンは相変わらず軽い調子で続ける。
「ミルベーナさんも含め、本日はこちらに泊まらせていただいて、
今後の予定を見直してはいかがですか?」
ウィンクしながら提案するフォルスティン。
「そう……ね」
ミルベーナは少し悩む。
「今日でこの町の危険そうな場所は全て見れたはず」
彼女の中でも、確かに今すぐ出発する必要はないと考えていた。
「あの戦いからまだ半日しか経っていませんし……天使様、
寝所はご用意いたしますので、せめて一晩、お休みになられてください」
町長の女性が優しく促す。
ミルベーナはふと隣を見る。リージュの体調もまだ万全とは言えない。
ここは言う通りにするのが賢明だろう。
「……では、お言葉に甘えさせていただきます」
「オレたちもいいですか?」
フォスターが町長に尋ねると、彼女は快く頷いた。
「はい、もちろんです」
「私はお二人に詳しい情報をお伝えしておきますねぇ」
フォルスティンが愉快そうに言う。
こうして、一行はそれぞれの夜を過ごすこととなった。
世界の中心、ユグドラシルの大樹
それは世界の根幹にして、誰も踏み入ったことのない幻の大地。
無限に広がる神秘の森、その奥深く、現世と隔絶された神域の中に、彼らはいた。
「ご報告に参りました」
大天使サリエルは静かに跪き、頭を垂れる。
その視線の先、神々の玉座のような椅子に座る影があった。
輪郭は朧げで、まるで現実と夢の狭間にある存在のように揺らいでいる。
「六命のアンドレアルフスが復活、しかしすでに再封印されました」
サリエルは静かに報告を続ける。
影の主は、何も言わずただ沈黙を貫いたまま。
その威圧感だけで、あらゆるものを制するかのようだった。
「……四名の天の使いが候補に上がっております」
ようやく、その存在が口を開いた。
「――続けろ」
重々しい声が響く。
それは神の声なのか、それとも世界そのものの声なのか。
「現在、“監視の目”をつけ、動向を追跡しております。
この先、彼らを荒れ狂う地ファルムスへと向かわせ、更なる試練を課します」
神威がゆるやかに動き出す。
徐々に影が薄れ、その姿が明瞭になっていく。
「……ナグリムは?」
その一言と同時に、闇が揺れる。
まるでどこからともなく現れたかのように、妖艶な女性の影が浮かび上がった。
しなやかに動くその姿からは、神域にはそぐわぬ闇の気配が漂っている。
「変わらずでございます」
彼女は微笑みを浮かべながら答えた。
「緩慢な足運びではありますが、平時と同様に世界を横行されてます……」
影は完全にその姿を顕した。
闇を纏う女は神の傍らに立ち、片手をそっと自身の胸元へと当てる。
そしてもう一人。
柔らかな翠の髪を持つ女性が、神のすぐ近くに座していた。
彼女の存在は、森そのもののように静かで、穏やかで、
しかしどこか底知れぬものを感じさせる。
「サリエル」
先ほどの威圧的な声とは異なり、どこか優雅な響きを持つ言葉が紡がれた。
「引き続き、天の使いの選定を進めてちょうだい」
その言葉には慈愛にも似た響きがあった。
だが、それは決して温かいものではない。
「――今回こそ、良い“天材”であるように」
玉座に座する二柱の神々。
獣のような強靭な肉体と圧倒的な威厳を纏う男。
そして、柔らかな翠の髪を揺らしながら、まるで妖精のような神秘性を纏う女。
サリエルは再び、静かに頭を垂れた。
「かしこまりました……オルヴァルグ様、ユグドラシル様」
神域の空気が揺らめき、報告は終わる。
ここから、世界は再び静かに動き出すのだった。
その夜――
ヴァルストークの夜は静かだった。
戦いの爪痕は街のあちこちに残り、燻った焦げ跡や崩れた建物が、ここで何があったのかを無言で語っている。
フォスターとジークは、町の外れにある塔の上で夜風に当たりながら、ただ遠くを見つめていた。
空には雲が広がり、月はその姿を隠している。
二人は悩んでいた。
ヴァルフリクス王国――二人の目指す場所。
しかしそこは、この世界の中でも最も忌むべき”死の大地”に最も近い土地。
黒涙湖を挟んだ先に広がる、ネクロスとナグリスが無限に溢れ出す絶望の領域。
ただの死人ではない。噛まれた者だけでなく、湖の瘴気を浴びた者すら”変わる”。
そんな場所へ、天使とはいえ本当に辿り着けるのか?
道を戻るにしても、進むにしても――危険が変わるわけではない。
フォスターは溜息をつき、大斧の柄を握りしめる。
ジークは口を結び、遠くに見えない何かを探すように闇を見つめていた。
それよりも、二人の心を占めているのはたった一夜の出来事だった。
伝説とされる六命、その存在が今も現実に息づいていること。
そして、リージュ――あの少女が見せた奇跡。
彼女は一体、何者なのか。
二人はお互いを知り尽くしている、言わなくても同じことを考えてる。
それぞれの想いを胸に、二人はただ黙って夜を過ごした。
一方、宿の一室では――
ミルベーナとリージュは、先に床についた。
布団に包まりながらも、二人ともまだ完全に眠りに落ちることはできなかった。
「……」
互いに何かを言おうとするが、言葉にはならない。
リージュは、天使の力に覚醒した。
けれど、それ以外の自分は何も持たない。
剣も、魔法も――戦う術を持たぬまま、彼女はあの戦場にいた。
覚醒した時は無我夢中だったが、もし次も同じようにできるとは限らない。
いや、そもそも”次”があるのかも分からない。
ミルベーナもまた、彼女の不安を感じ取っていた。
天使であろうと、すべてを救えるわけではない。
戦場では、一瞬の躊躇が命取りになる。
ファルムス帝国――これから向かうその地は、ここよりも遥かに苛烈な場所。
この先、リージュは”また”戦うことになるのだろうか。
いや、それ以前に”戦える”のだろうか?
言葉にしなくても、二人は理解していた。
今、声をかけたら、お互いが無理にでも”強がらなければいけない”ことを。
リージュはそっと目を閉じる。
ミルベーナも、僅かにため息をつくと、静かに瞼を閉じた。
どちらも、何も言わず、同じことを考えてると知らずに、ただ眠りについた。
明日から、また歩き出すために。
翌朝――
ヴァルストークの町を後にし、ミルベーナとリージュは南へと向かっていた。
空は明るく、雲ひとつない。
戦いのあった日が嘘のような穏やかな朝だった。
しかし、二人の足取りは重い。
フォスターとジークは、すでに町を出たと聞いた。
同じ天使として、共に戦った仲間として――
心のどこかで”一緒に”旅をするのではないかと、微かな期待をしていた。
だが、二人は行くべき道が違う。
それが現実だ。
「……」
ミルベーナは無言で前を見据えたまま歩く。
リージュもまた、口を開くことなくついていく。
その時――
「きゅーきゅっ!」
小さな鳴き声が足元から響いた。
「フェリオ!?」
驚くリージュの肩へ、素早く飛び乗るフェリオ。
毛並みをふるわせ、嬉しそうに鳴いた。
そして、前方を見た瞬間――
「何、辛気くせぇ顔してんだ、二人とも」
聞き覚えのある、不機嫌そうな声。
「フォスター!?」
少し先に、腕を組んで立っている大斧を持つ青年。
その隣には、微笑を浮かべたジークの姿もあった。
「僕たちも、ファルムスへ行こうと思う」
「……何故だ?」
ミルベーナは驚きを隠せず、思わず問い返した。
「お前たちだって、行くところがあるんだろう?」
「うん、でも急ぎの旅じゃないから」
ジークはあっさりと言ってのける。
「それに、地図持ってねぇからな。待ってたんだよ」
フォスターが気怠そうに続けるが、表情はどこか楽しげだった。
「……」
ミルベーナは少しの間、何かを考えるように二人を見た。
リージュは、こぼれそうな笑顔を必死に抑えている。
「……着いて来たければ着いて来い」
ミルベーナはそう言うと、背を向けて歩き出す。
「だが――足は引っ張るなよ」
照れ隠しのように冷たく言い放つ。
だが、振り返った彼女の顔は、笑っていた。
リージュは歓喜の声を上げ、フェリオは嬉しそうにしっぽを振った。
そして、四人は歩き出す。
それぞれの目的を胸に。
この先で何が待ち受けているのか、様々な思惑が動いているとも、
まだ知らないまま――。
本日で一旦毎日投稿を停止します。
アンケート結果が分かれたので、次は間を取って日、火、木曜日の更新にしようと思います。
時間は11時に見てくれるかたが半数はおられたので、11時のままにいたします。
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