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ANgelic of the Dead  作者: 書庫
三章--ヴァルストーク砦攻略戦--
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第十六夜:一時の安息 前編

(……なんだろう、この安心感。暖かい感じ……懐かしい……)


ふわりと意識が浮上する。


ゆっくりと瞼を開けると、ぼんやりとした視界の先に木製の天井が映った。

静かな寝息が聞こえる。

あたしは何か柔らかいものに包まれていて、そっと指先を動かしてみた。


毛布の感触。ほんのりとした温もり。

そして――頭の上に、誰かの手がある。


(……撫でられてる?)


「……ミナ、起きて、ミナ」


小さく揺すられる感覚。微かに聞こえる優しい声。

意識がぼんやりとしている中、その声に導かれるように呟いた。


「ん……?」


目を擦りながら顔を上げると、すぐそばにミルベーナがいた。

あたし、ミルベーナの肩にもたれかかるようにして、寝てたみたい。


「……起きたのね」


ミルベーナがゆっくりと目を開ける。

いつものクールな表情とは違い、少し眠たげな顔。


「あれ?……なんで一緒に寝てたの?」


驚いて身を引こうとすると、ミルベーナが少し口角を上げた。


「……私も寝てたのね。あなたが気を失ってからベッドで寝かせようとしたんだけど、私から離れないんだもの。仕方なくそのまま一緒にいたら、私まで寝てしまっていたようね」


「気を……失って?」


ぼんやりとした頭で、昨夜の記憶を探る。


――そして、思い出した。あの激しい戦い。光に包まれた自分。

アンドレアルフスとの対峙。


「あっ!」


勢いよく飛び起きる。


「ふふっ、思い出した?」


ミルベーナがクスリと笑いながら、そっとあたしの髪を撫でた。


「あなたがいなければ、みんな殺されていたわ。本当に……ありがとう、リージュ」


その言葉に、思わず頬が熱くなる。


「……あたし、役に立った?」


少し照れくさくて視線を逸らしながら尋ねる。


「ええ。あの場にいた誰よりもね」


まるで子猫を愛でるように、ミルベーナがもう一度頭を撫でる。

くすぐったくて、身をよじってしまう。


「さあ、私は外の様子を見に行くけど……あなたはもう少し休む?」


「ううん、大丈夫。一緒に行く」

毛布を跳ね除け、素早く立ち上がる。


「あ、そうそう。ミナって私のこと?」

ミルベーナが不思議そうに尋ねる。


「えっ? あれ……?」


自分でも驚いた。

自然と口から出た呼び方。でも、どうして?


「……なんでかな? いつの間にそんな呼び方してたんだろ……?」


「……不思議な子ね。でも、その呼び方、気に入ったわ」


ミルベーナが小さく微笑んで、軽く肩をすくめる。


外へ出ると、視界がぐんと開けた。


ヴァルストークの上層部、居住区域。

眼下には町の広場が広がり、風が穏やかに吹き抜ける。

日差しは柔らかく、雲間からこぼれる光が、

昨夜の嵐が嘘のように穏やかな朝を演出していた。


(……もう、朝どころか昼かも)


相当寝ていたんだろう。

まぶたをこすりながら、ふわりと息を吐いた。


「お目覚めですか、天使様」



突然の声に振り向くと、そこには見覚えのある男性が立っていた。

昨夜、砦の中で見かけた住人のひとりだ。


「……あっ、昨日砦の中にいたおじさん」

リージュがそう言うと、男性は穏やかに微笑み、深々と頭を下げた。


「はい。この度は町をお救いくださり、感謝いたします」


その礼儀正しさに、リージュは思わず戸惑う。


「え、いや、あたし全然何もできなくて……気づいたらアイツの前に立ってて……」


力になれたという実感がない。

昨夜の出来事を思い返そうとするが、頭の中はまだぼんやりしている。


そんな彼女の様子を察したのか、隣でミルベーナが口を開いた。


「ごめんなさい。まだ少し疲れが残っているの。少し歩いてきてもいいかしら?」


助け舟を出した彼女に、男性はすぐに頷いた。

「はい、お引き止めして申し訳ありません」


二人はその場を後にし、砦地区へ向かって階段を降りていく。


「……あの人、すごく丁寧な喋り方だね?」


リージュが不思議そうに問うと、ミルベーナは小さく笑う。


「それはそうでしょう。あなたの力を目の当たりにしたんだもの。覚えてる?」


「……うん、覚えてる……」

リージュは階段を下りながら、昨夜の記憶を探るように目を伏せる。


「……あたし……天使、なのかな?」


「まだそのあたりの記憶は曖昧なのね……。

でも、あの力は間違いなく天使のものよ」


砦の外へ近づくにつれ、町の子どもたちが手を振っているのが見えた。

リージュとミルベーナも、それに笑顔で応えながら手を振り返す。


――穏やかな時間。でも、それが続くとは限らない。


「でも無謀すぎよ」


ふと、ミルベーナの声が冷静に響いた。


「あなたが天使じゃなかったら、あのまま死んでいたのよ」


その言葉に、リージュはぎくりと肩をすくめる。


「……あ、えと……あたし……」


言い訳しようにも、何も出てこない。


ミルベーナは静かにリージュの頭を撫でた。

その手つきはまるで姉が妹をあやすように優しい。


「これからは、あんな無茶はしないこと。約束できる?」


「……うん」

その問いに、リージュは少しの間だけ迷ったが、

ミルベーナの瞳を見て、しっかりと頷いた。


「約束する」


ふわりと、笑顔が溢れる。

「それと、これ」


そう言ってミルベーナが手渡したのは――二本のミセリコルデ。


「……あっ!」

リージュは目を見開いた。


「無くしたと思った……短剣……!」


「脅されていた町の人が持っていてくれたのよ。ほら、持ってなさい」


「ありがとう、ミナ」

大切なものを取り戻した安堵感。自然と心が温かくなる。


そのとき、階段を下りきった先に広場が見えてきた。昨日まで戦場だった場所。

けれど今は違う。新しい朝を迎えた町の、人々の暮らしが戻りつつあった。


砦の上層部から広場を見下ろすと、昨日までの激戦の痕跡がそこかしこに残っていた。

崩れかけた壁、焦げた地面、戦いの爪痕が生々しい。

だが、町の骨組みはまだ健在だった。


「思ったより酷くはないわね」

ミルベーナが呟く。彼女の目の先には、

生き残った住民たちが広場で話し合っている様子があった。


「……でも、死んだ人もいるんだよね」

リージュが静かに言った。


「……ええ、十人ほど、男手ばかりだったそうよ」

ミルベーナは腕を組みながら答える。


「でも、生き残った人たちは無事に暮らせる程度には町の機能が残ってる」


リージュは足元の石畳をじっと見つめた。あの夜、自分の力がもう少し早く覚醒していたら、あるいはもっと多くの人を救えたのだろうか――そんな思いが胸を締めつける。


「生き残った人たちは……これからどうするの?」


「自分たちで何とかしていくそうよ。町の物資は残ってるし、食糧もある。

何より、砦が残ってるのが大きいわね」


ミルベーナは目を細め、広場の端で住民たちが何かを運んでいるのを見つめた。

建物の補修でもしているのだろうか。


「信徒の残党もいないし、これ以上の戦いはない。

いつも通り、ネクロスにさえ気を付ければ生きていけるわね」


ミルベーナの言葉にリージュは少しほっとした表情を浮かべる。


「……でも、ギルドには報告しなくていいの?」

リージュの問いにミルベーナは軽く頷いた。


「そこはフォルスティンがやってくれるらしいわ。

エルヴィルダの町に報告に行ったそうよ」


「フォルスティン?」

リージュが初めて聞く名前に首を傾げる


「もう一人協力してた男がいたの、町の人間が助かったのもそいつのおかげよ」

「それに妙に話がうまい男。ああいう手合いは交渉ごとには向いてるわね」


「そっか……」


リージュは少し複雑そうな表情を浮かべながら、広場を見下ろした。

昨日まであれだけの恐怖と絶望に包まれていた町が、今は静かに新しい一日を迎えている。


それが、どれほど尊いことなのか――少しだけ、彼女にも分かった気がした。

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