第十四夜:咲きほこる鮮血の華園 前編
「……なんだよこれ……」
フォスターは広場を見渡し、震える拳を握りしめた。
そこには死しかなかった。
信徒たちはことごとく瘴気に呑まれ、血の海に沈んでいる。
あれほどの狂信を持っていた者たちも、今やただの肉塊に成り果てていた。
生き残っているのは、フォスターとミルベーナ、そして……
アンドレアルフス。
「……すまない……」
ミルベーナは唇を噛み締め、拳を震わせた。
「私の出来る……精一杯の防御だった……」
彼女のヴェルンドは、たしかに浄化水と共に瘴気の浸食を防いだ。
だが、それでも――彼以外は救えなかった。
フォスターは苛立ちをぶつけるように地面を踏み鳴らす。
「そうじゃねぇ、お前は悪くねぇ……」
彼が怒りを向ける先は、ただ一つ。
「あのクソオカマ野郎……!!」
「あら〜ん?」
まるで子供が遊び相手を見つけたように、アンドレアルフスは楽しげに微笑む。
「どうして生きてる子がいるの〜?」
まるで、不思議で仕方がないと言わんばかりの口調だった。
フォスターとミルベーナが睨みつけると、アンドレアルフスはクスクスと笑う。
「まぁイイわ〜。すぐにここは死の華が咲き誇る血の楽園になるのよぉ?」
「チッ……」
フォスターは迷わず地を蹴った。
「オラァァァ!!!」
振り下ろされた大斧が唸りを上げる――
ガキィィィィンッ!!
右手一本で、止められた。
フォスターの大斧を、アンドレアルフスは涼しい顔で受け止めていた。
しかも、その左手では爪を研ぐという余裕すら見せている。
「クソッ!」
フォスターがさらに力を込めた、その瞬間――
デコピンのような動きで、アンドレアルフスが弾いた。
ドガッ!!
フォスターの身体が吹き飛ばされる。
地面を転がり、即座に受け身を取る。
「無茶をするな!」
ミルベーナが睨みながら言う。
「相手を見て喧嘩を売れ!」
「バカ言えよ……」
フォスターは大斧を地面に突き刺しながら立ち上がった。
「相手が強かろうが、引けねぇ時があるんだよ!」
その言葉に、ミルベーナは微かに目を細めた。
「……確かにな」
「元気がイイ子は好きよぉ〜?」
アンドレアルフスが腰をくねらせ、目を細める。
「でもねぇ、アナタはまだアタシのタイプじゃないのよねぇ♡」
「……っ!」
「だからぁ〜……この子たちの相手でもしてちょうだい♡」
パチン!
指を鳴らす音が響いた。
オオオオオオオオ……!!!
うごめく影。
倒れていたはずの信徒たちが、のたうち回りながら立ち上がる。
皮膚が裂け、血の混じった瘴気を吐き出しながら、彼らはゾンビへと成り果てた。
「甘く見られたもんだぜ……」
フォスターは大斧を担ぎ直し、ため息混じりに言う。
「逃げ道が欲しいなら作ってやれるぞ?」
皮肉なのか、それとも本気の心配なのか。
ミルベーナは一瞥し、静かに言った。
「冗談じゃねぇ、これくらい一人でも問題ねぇよ。」
「なら素早く片付けて、奴を討つぞ」
二人は並び立つ。
大斧と大剣が、血の楽園で振るわれる。
「……クスクスクス……」
アンドレアルフスは楽しげに口元を覆い、上品な笑みを浮かべた。
広場には、数えきれない屍が蠢いている。
しかし、それはただのゾンビではなかった。
――それらは彼独特の“美しさ”をまとっていた。
「まぁまぁ♡ ボロボロのゾンビなんて美しくないものねぇ?
だから、ちょっと”オシャレ”にしてみたわ♡」
美しく裂かれた衣服、無理やり整えられた顔面。
一部のゾンビは全身を縫合され、まるでマネキンのような滑らかさを持っている。
爛れた肉の代わりに、信徒の皮膚が縫い付けられたものもいた。
「グ、ゴォ……」
元信徒であったゾンビたちが、どこか人間だった頃の”名残”を残したまま、
ゆっくりとミルベーナとフォスターに迫る。
「……吐き気がするな」
フォスターは舌打ちし、忌々しげに呟いた。
「ゾンビを飾り立てるとか、マジで趣味悪りぃぜ……」
「まぁまぁ♡ アタシの芸術を理解できないなんて、なんて悲しい子……」
アンドレアルフスはクルリと一回転しながら、優雅に舞うように地を蹴る。
ゾンビたちが動き出した。
「チッ、来るぞ!!」
フォスターが叫ぶと同時に、ゾンビたちがまるでダンスを踊るような動きで襲い掛かってきた。
美しく縫われた口から、ただれた腐肉が零れる。
ミルベーナは即座に大剣を構え、振るった。
ギィィィィン!!!
一閃で、ゾンビが吹き飛ぶ。
しかし、倒れたゾンビの体はまるで糸で吊られるように、すぐに立ち上がる。
「ちょっとちょっとぉ? 雑に扱わないでくれるかしら?
せっかくアタシが手間暇かけて仕上げた”作品”なんだから♡」
アンドレアルフスが指を鳴らすと、
ゾンビの皮膚に埋め込まれた”縫い目”がピンと張り詰め、弾力を取り戻した。
「……このゾンビ、普通のとは違うな」
ミルベーナが低く呟く。
「そうよぉ♡ だって、アタシの手で“最高に美しく”作り変えたんですもの♡」
「……」
「だからぁ〜……この”作品”、崩さないでくれるかしら?
ボクちゃんとお嬢ちゃんには……もうちょっと楽しんでほしいの♡」
ミルベーナとフォスターは視線を交わし、即座に動く。
二人は異形のゾンビたちを蹴散らしながら、アンドレアルフスへと近づく。
「ちょっとぉ〜!? そんなに焦らなくてもいいじゃなぁい♡」
アンドレアルフスが片手を掲げ、クルリと回ると、
ゾンビたちが再び起き上がり、数が倍増していた。
「クソがっ……まだいんのかよ……!!」
フォスターが呻いた、その時だった。
ゴォッ!!
突如として、炎を纏った蹴りが炸裂し、ゾンビの頭部が吹き飛んだ。
もう片方のゾンビは、足技の連撃によって胴体を粉砕される。
「……!?」
フォスターとミルベーナが振り返ると、そこには一人の少年が立っていた。
炎の軌跡を残しながら綺麗な髪の毛と、炎が反射した瞳が光を受けて鋭く輝く。
右足には淡く炎を纏った魔法の輝きが残っている。
「流石に加勢するよ。二人とも無事?」
ジークだった。
「遅ぇよ、ジーク」
フォスターがニヤリと笑う。
「ゾンビだけなら二人でも大丈夫だったでしょ」
ジークは足を軽く鳴らしながら、静かにアンドレアルフスを見据える。
「アラアラアラ……?」
アンドレアルフスが瞳を細め、ゆっくりとジークに向き直る。
「あらまぁ♡ なんて美しいお顔立ちなのかしら♡」
唇をなぞるように、舌を這わせる。
「ネェ? アナタ、アタシのコレクションに加わらない?♡」
「お断りするよ」
ジークは淡々と答える。
「へぇ……?」
アンドレアルフスの目が、愉悦に輝く。
「お断り、ねぇ……♡ いいわぁ、アナタ……この場で、最高に美しくしてあげる♡」
拒絶されたことに快感を感じ、高揚に身を震わせている狂気の悪魔。
そして、地獄の舞踏は徐々に”本番”へと移り変わる――。
アンドレアルフスはジークの全身を舐めるように見つめ、うっとりとため息を漏らした。
「ハァァァン♡ やっぱりアナタ、美しいわぁ♡ その均整の取れた体躯! 無駄のない筋肉! 何よりも……その涼やかな瞳♡」
彼は恍惚とした表情を浮かべながら、孔雀の羽のようなマントを大きく広げた。
それは本物の孔雀が相手に求愛行動を見せるかの如く。
「アタシの作品に相応しいわ!」
その言葉と同時に、アンドレアルフスの足元に転がっていたゾンビたちが一斉にうごめく。
それらはまるで弦を張られた操り人形のように、ビクリと震えながら立ち上がった。
今度のゾンビは先程とは違い、全身が異様に膨張していた。
皮膚の下から筋肉が異常に膨れ上がり、血管が青黒く浮かび上がっている。
「普通のゾンビなんて美しくないじゃない?だから、アタシ好みに整形してあげたの♡」
「……ナグリスか」
ミルベーナが鋭く睨む。
ナグリス――通常のゾンビをはるかに超えた異常な個体。
異様なまでの身体能力と再生力を持ち、並の剣士では太刀打ちできない。
それが何体も、ジークたちを取り囲むようにゆっくりと歩み寄ってきた。
「アラアラ♡ 可愛がってあげて♡」
アンドレアルフスが優雅に指を鳴らすと、ナグリスたちは獰猛な動きを見せ、一斉に襲い掛かってきた!
「――クッ!」
ミルベーナは大剣を振り上げ、一体を一刀両断する。
しかし、斬られたナグリスはまるでゴムのように肉体を弾力的に変化させ、刃が深く入ることなく、バネのように元に戻った。
「おいおい、普通の攻撃じゃ通らねぇのか……」
フォスターが大斧を構える。
「……なら、力業だ!!」
彼は渾身の力で大斧を振るい、一体のナグリスを地面に叩きつける。
血肉が弾ける轟音。しかし――
「オォォォォォ……!」
潰されたはずのナグリスが、そのままの状態でむくりと起き上がった。
骨が砕けようが、筋肉が裂けようが、ナグリスは止まらない。
「ハァ〜ン♡ どうかしら?アタシの芸術♡」
アンドレアルフスが狂気に満ちた笑みを浮かべる。
「美と強さを兼ね備えた”パーフェクトゾンビ”よ♡」
「……どうする?」
フォスターが舌打ちしながら、ジークの方を見る。
「うーん……じゃあ、僕の炎で試してみるよ」
ジークはゆっくりと構えを取る。
その足元に、淡い赤色の光が灯った。
「炎よ、イグニス」
呟いた瞬間、ジークの両足が焔を纏う。
「へぇ〜……?」
アンドレアルフスが目を輝かせた。
「足技で戦う美男子? なんて素敵♡」
「……悪いけど、僕はお前のオモチャになるつもりはないんだよ」
ジークが地を蹴る。
その瞬間――
ゴォッ!!
灼熱の蹴りが放たれた。
ナグリスの一体が、ジークの蹴りをまともに受け、全身が燃え上がる。
悲鳴とともに悶え苦しむナグリス。
どうやら、炎が再生能力を封じたらしい。
「このナグリス、火に弱いみたいだね」
「へぇ……?」
アンドレアルフスが興味深そうに顎に手を当てた。
「クスクスクス……♡」
「な、なんだ?」
フォスターが警戒する。
「だ〜け〜どぉ♡ そんなにアタシの”おもちゃ”を壊しちゃダメよぉ?」
アンドレアルフスは、くるりと一回転しながら、孔雀の羽のマントを翻した。
「さぁさぁ♡ 次はアタシが相手をしてあげるわよぉ♡」
――そして、“地獄の舞踏”が幕を開ける。
試験的に現在毎日投稿しております。
ご意見などございましたら、お気軽に言ってください。




