第百十八夜:天使職代理、ロミナ・アリアン
《帝国死部隊》の庁舎に辿り着いた一行は、早速“それ”を目撃することになる。
「……えっ」
先頭を歩いていたジークが、足を止めた。
続くフォスターとリージュも、同時に硬直する。
ロゼリアの――顔が。
見事にボッコボコだった。
両頬は膨れ上がり、口元には青痣。
おまけに額には薄っすらとタンコブまである。
「ま、待ってひたぞ……我が同胞たちよ……」
滑らかだったはずの口調は完全に崩壊し、痛々しく呂律も怪しい。
「ど、どうしたんですか!?ロゼリアさん!?」
ジークが慌てて駆け寄ると、奥から現れたのは、
鮮やかな緑髪にきっちり編み込まれた三つ編みの眼鏡をかけた女性だった。
その姿に、リージュは「あ……」と小さく声を漏らす。
――確か、最初にここを訪れたとき、ロゼリアを“すりおろしの刑”にした人だ。
名前は……ロミナさんだったはず。
「お仕置きです。昨日、宿屋の窓ガラスを割った罰です」
端的かつ容赦ない説明。
「新たな天使様御一行ですね。
私、ヴァルカンにて《帝国死部隊》の天使職代理を務めております、ロミナ・アリアンと申します」
整った敬礼と共に、無駄のない自己紹介。
その口調はまるで、規律そのものを体現しているかのようだった。
「天使職代理……?」
ミルベーナが尋ねる。
その背後では、ジークがせっせとロゼリアに治癒魔導をかけていた。
「はい、簡潔に申しますと“天使補佐”です。
ロゼリア天使不在時の代理任務や、周囲との連絡、状況管理などを担当しております」
ロミナは手を胸に添えたまま、凛とした姿勢で答える。
「……あー、えっと。了解ッス。で、ロゼリアさん、どうしてそんなことに?」
フォスターが素朴な疑問をぶつけると、ロミナは深く、そしてとても深くため息を吐いた。
「ロゼリア天使は、よく問題を起こしますので。
補佐である私に“処置”の権限が一任されております」
“処置”のところでわずかに目が光ったように見えたのは、きっと気のせいではない。
「街の住民は慣れたものですが、天使といえど規律と秩序は守っていただかないと、示しがつきませんので」
……どうやら、完全に“制裁”である。
とはいえ、ジークの治癒魔導がかかれば、天使の回復力も相まってすぐに元通りになるだろう。
問題は、治癒より先にメンタルの方が削れていそうなことだった。
「は、はぁ……なんか……お疲れ様です……」
誰が言ったのかは定かでない。
けれど、その場にいたほとんどの者が、心の中で同じことを思っただろう。
――この人が抑えないと、ロゼリアは手がつけられないのだろうな……
つまり、ロミナ・アリアンはロゼリアの“お目付け役”なのだ。
規律と混沌。天使とその制御装置。
なんとも妙な組み合わせだった。
「それよりも、こちらをどうぞ」
そう言って、ロミナが懐から取り出したのは、堅牢な筒に収められた一通の書簡だった。
「これは……先日、ロゼリア殿に頼んだ書簡ですか?」
ミルベーナが受け取りながら尋ねると、ロミナは頷いた。
「はい。ロゼリア天使に任せると、書簡が……十数通ほど出来上がってしまうので」
彼女は控えめに笑って続けた。
「私が、簡潔に皇帝陛下へと伝わるよう、仕上げておきました」
その笑顔には、どこか苦労人の風格すら漂っていた。
一行の脳裏にやたらと難解な言い回しで連なった、分厚い書簡を抱えるロゼリアの姿が浮かぶ。
きっと、フォスターの“厨二解読班”でも歯が立たない代物になっていたに違いない。
「ロミナ嬢……酷い……」
すっかり回復したロゼリアが、しゅんと肩を落とす。
だがすかさず、ロミナの鋭いツッコミが飛ぶ。
「当たり前です!こういう事務作業は私に任せるという約束でしょう?」
まるで母親のような怒気のこもった叱責に、ロゼリアがびくっとする。
「貴女に書かせると、陛下から罰を受けるのは私なんですから!」
この二人のやり取りに、リージュはこっそりとフォルスティンに耳打ちした。
「……なんか、行動派で空回る上司と、繊細で有能な部下の関係に見えるね」
「ふふふ……ロゼリア天使も、ロミナ殿には頭が上がらないようですねぇ。
天使の方々も、色々な方がいて面白いものです」
フォルスティンは微笑みながら返す。
ロミナは、またも深いため息をついていた。
「いえ、お恥ずかしい限りです……
ロゼリア天使は仕事は出来るのですが、それ以外での問題行動が多く……」
その愚痴を聞いていると、一行は誰もが思い当たる節しかなかった。
野盗たちのめちゃくちゃな輸送、宿屋の窓を破って登場、書簡十数通。
――うん、なるほど。
「青いお姉ちゃん、大丈夫?」
プルワが心配そうにロゼリアを覗き込むと、すかさずロゼリアが胸を張った。
「何も心配ないぞ少年!大人とは、痛みを耐えるものなのだ!!」
どこからか風が吹いた気がした。
……もう完全に元通りだ。
「子供には人気があるんですよね……」
ロミナがなんとも言えない顔をして呟いた。
「……あー……色々お疲れ様ッス」
フォスターの、今日何度目かのねぎらいの言葉が静かに空気を包んだ。
ロミナは姿勢を正し、南の方角を指さした。
「本国へは南門を真っ直ぐお進みください。
この街は本国との往来が多いので、道なりに進んでいただければ、本日中には着けるはずです」
「本国内ではネクロス対策のため、いくつか門をくぐる必要がありますが――」
そう言って、彼女はミルベーナに視線を向ける。
「この書簡筒は天使用の識別具となっております。筒を見せれば、どの関門でも通してもらえるはずです」
その説明は明快かつ的確で、隙がない。
あぁ――本当に仕事が出来る人なんだな。
誰とはなく、全員が心の中でそう実感していた。
更新日は毎週火、木曜日の11時更新となります。
【2025年3月31日、第一夜〜第三夜 改稿】リライト
現在第一夜〜第三夜の文章と構成を全面的にリライトしました。
以前のバージョンを読んでくださった方も、改めて楽しんでいただけたら嬉しいです。
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