第五十二話『氷火決着』
速水は狙撃銃をグレイシアに向け、迷わず引き金を引いた。弾丸は音速で放たれるが、グレイシアは間一髪で回避する。
速水は不安定な場所で狙撃銃を使用したために、銃弾が放たれる衝撃で狙撃銃は手もとから離れ、雪面に落ちる。
即座に拾いにかかるグレイシア。
氷織もそれに気付き、グレイシアよりも速く狙撃銃を奪おうと画策する。
氷織の方が距離は近く、先に手が届きかけた。だがグレイシアは冷気を放つ棒を投げ、氷織は咄嗟に手を引いた。
「まず……ッ!」
グレイシアが先に狙撃銃を手に入れ、氷織と距離をとる。
氷織は近くに落ちた棒を拾い上げるが、近距離にしか向かない武器だ。遠距離を持つグレイシア相手にどうすることもできない。
グレイシアは狙撃銃を構える。
氷織は足を挫いたのか、低姿勢でグレイシアと対面する。
だが銃口が向いたのは速水だ。
「先に落とすべきはお前だろ」
グレイシアはこの場からいち早く脱出したかった。
周囲を火炎に包まれ、逃げ場がない。唯一の逃げ道はヘリ。
だがヘリから垂れ下がるロープはグレイシアの手が届く範囲にはない。
「何をするつもりかな」
速水はそれらを踏まえ、冷静に問う。
「お前の目的は分かっている。降りてこなければこいつを殺すぞ」
グレイシアの銃口は氷織へ移る。
「こいつを救いたければまずは俺をヘリに乗せろ。救うとすれば狙撃銃は即座に捨て、ヘリでは大人しくしよう」
「私、嘘つきは嫌いだよ」
速水は一切動じることはない。
「残念だ」
グレイシアは一息置き、即座に引き金を引いた。
視線は速水を向きつつ、銃弾は見事に氷織の額を撃ち抜いた。氷織の頭からは血が噴き出し、雪面に顔を埋める。
「残るはこっちの男だけになったぞ。まだ一人救える」
「君は勘違いをしていないか」
「あぁ?」
「私はね、君を殺せればどうだっていいんだよ。彼らの代わりはいくらでもいる。この世界、どれほどの人間で溢れかえっているか君は知っているだろ」
「それがどうした」
この時、グレイシアは異様さを感じていた。
速水という人物から溢れる不気味な雰囲気。
「私と君は命を扱う仕事をしている。それは当然敵の命であれば、仲間の命を扱う時もある。世界は残酷なんだよ。一人の命でこの先の危険を残すくらいなら、その命ごと刈り取ってしまう」
「無情すぎるだろ」
「自分だけは違うと、君はそう思っているのか。罪人を裁く自分は英雄だと勘違いしているのか」
グレイシアは沈黙し、速水を睨む。
「命に干渉した時点で、私たちは神に対する反逆者だよ。そこから目を背けている君は私の足下に及ばない。だから降り積もり雪の下で死神にありがとうを告げて──さようなら」
グレイシアは理解した。
速水から感じる不気味な雰囲気は何か。
──速水を恐れている。
グレイシアは速水が自分より格上だと直感し、その上で命の危機を感じていたのだ。あらゆる面において速水は高次元にいる。
まるで高層マンションとアパートのように。
「こいつ……ッ!」
グレイシアは脅えつつ、狙撃銃を速水に向ける。速水は避けようとしていない。
回避範囲の狭いロープ上で、グレイシアの弾丸を一切恐れない。
「何のつもりだ」
「私を殺したければ殺せばいい。いや、君は私を撃ったところで意味がないことを分かっている」
仕方ない、と呟いた速水は右手を上げる。
それを合図にヘリは徐々に高度を下げる。それによりロープの端は雪面についた。
「サドンデスだ」
グレイシアは息をのみ、速水と対面する。
脇で倒れる氷夜は、速水の行動に違和感を感じていた。
彼女はあらゆる行動に慎重さを織り混ぜる。だが今だけはその慎重さが一切感じられず、むしろ自分の強さに自信を持っているようだった。
まるで別人。
「お前は……誰だ」
速水碧は本当に速水碧なのか。
氷夜はグレイシアと速水の戦いを見届けようとしていた。
十メートルほどの距離で狙撃銃を構えるグレイシアと素手の速水。
どちらが、優勢かは言うまでもない。
グレイシアは数秒呆然とした後、引き金に手をかける。その行動に速水はため息を吐く。
「グレイシア、お前が引き金に指をかけるまで三秒かかった。この三秒で私はお前を四度殺せた。残念だ」
グレイシアが引き金を引こうとした刹那、ある方向から発砲音が響く。
額に風穴を開けたグレイシアが見たのは、雪面から拳銃を向けていた氷織の姿だ。
「何で生きて…………」
氷織の足下には血糊が転がっていた。
グレイシアは最後に引き金を引いたが、グレイシアの耳の横を掠りもせず通り抜けた。
「二人とも、ヘリに乗り込め。帰るよ」
氷夜は違和感を感じながらも、速水の指示に従った。
ヘリは燃え盛る森を背景に月に向かって飛んでいく。




