第四十九話『死に場所で見つけて』
速水碧は引き金を引かなかった。
それは鳳が速水に向けて狙撃銃を構えたからだ。
「何?」
「古木新はまだ殺すべきではありません」
「…………」
速水は落ち着いた様子で鳳を静観する。
互いにわずかに瞳を動かすと、速水は古木に向けていた銃を下ろす。
「いいよ。今は言う通りにするよ。でも──」
銃口を下ろした先は古木の左足。既に両手と右足は銃弾の餌食となり、その上左足にも銃弾が牙を剥く。
鳳は左足を無力化することを止めはしない。
「鳳、なぜ古木を殺さない選択を望んだ?」
「有栖川麗は教師陣にも協力者を獲得していました」
鳳はわざとらしく古木へ目を向けた。
話の流れを踏まえ、幽と風霧は協力者が古木新だと察してしまう。
速水は鳳が明確なヒントを出す前からそのことに気付いていたのか、さほど驚きを見せない。
「速水、あなたは知っていたんですか」
「以前、有栖川の復活を目論もうとしていた人物と接触したことがある」
第Ⅴクラスと第Ⅵクラスの抗争が行われた日。
速水は精神崩壊を起こした。そこで幽に連れられ黒衣の人物のもとまで連れ去られた。
しかし速水はその時の記憶がわずかにあり、接触したことを覚えていた。
「黒衣越しだったが、そいつの身長と体格は大まかに把握した。最も近かったのが古木新だった」
鳳もその事件については"耳"を最大限活用して情報を収集している。
そのため鳳は黒衣の人物が古木であると確信している。
「古木新は有栖川の情報を知っています。有栖川についてはまだ謎が多く残されているため、殺すべきではありません」
「妥当だな。今は命は奪わないでやる」
「ありがとうございます。素晴らしい判断ですね」
二人の会話には互いに敬意がこもっているように思われる節がある。
「古木新からは後で情報を収集します。今は幽に聞きたいことがあります。よろしいですか」
目線は一転、速水から幽に向く。
隠しきれない殺意とともに放たれる言葉に背筋を凍りつかせる幽。
「わ、分かった。僕に聞きたいことって何かな?」
「あなたが地下で見たことを教えてください」
「いいけど、それほど有益な情報はなかったよ」
「……そうですか。どんな情報ですか」
最初はおどおどとしていた幽だったが、鳳の質問の内容を聞いて緊張はほどけた。
鳳は期待通りの返答が返ってこず不満だったが、ポーカーフェイスで顔色一つ変えない。
「地下にあったのは大量の爆薬。何か導線が走ってたけど、起動はしていなかった」
「それだけですか?」
「うん。それだけだった」
幽は自然な口ぶりで話した。
鳳が放つ殺気を浴びても尚平然と嘘をつけるはずはない。鳳は自分の勘が外れたのではないかと疑う。
幽を直視してプレッシャーを与えるが、もう話すことはないのか、口が開かれることはない。
「そう。それは残念ね」
鳳は狙撃銃を構えようとするが、即座に速水も同じ態勢を取ったのを見て停止する。
「今は見逃します。あなたと戦うのはもう少し先ですから」
「古木新はどうする?」
「私が預かりましょう。彼から聞き出した情報は独占せず、必ずあなた方にも提供すると約束しましょう」
胸もとに右手をかざし、敵意を隠した笑みで小さくお辞儀をする。
速水は迷うことなく古木の首根っこを掴み、学校帰りに手提げを床に放り投げる要領で鳳のもとへ飛ばした。
「ありがとうございます。速水碧」
「こちらこそ。鳳凛香」
二人は正面から向き合った。
わずかな時間だったが、その面会は端から見れば行きも詰まるほどの殺し合いと感じるほど殺伐としていた。
互いに互いを強者と認識するが故の刹那。
鳳が去った後も、彼女が残した殺意が風霧と幽に緊張感を走らせている。
速水は怖じ気づくことなく周囲を見回し、二人のもとまで戻る。
「二人とも無事か」
「はい。何とか」
「私も大丈夫です……」
風霧は悲しげに海原を見る。
海原は頭を貫かれ、生存の可能性は少しも残されていない。
「暗殺者をしていればこのような別れには何度も遭遇する。だからと言って、悲しむなとは言わない。だが悲しむ時間はそうあるわけではない」
速水は海原の目蓋を閉じ、海原の乱れた前髪を整える。
「だから今は悲しんでもいい。私が背中を守るから」
「……うん」
風霧は下唇を強く噛み、涙をぐっと堪える。
「私は……弱い。でも、有栖川さんの遺産も見つけられずに死ぬのは嫌なんだ」
「風霧……ぃ」
拳を強く握り締め、涙が溢れないように上を向く風霧を見て、幽は彼女の強さを思い知る。
「速水碧、あなたは強いんでしょ。あの鳳からも一目置かれている。……だからお願い。有栖川さんの遺産を見つけるのを手伝ってほしい」
「暗殺学園を終わらせる指南書のこと?」
「…………そ、うだよ」
事情を知っている速水に驚く風霧だったが、形にならない言葉をなんとか吐き出す。
「分かった。風霧の願いに協力しよう」
「…………ッ!?」
断られると思っていたのか、速水の返答に目を見開く。
「でもね、必ず見つけられるってわけじゃないからね。もしかしたら既に誰かの手に回っているかもしれない」
「やれるだけのことはしたい」
風霧の目を見て、言葉を聞いて、心意気を感じて、
「君はカッコいいね。私、そういう人は嫌いじゃないよ」
速水は風霧を気に入った。
風霧の今後が気になり、期待に胸を踊らせる。
「すぐにでも準備をしないとね」
「何の準備ですか?」
「これから起こり得るあらゆることへの対策をね。──私は絶対に失敗しない自信を持てるくらいには慎重なんだよ」
速水は自信満々に笑顔を浮かべる。
それに応えて風霧も不器用に微笑む。
「よろしくね、風霧翼」
速水が差し出した手を風霧は嬉しそうに掴む。
♤
数分後、速水らが滞在しているビルに来訪者が訪れる。
腹から血を流し、今にも気絶しそうな青年。
「君は、第Ⅳクラスの住川だね」
速水は相手が誰なのかをすぐに理解し、彼が話そうとしていることに耳を傾ける。
「第Ⅳクラスは六死刑の一人と遭遇。Cクラス二名は死亡し、残る氷織と氷夜が交戦。しかし二人とも深傷を負い……」
「まさか……ッ!?」
背後で聞き耳を立てていた風霧はある結末を想定し、そうではないことを祈る。
しかし、住川は言う。
「…………殺されました」




