第五十話『降り積もる殺意の中で』
冬待の街郊外にある大規模な森林。そこにひっそりと建てられた屋敷を根城にしていた第Ⅳクラス。
だが神凪率いる第Ⅲクラスの襲撃を受け、屋敷は炎に包まれる。
第Ⅲクラスが容赦なく浴びせる攻撃に対し、後手の対応を迫られる氷夜。
槍を振り回し、本気で命を奪う気で氷夜を襲う神凪。既に体のあちこちにかすり傷を作り、防戦一方。
「吹雪、全員に通達しろ」
「今さら何をしても遅い。後手に回った時点で敗者だ」
すぐそばでAクラス黒井を相手にする氷織に指示を飛ばす氷夜に、神凪は無意味だと卑下する。
「"水遁の陣"を始めろ」
「水遁……? 火を消すつもりかな。だがそんなのが何の意味になる」
神凪が振るった槍の一撃は氷夜の腹に重く直撃する。寸前で短剣で壁を作ったが、短剣越しに伝わる衝撃が氷夜の全身を震わせる。
「氷夜……ッ!?」
「大丈夫。たかが三位。一位以外に俺を殺せる者はいない」
心配する氷織の不安を解消するため、意気揚々と宣言し、何事もなかったかのように立ち上がる。
「任せたぞ。吹雪」
氷織は頷き、黒井の攻撃をはね除けながら屋敷中に散らばった第Ⅳクラスを探して走り回る。
氷織が行ったのを確認すると、氷夜は歯を食いしばって脇腹を押さえる。
「かなり堪えているようだな」
(単純な戦闘能力では二位を遥かに上回る。さすがに上位三人は格が違う。でも──)
「早々に終わらせるよ。他の援護に回らなきゃいけないんだよ」
「なら悲しめ。俺の仲間は強いぞ」
「神に誓って言えないだろ。お前の駒はすぐに死ぬ。上位クラスに下位クラスは勝てない。それが暗殺学園での常識」
「そんなものひっくり返してやるよ。第Ⅳクラスはお前に死をもたらす」
氷夜は威勢を燃料にして飛びかかる。武器は右手に握る歪んだ短剣。
神凪は槍を握り直し、向かってくる氷夜を冷静に観察する。
「いいね。やはり勝負は真正面から堂々たり」
神凪は氷夜の攻撃を真正面から槍で受け止めた。お互いの刃がぶつかり合い、激しく火花が散る。
鉄が擦れ合う音が伝わる。
攻撃は止まず、神凪があられのように避けようもない速度で槍を穿つ。氷夜は神凪の攻撃を受け止めつつ、後ろへ後ろへと追い込まれていた。
口では勝てると吐きつつも、実力差は明らかだ。
神凪は慈悲をかけず、無慈悲な乱撃が繰り広げられる。
氷夜は全ての攻撃を捌ききれず、幾つかの攻撃が氷夜に傷跡を刻み込んでいる。
屋敷の真ん中で氷夜は膝をつく。
神凪は勝利を確信し、微笑む。
「満身創痍。これが三位と四位の差」
「……負けたぁ」
氷夜は壁に背をつけ、微かに燃える天井を眺める。
「期待外れ。お前は私の成長に起因はしなかった」
「お前は強さを求めているみたいだが、俺が求めたのはそんなものじゃない」
「何を求めた? 敗北者」
「愛だよ」
突如、屋敷のあちこちで爆発音が響く。
それとともに神凪と氷夜がいる床が傾いた。
「水遁の陣、これは火に油を注ぐ作戦だ。燃えた屋敷を更に燃やし、屋敷にいる人間を逃がさない炎の檻を作る」
神凪は振り返り、氷夜の仕掛けた策に気付いた。
先ほどまで通ってきた道は足首までしか成長していない火だったが、今では天井と繋がるほど燃えている。
その上、黒煙が立ち込め始め、視界を奪おうとしている。
「へえ、これがしたかったのか」
「強がりはやめておけ。もうお前は終わりだ」
「お前はどう助かる?」
「自己犠牲でお前を倒す。これなら上位のお前にも刃は届くだろ」
「でもね、私は強いんだよ。この程度切り抜けることだって用意さ。だからまずはお前を殺す」
氷夜の目算は外れた。
氷夜は地下に隠し通路を作っており、神凪が去ってからそこを通って逃げるつもりだった。
しかし神凪はこの状況にも関わらず氷夜を殺そうとしている。
(まずい……どうする。どう切り抜ける!?)
仕方なく短剣を構えるが、戦う余力は残っていない。
攻撃を受け止めながら屋敷の中心まで神凪を誘導するのに使った体力が大きすぎる。
「さよならだ。第四位」
神凪は心臓へ直線的な軌道で槍を突き刺す。
氷夜は短剣で受け止めようとするが、槍は短剣に触れる直前に軌道を変え、刹那の隙に額へ槍が進む。
(これは……致命的だ)
氷夜が自分の死を悟った──瞬間だった。
突如、屋敷全体に冷気が漂い、間もなくして炎は氷に侵食された。屋敷中が氷に包まれ、炎が消失する。
神凪は氷夜の額を貫く寸前で槍を止め、冷気が漂ってきた方向を見る。
そこには第ⅣクラスCクラス二人が氷漬けになって倒れている。その頭は踏まれ、砕け散る。
「……ッ」
神凪は息をのみ、たった今踏み潰した男と正面から向かい合う。
「お前は……ッ!?」
上半身に服は身につけず、短パンを履いた男。顔は布で覆われ、隠れている。
筋肉質な体つきをし、右手には棒状の物体を持っている。その先端からは冷気が放たれている。
「六死刑の一人、氷刑グレイシア」
「寒いのは嫌いか。東国の暗殺者諸君」
「バレてる……」
神凪のもとへ黒井ら第Ⅲクラスが駆けつける。
「逃げますか」
「そうだね。氷夜、あとは任せたよ」
神凪ら第Ⅲクラスは颯爽と氷をかき分けて去った。
残された氷夜へグレイシアは歩み寄る。
「氷夜、無事だね」
氷をかき分け、氷織と住川が氷夜の側に現れる。
「お前らは逃げろ。ここは俺一人で食い止める」
「駄目だよ氷夜。私との約束はまだ果たしてないんだから」
「……だが、」
「あなたが私への約束を果たそうとしているのに、私があなたへの約束を破るわけにはいかない」
氷織は逃げるつもりはない。
その意思は曲げられないと悟り残念だったが、半ば嬉しくもあった。
「住川、第Ⅵクラスに援軍を頼め」
「……彼女らにですか? 頼りになるとは思えませんが」
「ならあいつらに鎌を掛けてみろ。俺が死んだとか適当に言え。あいつらなら今の状況も全て推測できる」
「一応声は掛けます。たとえ第Ⅵクラスに対して服従の約束があるからといって、死んだという嘘を信じてしまえば約束は破棄されるのでは?」
「大丈夫。あいつらは優秀なんだよ」
「そうですか……」
第Ⅵクラスを信じる氷夜にそれ以上反論をしなかった。
そっと口を閉じ、踵を返し、氷漬けになった屋敷を去る。
屋敷には氷夜と氷織、グレイシアの三人だけ。
氷夜は氷織の手を握る。
「吹雪、死ぬ気はあるか」
氷夜は神凪との戦いで既に傷だらけ。
氷織も左腕に深傷を負い、動かすことはできない。
「ありませんよ。こんなところで死ねない」
「惚れる答えだ。やっぱ吹雪の隣は興奮する」
「私もだよ」
雪が降る夜、戦いは始まる。




