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うざいくらい慎重すぎる暗殺者  作者: 総督琉
第三章『紅夜の修学旅行』
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第四十八話『死に場所で思い出す』

 暗殺学園十三期が始まった日。

 同じ年齢の子供たちは集められた。そのほとんどが孤児であり、親のことを知らない者が多かった。

 しかし風霧は自分の親を根強く覚えている。


 六歳の頃、両親は暗殺者の手によって血に染められた。真っ赤に染まった両親を見て、幼い風霧は泣きわめいた。

 すぐに口は塞がれ、次に首もとに当てられた電撃によって意識を喪失した。

 目覚めると、周りにはたくさんの子供がいた。

 部屋の四方八方は鉄に遮られ、冷たく悲しい温度がする。


 自分がどこにいるのか見失っていた。

 齢六歳にして風霧は虚無感を飼い慣らす。


 そこで過ごす日々に何も感じず、ただ時が過ぎるのを従順に待った。

 日々見せられる銃やナイフの扱い方。幼いながらも難しい言葉を聞かせられ、銃に触れあう機会を何度も用意される。

 風霧翼は機械のように手足を動かした。


 ──彼女は虚無感を飼い慣らしているから。


 だが、転機は訪れる。


「君、随分悲しい顔をしているな」


 有栖川麗が風霧の前に現れた。

 それは風霧が施設に入ってから一年後のことだった。


「ねえ翼ちゃん。銃とかナイフとかって危ないと思わない?」


「危険を味方にできればこれほど頼りになるものはない」


 風霧は右手でナイフを華麗に回した。

 その手捌きは非常に手慣れていて、水が渦を巻くような美しささえあった。


「それは翼ちゃんの本音?」


「当たり前でしょ。私がそう思っているから」


 風霧は自分を信じる純粋な瞳で有栖川を見る。

 有栖川はわずかに目を逸らし、悲しさを漂わせている。


「ねえ、有栖川さんも虚無を飼ってるの?」


「虚無を飼う……っていうのは少し分からないけど、時々虚無感に支配されることがある」


 有栖川はナイフを床に置き、後傾姿勢で天井を仰ぎ見る。天井に吊るされた幾つものランプを見ながら、


「思考って何だろうね。思考が箱の中にしかないから他人の考えが自分の考えになる」


 マッチに火がつくような語り始めで言った。

 有栖川の心は消え行く火のように揺らいでいる。


「私たちは箱に入れられた思考を手にとって、それを自分の考えだと思い込んでいるだけ。本当は全部誰かの意思なんじゃないかって時々は思うんだよ」


 自分とは何か、有栖川にはそれがひどく曖昧なものに見えている。

 他人を見て、自分を見て、有栖川は苦しんでいる。


「本当の私なんて存在しない。私は誰かのコピーに過ぎない。そう思った時、私の存在理由が分からなくなった。そもそも七歳の時点でこんなことを思うのは傲慢かもしれない。でもね、私の中の誰かが言うんだ。そうやって」


 有栖川は心臓を抑える。

 胸元の服はしわくちゃになり、汗が滲んでいる。

 風霧は有栖川は自分とは遥かに違う虚無を感じた。


「有栖川さんは本当に七歳?」


「私は七歳だよ」


 風霧が感じ取ったのは異様さだった。自分とは違うという違和感。それは精神面ではあるが、その種類ではなく質だった。

 年齢を重ねるにつれて深く積み重なった感情のように思えた。

 風霧にとって、有栖川はお姉さん、もしくはそれ以上の存在に感じた。


「にしても疲れちゃったよ。ナイフで折り紙を切って円を作れなんてさ」


 一年以上ここで訓練を受ける風霧でさえ綺麗な円に切ることは難しい。

 だが有栖川の手もと、そこには天文学的な美しい円形が幾つも置かれていた。


「あなたはここに来るまで何をしてきたの?」


 有栖川から感じる違和感の正体に探りを入れる。


「それはね、私が()()()()教えるよ。だからその時までお預け」


 有栖川は風霧の唇に人差し指を押し当て、小悪魔っぽく笑う。




 走馬灯が脳裏を過り終える。

 意識は過去から現実に引き戻され、自分が置かれている状況を改めて直視する。


 鳳の狙撃銃が自分に向けられ、隣には頭を貫かれた海原がいる。


「……ごめんなさい有栖川さん。私は……、」


 風霧は涙を流す。

 有栖川の遺産を手に入れることができなかった。

 無念が風霧に訪れる死の悲しみを倍増させる。


「…………」


 引き金が引かれる──直前、床に亀裂が走り、鳳の意識は下に向く。亀裂は徐々に広がり、鳳は後ろに下がることで落下を防ぐ。

 鳳が先ほどまで立っていた床は崩れ落ち、そこから幽が飛び出してくる。


 風霧は幽の登場に驚き、鳳は幽が現れたことに平然としているが、わずかに微笑んでいる。


「幽仄、無事で何より」


「鳳……ッ!?」


 幽は鳳を見て背筋を震わす。

 咄嗟に戦闘態勢を取るが、鳳は銃を下ろす。


「あなたを殺すつもりはありませんよ。有栖川の遺産の在処を知っているかもしれませんから」


 全てを知っている、とでも告げるそんな一言に風霧と幽は静かに震える。

 鳳は圧倒的な優越感に浸っている。

 幽と風霧に一切の警戒をしていない。


「……お前の目的はそれか」


 幽は脅えつつ、問う。


「ええ。もし教えてくれれば命は保証しますよ。しかし言わないのであれば首から上に価値はありませんね」


「なら──」


 幽が口を開く──瞬間、鳳は幽の後ろの扉を見てわずかに眉をひそめた。

 即座に狙撃銃の銃口を幽に向ける。幽は銃口が自分に向けられていると感じ、後ろに下がる。

 その行為に鳳は銃口の動きを鈍らせる。


「駄目だ幽」


 風霧は幽の背後を見て叫ぶ。

 まさかと思い、幽は素早く後ろに振り向く。


 十三期Cクラス古木新が両手に刃を握り、一直線に幽を目指す。

 鳳と古木の直線上には幽が壁になり、直線的な攻撃である弾丸では互いに仕留められない。


 ──すみませんアリス。僕はあなたの力になれなかった。


 幽は迫り来る死を受け入れる。

 ただ刃が迫るのを恐怖に思い、有栖川の力になれなかったことを惜しく思う。


 古木の刃は完全に幽を捉える。

 鳳は第二の策に走ろうとするが、耳に届いた気配を知り、指先の一本も動かさずに止まる。視線を幽周辺に集中する。


 閃光が幽の背後に落ちる。

 とともに、真っ赤な真珠が空を踊る。


 一瞬の静寂。

 静寂を晴らしたのはナイフが床に落ちる音。

 幽は振り返り、背後で起きた事象を知る。


「…………ぐッ」


 古木は両腕から血を流して膝をついている。よく見ると右足からも血を流している。


「お前は……ッ!」


 両腕を垂らしながら、古木は閃光が放たれた方向を見る。

 窓の方を見ると、大通りを挟んで対面にあるビルの屋上に狙撃銃を構えた女子生徒が立っている。


 彼女は三階はある建物の屋上からこの建物のビルにワイヤーを張り、ワイヤーを滑って古木らの前に現れた。


「古木新。──私の仲間に何をしている」


 速水碧。

 彼女は殺意を連れて現れた。


「お前……教師に歯向かうとはどういうつもりだ」


 速水は臆することなく笑い、


「暗殺学園は弱肉強食。弱い者から死んでいく」


「…………」


「だから、あなたもここで終わりですね」


「何をする気だ。それ以上は……」


 速水は狙撃銃を古木の頭に当てる。

 古木の力みすぎた目は焦点を失ったかのように震え、全身が硬直する。


 速水はそっと一言、素っ気なく、


「さようなら。古木新」

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