第四十二話『一色と白上』
修学旅行が始まった。
修学旅行はそれぞれ好きな人数で班を作り、冬待の街を散策するというもの。
暗殺者が動きやすいようになっている。
真っ先に動いたのは鳳が率いる第Ⅰクラス。
特待Aクラス主席鳳凛香。
Aクラス主席王子・第二席不和。
Bクラス主席一色・第二席白上。
Cクラス主席風霧・第二席海原。
服装は全員さりげない私服を志しているが、私服の下には何重もの服を纏っている。
全員が斑鳩から潜入している『見えざる手』の情報を受け取っている。
鳳は『見えざる手』所属の人物を見つけると、最初は何事もなく通りすぎた。
「さて、何か言うことはあるか」
第Ⅰクラスへ問いかけが行われる。
鳳は決して他人に対して期待はしない。この行為もスパイに気付けるか期待しているわけではなく、個々の能力を正確に判断するための一因に過ぎない。
足手まといになるか否か、捨て駒にできるか否か、相手にすればどうか、といった具合に。
「今通りすぎたレストランの窓拭きをしていた人物、彼はスパイで間違いないでしょう」
Bクラス主席一色が言う。
彼女の言った内容に王子、不和、白上が同調する。
「なるほど」
鳳の目は風霧と海原を捉えるが、これといって苦言を呈することはしない。
力量を測るだけで、育てようとしているわけではない。
「早速葬りましょうか。まずは一色さんと白上さん。あそこにいるスパイを殺してみなさい」
鳳はファミレスのある方角を指差す。
一瞬の硬直。すぐに二人は承諾し、ファミレスに向かった。
鳳はファミレスの三つ目隣にある喫茶店に入り、一服する。
一色と白上はファミレスの横にある小さな路地に隠れる。
防犯カメラはなく、路地裏に面している壁には窓が一つしかないため、そこを用心深く警戒していれば誰かに見られることもない。
「白上、初の共同任務だね。戦える?」
「そのために今日まで暗殺術を鍛えてきたんだよ」
二人は顔を見合わせ、頷き合う。
直後に二人はナイフを取り出し、手首あたりの袖に隠す。
「さあ行こう」
暗殺の方法は必ずしも一つではない。
暗殺者は独自に暗殺法を見出だし、己の能力を最大限発揮できる状態において確実な暗殺ができる。
必ずしもその状態で暗殺を行えるわけではない。
だが一人であればあらゆる状況に行う策の数が減少する。二人であるよりも。
窮地にこそ暗殺者は真価を問われる。
覚醒か、それとも死か。
しかしある程度鍛えられた暗殺者に窮地が訪れることはそうあることではない。
今回のように。
まず一色は路地裏にタバコの灰が落ちているのを見つける。だがタバコの灰は一見分からないような場所にあり、隠されたようだった。
白上はそれが日々隠すことが癖になっている人物の行動と考え、『見えざる手』の男だと想定。
二人は息を殺し、男がタバコを吸いに来るのを待った。扉が開き男の顔が見えた瞬間、二人は合図もなく同時に襲いかかる。
男は気配に気付くが、既にその時白上のナイフが額を突き刺そうとしていた。必中の軌道を描くナイフ。しかし銀刃は空を切り、同時に白上の腹に衝撃が走る。
「ぐはっ……!」
白上の腹には男の拳がめり込んでいた。後ろに吹き飛び、硬い床に放り出される。
一つの窮地を振り切ったところで、男に迫る刃は一つではない。
背後から迫る一色。男は気配を感じていたが、かわすことは難しい。一色の刃は男の太い腕を掠り、首を貫く。
たちまち男は絶命した。
暗殺者らしくない息の合ったコンビネーションで相手を翻弄し、気付いた時には対象は既に致命傷を受ける。
とはいかなかったものの、スマートな暗殺ではあった。
と、喫茶店にいた速水は評価する。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「くっ……、はぁ……」
暗殺を終えた一色と白上。
二人は手には汗が溢れている。
今回の暗殺はそれほどに鬼気迫る一瞬であり、命が天秤で揺らいでいるようだった。
路地裏、一色と白上の足下には男が首から血を流して倒れている。
一色は男の胸ポケットから身分が分かる物を入手していた。
「やっぱり『見えざる手』の諜報員みたいだね」
「諜報員と言っても多少戦闘の心構えはあるみたいだね」
「ヒヤッとしたよ」
腹を押さえながら起き上がる白上。
表情はやや険しい。
「大丈夫?」
「浅かったからそれほど痛みは感じないけど、やっぱ実戦は……さすがに怖い」
暗殺学園では多くの暗殺訓練を積んだが、実戦と訓練での違いを身に染みて感じる。
「卒業試験とも違う。卒業試験は相手が弱かった。だけど今回は相手も強い。多分こんな戦闘を何度も繰り返すんだろうね」
「何で私たち、暗殺者なんだろう」
そう呟く白上の視線の先、大通りを楽しげに歩く女子高生らが映る。
一色は何も言わず、男の死体をアタッシュケースに詰める。
喫茶店で待つ鳳ら第Ⅰクラス。
鳳と王子は喫茶店で紅茶を嗜む中、風霧と海原は携帯端末のメモ機能を使って会話をしている。
絶妙に相手に見える距離で文字を入力し、端から見れば携帯をいじっているだけにしか見えない。
『鳳さん。あいつら二人何か企んでいるみたいですけど大丈夫ですか』
王子はそう書いた髪を机の下から鳳に見せる。
鳳は一切視線を落とさなかったものの、王子の伝言は届いている。
「大丈夫です。彼らの行動は私の策を遂行する上で必要になります。今は放任しておくのが一番です」
鳳は内心でそう思いながらも、言葉には発することはない。
ただ不安などない様子で鳳は耳に髪をかける。
返答がなく、ただ凛然とする鳳に王子は伝言が届いているのか不安に思う。
これ以上聞くこともできないため、王子は静かに周囲の様子を観察していた。
しばらく待っていると、一色と白上が喫茶店に入る。
場所を伝えていなかったが、一色の観察眼は居場所を見抜いていた。
席は窓ガラス越しにあるテーブル席のため、いずれにせよ見つかるのも時間の問題だった。
二人が席につくと、鳳はティーカップを受け皿に置いた。
そして一言、
「ここからは自由行動を許可します」
「…………っ!?」
風霧が目を見開き、反応する。
「諜報員を殺すも良し。何もせず観光するのも許可します。いずれにせよ、私がどのクラスよりも多く諜報員を殺すので心配はありません」
全員が鳳に何か裏があるのだと疑うが、誰も反論はしない。
「王子、あなたは私とともに来なさい」
「分かりました」
鳳と王子が去るまで、誰もその場を動けなかった。
「期待していますよ。風霧」
静かに告げる未来への布石。