第三十九話『第二の遺言』
大広間での話し合いが終わると、幽のもとへ二人のCクラス生が歩み寄った。
Cクラス主席風霧翼、第二席海原落。
「幽君。こんにちは」
「元気にしてたか」
風霧は耳に被さる髪を耳にかけ、心が温まるような笑みで挨拶する。
海原はがっしりとした筋肉を強調するように腕を組み、海を背景に褌を履いているような雰囲気を醸し出している。
陽気な二人の挨拶に対し、幽は口を閉じたまま微かに会釈する。
「君は相変わらず無口だね」
「…………」
風霧はにっこりと笑みを浮かべる。
年齢は同じはずだが、幽は弟、風霧は姉のように見える。
「早く本題に入ってほしいんでしょ。分かってます。しかしここでするべき話ではないので、別の場所に移動しませんか」
幽は若干警戒していた。
風霧と海原はCクラス時代のクラスメート。二人は有栖川の側近であり、有栖川に忠実だった。
これから風霧が話そうとしているのは有栖川についてではないかと恐れていた。
有栖川が救われるなら、速水らの敵になることも厭わない。
そんな考えが幽の中には微かにある。
幽は風霧の話を聞くか迷った。幸いにも速水と宮園、赤羽は既に大広間から姿を消している。自然と足を風霧に合わせて動かした。
旧校舎に隣接する多くの木々。
その果てにフェンスがあり、その奥にもまた木々がつらなっている。
三人はフェンス付近で立ち止まった。
「こんなところじゃなきゃ話せない……か」
普通の話ではないことは察することができる。誰にも聞かれたくない、それが顕著に行動に表れている。
風霧もそのことを察してほしいようだった。
「幽君、君は有栖川さんのことが好きだったでしょ」
「……アリスの話?」
「これから有栖川さんについての話をする。聞きたくなければこの場を去っても良いよ」
幽はしゃがみこみ、地に尻をつけ、小さく丸まる。数秒経っても幽はその場を動かなかった。
風霧は肯定と受け取り、話をし始める。
「今回の修学旅行先は有栖川が卒業試験を行った場所かもしれない」
「何でそんなことが分かる」
幽は顔を膝の間に入れたまま訊く。
「鳳さんが話しているのをたまたま聞いたんです。あの人が言っているなら間違いないですよ」
特待Aクラス主席鳳凛香。
どのクラスの生徒も彼女のことを知っている。
それほどに彼女の才能はこの暗殺学園で飛び抜けて優れている。
「その場所が何? まさか墓参りでもしようって話をしに来たの」
「違うよ。今回の件は私が有栖川さんから受け取った遺言の内容と関連があったからなの」
「遺言……?」
有栖川は暗殺学園転覆の協力者全員にそれぞれ違った内容の遺言を遺している。
漆原の場合、ある実験のデータが保存してあるSDカード。
「私が受け取ったのは暗殺学園転覆までの指南書。一ページだけ。本当はもっとあるんだって」
「信頼されてないんじゃない」
幽は辛辣に言葉を吐く。
風霧は顔を歪めて愛想よく笑い、
「そうかもしれないね。確かに一ページだったけど、そこにはこう書かれてたの。──私が死ぬ場所に残るページ全てを置いておく」
幽はハッと顔を上げた。
「どうしたの?」
「アリスは……自分が死ぬことが分かっていたのかな?」
「どうだろうね。でも遺言の存在を告げたのが卒業試験付近ということを考えると、自分の死を予見していたんじゃないかな」
有栖川が死んだのは卒業試験の日。
幽はため息をつくと、しばらく無言で下を向いた。
風霧は幽が何か聞きたいことがあると勘づいた。
Cクラスにいる間、風霧はクラス全員のことをよく観察していた。
「ねえ、遺言って協力者は全員受け取ってるんだよね」
「うん。有栖川さんの計画を知っている人は全員受け取ってるはずだよ」
「じゃあさ、どうして僕には遺言がないんだ」
幽は目にいっぱいの涙を浮かべていた。
風霧は幽が涙を流しているのを初めて見て驚いた。
幽が涙を流している意味を考え、しばらく無言で幽を見た。
「僕は、あの人に……信頼されてなかったのかな。僕は……あの人の力にはなれない……」
遺言を受け取っていない。それは有栖川から信頼されていない、という証明だと幽は自分を卑下する。
幽は何度か有栖川と話をし、暗殺学園転覆の計画も知らされている。だが遺言を受け取っていない。
有栖川を思う気持ちは本人には届いていなかった。
幽は悲しみを包み隠さなかった。包み隠せるほどの辛さを超えたのかもしれない。
感情を吐露する幽。
それほどに有栖川のことを思っているとは、風霧も海原も予想していなかった。
本当に彼が幽なのか、疑いさえ抱くほどに。
「お前、有栖川が好きか?」
「……うん」
「なら俺たちと一緒に来い。俺たちは有栖川の指南書を見つけ、有栖川の悲願を果たす」
海原は踞る幽に手を差し伸べる。
隣に立つ風霧は海原を止めようとする。
「感情的になってる時に誘っても……」
「感情のままに従えば良い。それが本心だろ」
海原は依然として幽を待つ。
幽は顔を上げる。
「…………」
海原は幽が出す答えを待つ。
「僕は──」




