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うざいくらい慎重すぎる暗殺者  作者: 総督琉
第二章後編『速水碧の秘密』
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第三十四話『扉の先で』

「聞いての通り、タイムリミットは一分だ。その内にオレの作戦を止められなければお前は負ける。隣の部屋へも行けちゃう」


 トランシーバーを通じての会話が行われていた。幽に聞こえたのは赤羽の一言だけ。それ以前にどのような会話がなされていたのかは不明だ。

 ブラフであるかはともかく、赤羽は既に動ける状況にはない。その上、扉を壊すにも不可能だ。


「残る爆弾は一つだろ。それで何ができる」


「さあな。自分でも分からないよ」


「……はっ?」


「速水を救いに来たのか、先輩を救いに来たのか、ここに来る前に覚悟は決めたはずなんだがな。結局揺らいでいるんだ」


 赤羽は苦しんでいた。どちらかを選ぶということは、どちらかを見殺しにするということ。

 有栖川を生き返らせたいという気持ちは強い。だがそれでも、速水碧を殺していい理由にはならない。


「臆病者だ。半端者だ。お前はここに来るべきじゃない。どうしてアリスがお前に期待していたか、理解できない」


「期待……してくれていたんだな」


「どうしてお前だけが期待される。ふっざけるな。迷っているお前を見たら、アリスは失望するだろう」


「いいや、先輩なら決して失望なんてしない」


 赤羽は知っている。

 有栖川から聞いた。なぜ暗殺学園に反逆を企てたのか。

 そこでの有栖川の回答は、──誰かが大切にしたい命を奪うってこと。それは間違っている。

 大切な命を奪うことを躊躇っていた有栖川であれば、迷う赤羽を非難したりしない。


「幽、お前も先輩に魅了された一人なんだろ。オレもその一人だ」


「なら迷わないはずだ」


「迷うに決まっている。お前にとって大切なのは先輩だけ。だけどオレはどちらも大切で、救いたいと思ってる」


 幽が知っているのは有栖川麗だけ。

 赤羽は有栖川との思い出もあるが、同時に速水碧を思っている。きっかけは速水に有栖川の面影を感じたこと。

 その原因が心臓にあるかどうかは関係ない。赤羽は速水という人物に魅了された。


「オレは先輩を救いたい。それでも──」


 赤羽は結論を出した。

 有栖川を信じているから、有栖川の願望を知っているから。

 なぜ彼女が暗殺学園を滅ぼそうとしたのか。なぜ彼女が暗殺者のいない世界を望んだのか。


「オレは速水を助けるよ」


 迷いながら、捻り出した答え。

 幽が抱く激情は炎火の如く燃え広がる。


「慈悲は燃え尽きた。さよならイカロス。今度は羽もろとも命を奪う。有栖川を救って暗殺学園を滅ぼすためにも」


「違うな幽。お前じゃ戯言だ」


 腹を刺され、大量出血するはずの赤羽。それを感じさせない軽快なステップを踏み、幽が振り下ろすナイフをかわした。

 赤羽は服の内側から赤い液体がどっぷりと入った袋を取り出し、床に放り投げる。


「血糊!? ってことは……」


「どうせ見切ることはできない。だから最初から受けること前提で備えておいた。予想通り腹を狙ったな」


 腹に負った傷実はわずかなものだった。血糊がナイフを浅くし、傷口にかすかに触れる程度だった。


「二度も同じ手をくらうかよ」


 幽が振り下ろしたナイフは赤羽の蹴りを受け、部屋の隅に転がった。

 赤羽は一歩踏み出し、幽の腹部に強く握り締めた拳の一撃を浴びせる。


「そのまま返すぜ。痛みを丸ごと」


「ぐはっ……っ」


 幽は安定を失い、地から離れた足は泳いでいるように拠り所を失い、鉄の床に大転倒。

 その間に赤羽は爆弾を掴み、投球フォームに入る。

 止めに入ろうとするが、先ほどの爆弾の威力と壁の頑丈さを鑑みて、焦る気は失せた。


「だから言っているだろ。そこだけは圧倒的頑丈さを誇る。その程度の爆弾じゃ無意味だって」


 幽の忠告に耳を傾けることなく、思い通りにいくという確信を持って爆弾を投擲する。爆弾は扉に投げられたが、なぜか天井スレスレで弧を描いている。


「なぜ天井を……」


「ちょうど一分だ」


 困惑している幽に赤羽は答えを提示する。それはトランシーバーで言っていた一分という時間。

 作戦遂行までにかかる時間だ。それは赤羽が実行までにかかる時間ではなく、協力者があるものを仕掛けるまでにかかる時間だった。


 ここ地下一階の上には屋内プールが設置されている。丁度真上の位置。

 幽はある懸念を抱くが、まさかと疑う。

 爆弾で入る亀裂はそこまで大きくはない。だが壁はどれだけ頑丈でも無傷とは言わない。ある程度クレーターができ、壁は欠ける。

 もしそこに重たくのし掛かる重量があるとすれば、大量の水が小さな道を少しずつ切り開くとしたら。


 赤羽が投げた爆弾が天井と扉の狭間で爆裂する。ほぼ同じタイミングで、天井の上からも音がする。同じく爆弾が弾けるような音。


「……お前、嘘だろ」


 もし仮説が正しいとすれば、大量の水がここへ流れ出る。天井をぶち壊し、運が良ければ扉も破壊できる。

 だがプールを埋める水の総量はこの地下空間を簡単に埋め尽くすことができる。


 二人が息を飲み、見上げた先。

 小さな亀裂が徐々に広がり、やがて水が流れ出した。その瞬間を皮切りに、大量の水が天井を破壊して地下に溢れる。

 水に押し潰されたか、扉の上半分もバラバラに砕けている。


 幽は爆破された通路を通ってこの場を去ろうとしていた。丁度波の流れもその道で流れている。

 振り返り、赤羽の様子を見る。

 水に押し潰され、腹の傷が広がりながらも、彼は半壊した扉にしがみついていた。分厚い水流を堪え、扉の先へ向かう。


(どうしてお前はそこまでできる)


 赤羽は力を振り絞り、扉を越えた。


(速水。オレはお前を救うんだ。だから──)


 扉の先の景色。

 見間違いであればどれだけ楽だったか。


 水中に浮かぶ三つの肉体。一つは心臓のない有栖川麗。一つは黒衣に全身を包んだ謎の人物。そして一つは、心臓に穴が空いた速水碧だった。

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