第三十二話『冥土の道に王はなく』
旧校舎に隣接する総合体育館。
プールやバレーコート、他にも様々なスポーツができるような施設が備わっている。
現在では新校舎付近に作られた体育館が使用されているため、この場所はもう閉鎖されている。
体育館の地下一階。
幽が背をつけて座り込む扉には鎖が巻きつき、固く施錠されている。誰一人として侵入を拒むという鉄の意思が伝わる。
門番らしく立ち塞がる幽は、防音の扉に耳を傾けていた。どれだけ意識を集中させても聞こえるはずがないが、それでも何かしていなければ気持ちが収まらなかった。
「アリス。本当に生き返るんですか」
ある人物と話し込んだ暗い部屋。何も見えない暗がりの中、照らされた鉄の台には動かなくなったそれ──有栖川麗の死体があった。
不自然に心臓のない遺体だ。
幽は有栖川麗を慕っていた。
Cクラス末席だった幽が赤羽との戦いで勝利したのは、有栖川がいたからといっても過言ではない。
彼女の教訓がなければ幽は強くなることをせず、そもそもそれを望まなかった。
幽は自分を強くしてくれたことに対して、有栖川に感謝している。
自分の成長を見てほしかった。そのため、有栖川には生きていてほしかった。
有栖川が生き返るのであれば、どんなことであろうと実行するのは厭わない。事実、赤羽に致命傷を負わせ、速水を永眠の道へ誘った。
扉の向こうにいるであろう人物に速水を差し出したということは、つまりそういうことだ。
おそらく速水は暗い部屋のどこかで眠っていることだろう。そしてこれから死ぬだろう。
「確か暗殺学園では、他人に対して情など抱いてはいけない。だが、アリスに生きてほしいと願った」
幽は憂鬱だった。
アリスが死んだあの日からずっと。
「赤羽クロウはアリスを慕っていただろうか」
ふと、幽の脳裏に蘇る会話。
有栖川は赤羽のことをよく話した。赤羽がBクラスに上がってからも、頻繁に心配の言葉を漏らしていた。
もし赤羽がこの件の詳細を知れば、どんな行動を選ぶのか。幽は赤羽に興味の眼差しを向けていた。
幽は予感していた。
誰かがここを嗅ぎつける。その時はもうすぐ……
幽が見つめている先は、扉だった。幽がいるこの空間まで来るには、何重もの防犯扉のセキュリティを解除しなければいけない。
指紋認証や暗号認証、知力認証など、様々なロックがかけられている。合計八つの扉を通り、ようやく幽がいる場所までたどり着ける。
当然のごとく、全ての認証を突破することはできない。だがそれは、真面目に認証を破ろうとすればの話。
雷が落ちたような轟音が轟くとともに、わずかに揺れが生じる。一度だけではなく、二度三度と、何度も轟音が響き渡る。
音は徐々に近づき、とうとう幽のすぐ目の前まで接近する。
「そうか。そう来るか」
幽は扉一枚の先にいる相手を理解する。それがいったい誰なのか。
腰に隠し持っていたナイフを右手に握り、迎撃の構えをとる。
音が近くでなれば、それが何の音かは理解できる。
分厚い鉄の扉を次々と爆発させ、侵入者はここまで来ている。
『地下一階で爆発を確認。近くにいる人は直ちに避難してください』
ちょうど地下一階にサイレンが鳴り響いた。予めシステムされた合成音声が館内に響く。やかましいサイレンを掻き消すようなドでかい爆発が轟くと、幽の目の前にあった扉が煙を上げて倒れた。
煙の奥で動く人影を見つける。それは徐々に煙をかき分け、姿を見せる。
扉を踏みつけ、正体を晒す一人の人物。彼はまるで好敵手のごとく佇まいで現れた。
「会いに来たよ。──先輩」
「来たか。赤羽クロウ」
爆炎を背景に睨み合う二人の暗殺者。
互いに思うところがあるのか、多くの言葉は交わさない。たった一言、互いに重ねる。
「「殺してやる」」