第二十六話『空っぽに薬莢をつめて』
「速水碧。お前はオレが殺したはずだ」
赤羽は速水が生きていることに驚愕した。
スコープに映った彼女は真っ赤に染まったはず。では今目の前にいるのはいったい誰か。
「殺す? そういえば先ほど銃声を聞いた。お前は一体何を撃った」
「銃声を……聞いた!?」
赤羽の視線はスナイパーライフルに向けられる。銃口にはサイレンサーが付属している。
つられて速水もスナイパーライフルに目を落とす。
「……まさか」
速水はある考えに思い至った。
なぜ赤羽が速水を殺したと思い込んだのか。普段の速水であれば簡単に思い至ったことだ。
視線は自ずと窓の外、校庭に向く。窓縁に体を押し当て、血眼になる。
校庭に転がる一人の女子生徒。頭から血を流して倒れている。
それが誰か、一瞬で理解する。
「宮園、どうして……」
悲しみが心を支配した。後悔が自分を飲み込んだ。
涙が溢れた。
心臓が痛いほど鼓動する。
速水は胸を押さえてしゃがみこみ、顔いっぱいに冷や汗をかき、苦悶の表情を浮かべた。
「速水……?」
首を傾げてわずかに表情を歪ませる赤羽。
言葉を発することもなく、顔を伏せた速水に空洞を見つめるような視線を送る。
彼は戸惑いを隠せなかった。自分の暗殺を澄ました顔で回避した強靭な相手が、たった一人の死で深く動揺したからだ。
彼はそれに違和感を感じていた。
それは最も重要なことに思えた気がした。
「赤羽、私を殺さないのか」
「今のあなたを殺したところで何になるんですか。多分、あなたの命を奪うことに意味はない」
速水の背中は、赤羽の殺意を消失させるほど淡く、気泡のようなものに変わるほど空しいものだった。
「オレはあなたを超人だと思っていた。しかし間違っていた。あなたは暗殺者ですか。それとも学生ですか」
「私は……」
雷が落ちるような衝撃が速水の頭を直撃する。頭を押さえ、しゃがみこむ。
未知の痛みに支配され、知らない記憶が脳を埋め尽くした。
「何……、この気持ちは。脳が崩れてしまうような、痛いほどの刺激…………」
その時、速水碧の心臓に刻まれた記憶が蘇る。
「そろそろだと思っていたよ。君の心臓が目を覚ますのが」
白髪に白い肌、白い衣装を身に纏い、白い瞳を持つ少年。
Cクラス末席、幽仄。
「ようやく君を拝むことができた」
少年は口に微笑を浮かべた。
「おはよう。首なしアリス」