第二十五話『後悔を超えたかったから』
戦いが始まる数分前、宮園は速水と作戦を確認していた。
速水は気丈に振る舞ってはいたものの、笑顔が歪んでいるのを宮園は分かっている。
宮園は昨夜から、物思いに耽っていた。
あの時、どうして速水に手を伸ばさなかったのか、と。
ずっと自分を恨んでいる。憎んでいる。
全てを速水に任せてしまった。それが間違いだと、どうして気付かなかったのだろう。
「これで作戦は以上だ。あとは昨夜みっちり仕込んだ技を活かせるかどうかだ」
「はい……」
私は力のない返事をした。
「不安か?」
速水は見抜いていた。
だが見抜いていたのはいつもより元気がない、という点であって、その理由ではない。
「私は、迷っている」
「奇遇だな。私もだ」
「そう……」
会話はそれきり途切れた。
互いの胸の内は、よく似ている。
「じゃあ私は例の場所に待機しておくよ。あ、その前に、鳳さんから伝言を頼まれてたんだ」
宮園は唾をのみ、一瞬の間を開け、
「旧校舎地下に来てほしいって」
嘘をついた。
速水を戦いから遠ざけるような、真っ赤な嘘を。
速水は宮園の言葉を信じ、旧校舎地下に向かった。その間、宮園は速水に変装し、校庭で八神と接触した。
癖や喋り方、表面的なことを側で見てきた。演じることは簡単だった。
八神は変装を見抜けなかった。
だからこそ、赤羽の銃弾が胸を射抜いたことに驚きを隠せなかった。
「こんな簡単に死ぬはずが……っ」
八神は呆然と立ち尽くしていた。
この計画は練られていた。だが成功したことへの驚きが、想定を遥かに凌駕した。
目の前でむなしく倒れていく彼女の姿が、やけに悲しく感じられた。
「これで少しは超えられたかな……」
生と死の間際で、宮園潮は嘆いた。
(ダメだよ速水。私の中にある悲しみは消えてくれないみたいだ)
痛みに支配される世界で聞いたのは、涙が落ちる音だった。
この行為で自分の中にあるモヤモヤは消えると信じていた。だがこの行為の結果にあったのは似たような感情だった。
(私はまた、一人の世界に落ちていく)
死神が鎌を振り下ろす風切り音とともに、
(もう会えなくなるね。速水)
宮園はそっと目を閉じた。
♤
校庭で血まみれになって倒れている少女がいた。
赤羽はスコープで彼女が死んだことを確認すると、今まで味わったことのない震えに支配されていた。
「オレは、殺したのか……」
手のひらいっぱいの後悔を抱える。
本当に殺すべきだったのか、何度も脳裏を過る
無数の感情が渦巻き、心をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。
正気が保てない。
モヤモヤが心の隙間という隙間に入り込む。
その渦中、足音を聞いた。
足音は旧校舎三階に息を潜めていた赤羽のもとに向かっている。
「宮園か……?」
息を殺し、教卓の下に隠れる。スナイパーライフルを下ろし、腰から拳銃を取り出す。入っているのは実弾。
足音は赤羽のいる教室で止まる。
唾は喉を上手く通らず、発汗で拳銃がびしょびしょになっている。
ゆっくりと扉が開かれる。
足音の主に見つからないよう、そっと顔を出す。瞬間、何かが発光した。
反射的に目を閉じ、急いで机の中に隠れる。わずかに物音が生じ、冷や汗をかいて焦る。
足音は机に向かい、すぐそばで停止した。
心臓は時限爆弾のようにバクバクと爆音を奏でる。
足が停止したかと思うと、顔が机の中に降りていく。輪郭が見え、次に口、徐々に鼻が見えてくる。
拳銃を構えようにも、速水を殺した時の感触が手のひらに泥のように残っている。それが指を硬直させる。
だが、足音の正体が誰か知った瞬間、赤羽の全身を電気が走った。
吐き気のような気持ち悪さ。
「赤羽か」
「速水碧。どうしてお前がここにいる」
必然的に、旧校舎にいた赤羽は速水に会った。




