第二十四話『始まりを告げる音』
第ⅤクラスVS第Ⅵクラスの戦いが始まる。
場所は校舎全域。ただし授業中のクラスに迷惑をかけないことを前提とされている。
だが授業をサボり、見学している者がちらほらと見掛けられた。そのほとんどが暗殺者だ。
「リーダー。この勝負、勝つのはどっちだと思いますか」
Aクラス主席王子は、審判を務める鳳に問いかける。
校舎の屋上に立ち、まるで全域を見渡しているように見下ろしている。
風で髪が揺れるのを手で押さえる。
「順当に考えれば第Ⅴクラスだ。人数差が圧倒的なことに加え、水鉄砲では一対多数において逆転は高難易度」
「スナイパーみたいなことができませんからね。倒すとなれば近接、よくても中距離戦になってしまう。そうなれば大多数に囲まれてすぐに結末ですよ」
王子はこの戦いを楽しみにしている鳳の心境が理解できなかった。
たとえ奇跡が起こっても、形勢が逆転することなど不可能。
王子がそう考える理由はそれだけではない。
横目で鳳を見て、「容赦がない人ですね」と本音を漏らす。
「こんな小細工で死ぬようなら私の相手にはならないよ。ここで彼女の真価を見定める」
鳳はニヤリと笑い、校庭で八神と向き合う速水に意識を移す。
「さて、どう覆す。この窮境を」
♤
旧校舎三階に彼はいた。
燃えるような赤い瞳を揺らめかせている。
彼の手に握られていたのは水鉄砲とは到底思えないほど、鉄のにおいがする狙撃銃だった。
「……落ち着け。落ち着け」
赤羽の精神は不安定に乱れていた。
速水への憧憬が宿ったと思えば、それが一瞬で殺意に変わる。喉が乾いたと思えば、それが殺意に転換する。
まるで他者の介入を受けたような不安定さ。背中に感じる熱が、赤羽から殺意を消してくれない。
頭を抱え、床を見る。
亀裂が走った床からは石片が剥がれ落ちている。それを手に取り、ぐっと握り締める。圧を受けた石片は脆く、粉々に砕けた。
「…………」
速水を殺すことを躊躇っている。
速水がどことなく有栖川に似ているようで、彼女に希望を抱いた。
体力測定暗殺終わりに速水が言った台詞が頭を離れない。無意識に速水と有栖川を重ねている。
これから赤羽はその命を奪う。
速水を殺せば、鳳が有栖川の願いを叶えてくれる。赤羽が何よりも望んでいたのは有栖川の願望の成就だ。
ただ有栖川に似ているというだけで、殺すことを躊躇えば願望の成就には届かない。
自分の力では叶わないことを知っている。だから頼るべきは自分より強く、学園で最も強い人物。その可能性がある鳳であれば願いは叶うと信じた。
「殺せ、殺せ、殺せ、殺せ──」
自分に何度も呼び掛ける。
己を奮い立たせ、銃口を校庭にいる速水に向ける。
壁にかかった時計に一瞬だけ目を移す。
時刻は戦いが始まる一分前に差し掛かった。
銃を持つ手は、氷にでも触れているように震えていた。引き金に差し込んだ指が脅えている。
「──銃の持ち方はしっかり教えたでしょ」
ふと、有栖川の幻聴が聞こえる。
もういないはずの人の声が、記憶とともに蘇る。
「分かっています。有栖川先輩」
身体中の力を指先に集める。
「オレが成すべきは全ての暗殺者の抹消。その第一歩に、速水碧を殺す」
時刻はもうすぐ、戦いが始まる時間に差し掛かる。
♤
校庭に二人。
特待Aクラスの八神と速水。
お互いに互いを警戒しながら、向き合って話す。
「ルールの確認は以上だ。気になることは?」
八神はこの戦いのルールを一通り話し終えた。
「タイムリミットはどうする?」
「長引くのは嫌いだ」
八神は一呼吸置き、イヤホンがしてある右耳に手を当てる。
「二日で終わらせよう。もし二日経っても決着がつかなかった場合、お前の敗けでいいか」
「ああ。そうだな」
速水は淡々と返事をした。
八神は不気味さを感じていた。目の前にいる速水は、本当に速水だろうか。
どこか覇気を失い、気迫を喪失しているように思えてならない。
「あと十秒で始まる。もうこの場を離れても構わないぞ」
八神の忠告に対し、速水は虚ろな目で沈黙した。
たとえば、全身にダイナマイトを巻かれているにもかかわらず平然としているような、後頭部に当てられた銃口から火花が散るのも躊躇わないような、首に縄をかけられても快く受け入れてしまうような……。
「速水、お前は……」
十秒が経った。
瞬間、聞こえるはずのない一発の銃声を聞いた速水の胸を、銃弾が撃ち抜いた。
「────サヨナラ」