第十五話『体力測定』
二時限目、体育。
今日は体力測定を行うため、二時限目から四時限目まで体育となる。
まず速水のクラスは握力測定を行う。
赤羽は速水の順番が回ってくる直前、持ち手の部分に毒を塗った。握れば即全身に激痛が走る。
しかし、
「宮園もちゃんと消毒してから測ろうね」
速水と宮園は握力計を消毒液できれいに除菌し、使う前よりもきれいな状態に磨いた。
毒の暗殺はあっさりと失敗した。
「やべっ。100kg出ちゃった」
「戻しましょ戻しましょ」
握力計の針が一周しそうなほど動いた。
速水はすぐに上手く力を抜き、クラス内女子の平均にあたる記録ーー31kgを叩き出した。
次の種目はソフトボール投げ。
速水に渡されたボールは、一見だけならばソフトボールと見間違える。だが実は爆弾であり、投げる際の衝撃で爆発するというもの。
速水は地を削り、足を引き、思い切り投げるーー直前で力を抜き、十六メートルで落下した。
赤羽は爆弾の仕組みに気付いたのかと疑った。だがボールは落下しても爆発しない。
「気付いていた!? いつだ」
赤羽は直接速水にボールを渡した。そのボールは赤羽が昨晩作っておいたもの。この時まで倉庫の天井裏に隠していた。
では、なぜその爆破機能が断たれているか。
「これも読んでいたのか。その上で堂々と投げやがった……」
速水にことごとく策を潰される。
「まだ楽しめないな」
上体起こしでは速水とペアを組むことになった。
赤羽はナイフを隠し持っていた。たとえ速水が気付いていようと、隙をゼロにすることは限りなく無理だ。
堂々と、至近距離から刺殺を企む。
「速水。本当にオレと組んで良かったの?」
「逃げる必要もない。お前じゃ力不足だよ」
「油断しすぎ。死んじゃうよ」
「言葉は不要だ。いい加減始めるぞ」
自分の命が狙われていながら、慌てる様子はなく、気を動転させることもなく、落ち着いたトーンで話す。
速水がマットに仰向けに寝転がり、速水の足を片腕で押さえる。もう片方の腕でナイフを取り出そうとしたが、その前に足で腕を掴まれた。
逃れようにも強靭な脚力からは抜け出せない。そのまま速水は平然とした顔で上体起こしを続けた。
きれいなフォームで、クラスの平均あたりの記録ーー二十五回を叩き出す。
終始、少しの狂いもなく宮園とペースを合わせていた。それほどの余裕を交えながら。
「まだ殺さないの?」
速水の煽りが赤羽に突き刺さる。
爪が食い込むほど拳を握り締め、唇を噛む。
長座体前屈では、伸びをしている無防備な背中にナイフを振り下ろす。
確かにナイフは背中に当たった。しかし体操服の内側に身につけた鉄の鎧が刃を防いだ。
「頭を狙うべきだったね」
鎧という、予想外の事態に赤羽の思考は鈍っていた。
たとえ頭を狙っていたとしても、鎖かたびらのかつらが刃を防いでいただろう。
「まだかな? 本気は」
「ちっ……」
自然と舌打ちがこぼれた。
立ち幅跳びでは、着地する砂の中を針山にしておいた。たとえ他の生徒が怪我をしようと関係ない。
だが速水に続き、他の生徒全員が無傷で立ち幅跳びを終える。
「なんで……」
続く赤羽の番。
最悪自分が怪我をするかもしれない。足を針で貫かれれば、本当に速水を仕留められなくなってしまう。
一抹の不安が脳裏を過る。
心境を悟っている速水は、後ろを通りすがった際にボソッと呟く。
「どうですか。自分の命が奪われる側になるのは」
「…………」
既にこの時、赤羽は敗北していたのかもしれない。速水との間にある圧倒的な格の違いに。
赤羽は死を覚悟して砂山に飛び込んだ。逃げて醜態を晒すくらいなら、いっそ死んでしまおうとした。
目を閉じ、足を砂山に埋めた。足は針に貫かれ激痛の中に……。
待っていたのはクッションのような柔らかな感覚。
「なに……これっ?」
明らかに自分が設置した針山とは違う何かだった。
「危険なものがあったので変えてしまいました。不服でしたか?」
しりもちをつく赤羽に、余裕綽々と速水は言った。
またしても策を読まれた。読まれ続けている。
百メートル走では、仕掛けておいた地雷を全てハードル走の要領で回避された。
あまりに策が潰され、続くシャトルランと反復横跳びでは傍観することしかできなかった。
策を仕掛けても結局は防がれるだろうことが目に見えていた。それほどの差があった。
「あり得ねえだろ」
速水碧は慎重などでは言葉が足りない。
「うざいくらい慎重すぎる」
赤羽は敗北感に身を侵されていた。どれだけ策を積み上げても、それ以上の策を速水は積み上げている。
対処法が見つからない。対処法など存在しない。
思考が停止するほどの慎重さ。
「はぁ……」
ため息をつく。
水道で髪を濡らし、頭を冷やす。
次の種目が始まるまでの間、策を巡らす。
「次こそは……」
残った種目は持久走。
全員がスタートラインに並び立ち、準備運動で体を整える。
赤羽は速水の隣に移動する。何も言わない赤羽は最初ほどの威勢はなかった。
「結局、今日一日では私を殺せなかったね」
「速水碧。オレじゃお前には勝てない」
「諦めか?」
「ああ。諦めた。だから最後は普通に持久走で勝負を決めよう」
「いいよ」
速水には見えている。
諦めた、と言った赤羽の瞳に真っ直ぐな闘志が宿っているのを。
♤
赤羽は知っている。
持久走が始まる数分前、ある人物が接触してきた。
美しい翡翠色の長髪を持つ女子生徒。
「速水碧を殺したいですか?」
「お前は……」
「諦めようとしているあなたに有益な情報を流そうと思いまして」
赤羽は彼女を睨みつける。
彼女は落ち着いた様子ではあるが、殺気を放っている。赤羽はそれを感じ取り、瞬間、理解する。
この瞬間、自分は三度殺されていることに。
死んだ、そう錯覚させるほどの殺気。
「聞く気になりましたか。それでは話しましょう」
赤羽は殺気におののいて動けない。
彼女はただ話を続ける。
「速水碧は一週間前、右足を負傷しました。弾丸で撃ち抜かれたはずですが、怪我をしていないように振る舞いつつも、おそらく完治はしていないので痛いでしょう」
彼女の話を聞き、赤羽は疑問を浮かべる。
「体力測定では平均的な記録を叩き出している。シャトルラン、立ち幅跳びといった足に負担がかかる種目であっても」
「耐えているんですよ。あなたに気付かれれば、上手く利用されてしまう」
「耐えながらオレの策をかわしたってことになるけど。それってオレ、舐められてるじゃん」
髪をかきあげ、下唇を噛む。
「ですが次は持久走。もう足も限界なはずです。ここであなたが温存している策を上手に使うことができれば、きっと殺せますよ」
「お前も速水と一緒でオレの策を読んでんのかよ」
去っていく背中にそう呟く。
なんとも言えない不快な気持ちに侵される。
「最悪だ。だが、速水を殺して、あいつを殺せればーー」
赤羽は笑った。
「とりあえずぶつけるか。オレの暗殺を」