第十六話『油断』
1500mの持久走が始まる。
スタートラインに、速水と赤羽は不気味にも笑みを浮かべ合って並び立つ。
その後ろ姿を宮園は見つめる。
「正々堂々いきましょう」
「…………」
速水は赤羽の一挙手一投足を見つめる。
疑い深く、慎重に赤羽の発言を見極めようとしていた。
「もしかして信じてない?」
「始まれば分かることだ」
「そうだね」
持久走が始まるまでもう僅か。
持久走が行われる校庭、そこを見渡せる場所に旧校舎がある。一般生徒は立ち入り禁止となっているその場所に、彼女はいた。
「赤羽クロウ、私の助言を無駄にしないでくださいね」
赤羽の暗殺を観察する謎の女子生徒。
やがて持久走が始まる。
教師が上げていた旗を勢いよく振り下ろすと同時、「始め」の合図と共に一斉に走り出した。
この学園の生徒は全員が勉学ができ、運動もできる。そうでなければ入学、進学ができないからだ。
全員の走るペースは速い。だがその中で、群を抜いて速い二人の走者がいた。
速水碧と赤羽クロウ。
二人は周りの生徒とは比べ物にはならない速度で走っていた。宮園でさえ置いていかれる。
「さすがは特待Aクラス。常に訓練を受け続けているからこそ、一般生徒じゃ追いつけない」
「お前、意外と傲慢で見栄っ張りだな。いや、そういう性格だからこそそうなるのか」
並走しつつ、話す速水と赤羽。
速水は赤羽の動作を気にしている。目線や声の抑揚、どこかに暗殺のヒントがあるか探っている。
発言からも引き出そうとしていた。
「当たり前でしょ。オレはそこらの一般人とは格が違う。その差を見せつけて何が悪い」
「頭が悪い」
「ムカつくね。そういうお前は傲慢じゃないのかな。自分の能力を過信しすぎじゃないの」
「大丈夫。過信できるまで慎重を極めてるから」
真っ向から言葉を返す速水。その言葉には強い芯が感じられる。
「そうか、ならーー」
赤羽は後続と距離が離れたのを確認すると、ポケットに手を入れた。
「やはり来るか」
「ただの近接戦だけどさ」
赤羽のポケットから出てきたのは折り畳みナイフ。取り出したと同時に刃を開き、と同時に速水に突き刺す。
流れるような動作は周囲の生徒からは全く視認できない。だが速水は腕を受け流した。
「いつまで耐えられるかな」
赤羽は猛攻を続ける。幾度も攻撃を仕掛ける。
数度、赤羽の刃が速水にかすり傷を負わせる。若干動きが鈍くなっている。
「まさか……」
赤羽は察した。
とうとう速水の右足に限界が来ていることを。
「速水碧。お前の右足はもう限界だろ。この持久走でお前を殺してあげる」
既に八種目を終え、速水が右足に負った傷は広がっていた。特に一つ前に行ったシャトルランにおいて、かなり足に負担をかけた。
その上で行う持久走。最後まで走りきれるかは確信が持てない。
常に近接戦を仕掛ける赤羽の猛攻をかわしつつ、走ることへの負担は大きい。常人であれば既に死んでいる。
既に三十秒が経過しているが、未だ速水に致命傷は負わせることはできていない。攻撃が当たったとしても、全てがかすり傷に終わる。
まるで意図的にやっているような正確なナイフ捌き。
「あと三分だ。それだけあれば完走できる」
「調子に乗るな」
赤羽の動きにはやや雑さが見え始めた。
それを感じ取った速水は左手だけでナイフを捌き始めた。右手は何やらポケットへ。
「まさか……!?」
赤羽の意識は完全に右手に向いている。
「赤羽、常にお前が狙う立場になれるわけじゃない。狙われる立場を迎える時は必ず来る」
その言葉で速水が右手から取り出した物が何かを瞬時に悟った。瞬間、疾風のように振るわれた一撃。
激しい金属音とともに宮園の視界に映った光景。
赤羽の喉元へナイフが一直線に進み、それを赤羽がギリギリで受け止めている。
「赤羽。いい加減終わらせてもいいか?」
それは一瞬だった。周囲の生徒には捉えることのできない刹那の出来事。
だが当事者である赤羽は、自分の喉元へいつまでもナイフが向けられているような恐怖で支配されていた。
「お前じゃ私は殺せない」
速水は赤羽の心を折った。
ーーかに思えた。
だが全てーー
「ーー想定通り」
赤羽の次なる策が火を吹く時。
しかしまだ、そのことに速水は気付いていなかった。




