平将門の首
※今回は都市伝説の大御所、男性部門の平将門さまにお越しいただきました。平将門さまと言えば、身の毛もよだつようなお話が多いですが、おっさんホラークラッシュではゆるゆるなお話となっております。それでは、どうぞ!
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え?
プールに生首が浮かんでる?
しかも気持ちよさげに鼻歌歌ってる?
いやいや、んなアホな。
どれ、ちと見てくるか。
ホンマやー!
《複合型温泉施設『マッスルデュークにらのゆ』プール監視員の叫び》
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複合型温泉施設『マッスルデュークにらのゆ』のプールから悲鳴が上がったのは、善治郎とアシュレイが隣の施設であるフィットネスジムで汗を流しているときのことでした。
「プールのほう、何かあったのカナ?」
「……誰かが放尿でもしたか?」
最初はそこまで気にも留めませんでした。
けれど、悲鳴は次々に上がり、今にも死んでしまいそうなほどに顔を真っ青にした人たちが、水着姿のままフィットネスジムの方にまでなだれ込んできます。
放尿にしては騒ぎが大きすぎます。
一体、何があったのでしょうか。
「生首が……生首がプールで泳いでる!」
「生首が、鼻歌歌いながらプールに浮いてる!」
逃げてきた人たちは、皆一様に生首、生首と口にします。
生首がプールに浮かんでいるとしたら、それはとんでもない事件です。
善治郎とアシュレイは、野次馬根性を丸出しにしてプールへと向かいました。
「生首ダネ」
「……生首だな」
誰も彼もが泳ぐことをやめてしまったプールには、水泳用キャップを被りゴーグルを装着した生首がただ一人、気持ちよさそうに堂々と浮かんでいます。
「ふー。よきかなよきかな」
生首が喋りました。
そんな生首を、スタッフたちは及び腰になりながら網で捕獲しようと頑張っていますが、何せ生首はプールの中心で寛いでいるものですから、網はなんの意味もありません。
と、一人の若い女性スタッフがビートバンを手に取り、プールに波を起こしました。
生首を波で端っこに寄せる作戦です。
けれど、女性の力では満足に波は起こせません。
生首は尚も堂々とプールに浮かび続けます。
あまりに膠着状態が続くので、見かねたアシュレイはビートバンで波を起こす作業を手伝うことにしました。
「オレがやるヨ。善治郎は網で生首掬うのお願い」
「……おい、アシュレイてめェ……やりたくねェ方俺に押し付けやがったな?」
「ソンナコトナイヨー」
「……まァいい、生首なんざ別に何の害も無ェしな」
アシュレイが筋力に任せてビートバンで波を起こし、生首を端っこに押しやる作戦は上手くいきました。
けれど、問題は善治郎です。
善治郎は水に浮かぶ生首を、何度か網で掬おうとしましたが、生首は網に捕まりそうになるたびに水の上を転がって逃げるのでなかなか捕獲できないのです。
そうしているうちに、生首はプールの角へと追いやられていきました。
「……あ、おい。そっち危ねェぞ」
善治郎は思わず生首に声をかけます。
生首は聞いていない様子ですが、プールの角には新しい水が大量に出てくる太い配管があり、そこの水流に巻き込まれてはいけないと善治郎は思ったのです。
けれど生首は聞く耳を持ちません。
「ふん、どうせおぬしはそうやって、わしの気を引いて捕まえようって腹じゃろ。そんな魂胆見え見……おごろぼぼぼぼぼ!」
結果として、生首は勢いよく水の出る場所に巻き込まれてしまいました。
そしてそのまま生首は水流に揉まれ、滝壺から出られなくなった蛙のようにぐりん、ぐりんとその場で回転し始めたではありませんか。
「おごろぼぼぼぼぼ!たすっ、誰か助けよ!はよ!おぼぶ!ごぼろっ!誰か助けてくれぇぇえ!」
「……ほら、言わんこっちゃねェ」
善治郎は溺れる生首を、さっと掬い上げました。
それからの生首は、まあ大人しいものでした。
「……で?あんた名前は?」
「平将門じゃ」
「……おぉ……すげェな、有名人じゃねェか。握手してくれよ」
思いもよらなかったビッグネームに、善治郎はテンションが上がります。
「おぬし、首だけのわしにどうやって握手せいと」
善治郎の様子がおかしいことに気がついたアシュレイも、対岸から遅れてやってきました。
「どしたノー?」
「……どうしたもこうしたもねェよ。コイツ、平将門だ」
「フーン?誰?」
アシュレイは、おそらく有名人だろう生首の顔を思い出そうと、じっと生首を見つめました。
すると、生首の様子が急変しました。
「金の髪に青の瞳……!も、物の怪じゃー!皆の者、こやつは物の怪じゃー!」
「いちばん物の怪なオマエに言われたくないヨ」
「……まァ許してやれよ。平安時代の人なんだ、アメリカ人を見るのは初めてなんだよ」
「平安時代……?まだアメリカない時代ダネ」
生首はまだ、恐ろしいものを見るような目でアシュレイを見ています。
そんな生首に、アシュレイはジェスチャーつきで「怖くナーイ、怖くナーイ」と動物を宥めるように優しく声をかけ始めました。
「……にしても、将門さんよォ。あんた、ここに何しに来た?」
「マッスルデュークにらのゆに?会員登録しに来ただけじゃよ」
「ここ安いもんネ」
「まあ、わしは水泳さえできればよいのじゃが。フィットネスジム?筋トレに興味はないわい」
「鍛えるボディがないもんネ」
平将門の首がマッスルデュークにらのゆに会員登録したいとの話を聞いてしまい、スタッフたちは青ざめました。
平将門の首といえば、雑に扱えば呪われてしまうと有名な都市伝説の存在です。
もし平将門の首がマッスルデュークにらのゆに入会してしまえばどうなるか。
スタッフたちは、平将門の首をVIP待遇しなければならなくなった未来を想像して、絶望しました。
転職しようかな、とも考えました。
「そんなことより。わしは水泳をするにあたって二つ、やってみたいことがあるのじゃ」
「……やってみたいこと?」
「うむ。まずは一つ目。クロールで泳ぎたい」
「ボディがないと難しいナー」
平将門の五体は、首と切り離された際、行方不明になってしまったそうです。
平将門の首も、切り離された五体を探していたようですが、結局見つかりませんでした。
「そうだのう……叶わぬ夢ということもわかっておるわい」
「……二つ目は?」
「これも叶わぬ夢なのじゃが、わしは、競泳水着を履いて泳ぎたいのじゃ……」
「……そうか。これも体がないと……いや、待てよ。スタッフさんよォ、ちと競泳水着を貸してくれねェか?」
「は、はい只今!」
スタッフは急いで男性用競泳水着を運んできました。
種類は、ハーフスパッツと、Vカット。Vカットの水着は、先日のあひるボート事件の際のブーメラン水着を思い出させました。
「……将門さんよォ、このハーフスパッツの水着、頭の後ろに被るようにして身につければ、それなりに見えるんじゃねェか?」
「お、おおお!わしでも、競泳水着を履けるのじゃな!さっそく履かせてくれ!はよ!はよ!」
はしゃぐ将門の首に、善治郎はハーフスパッツの水着を履かせてみました。
見映えは、察しての通り。
「どうじゃ?」
「ンー……人面鯉のぼりにしか見えないヨ」
「なんと……ならば、このハーフスパッツとやらはやめておこう。Vカットをくれぃ」
やめたほうがいい。
スタッフの誰しもが、そう思いました。
「オケィ、でもどうやって履かせようカナ?」
「……どうやって、って。そんなの一択だろ。脚を出す穴から目を出すようにしてだな」
「わかたヨ、みなまで言うナ」
完全に、悪ふざけでした。
かの有名な平将門相手にやっていいイタズラではありません。
それでもやるのがこのヤクザと外国人です。
善治郎とアシュレイは、笑いをこらえながら平将門の首を、まるで女性物の下着を被る変態のようにコーディネートしてのけました。
二人は、完全に少年の心に戻った顔をしていました。
やり遂げた顔をしていました。
「オケィ、かっこいいヨ!」
「……最高だ」
「おお……おお……!体のないわしが、ついに、ついに競泳水着を……!ありがとうなぁ……ありがとうなぁ……!」
そう、涙を流しながら感動し、平将門の首は。
もはや無念は無いとでもいうような満面の笑みで、淡い光に包まれだんだん透けていき、消えていきました。
プールサイドには、Vカットの水着だけが残されました。
「成仏しちゃったヨ……」
「……嘘だろ……なんか、罪悪感しかねェわ……」
平将門の首を辱しめた結果、喜ばれて成仏までされてしまうというミラクルを起こした善治郎とアシュレイは。
居たたまれなくなり、そっと帰ることにしました。
「そいえば、クロールはしなくてよかたのカナ?」
「……水着の感動で忘れたんだろうなァ。まだ水着着て泳いでもいなかったってのに」
「………………」
「………………」
二人は黙って、マッスルデュークにらのゆを後にしました。
外にはヤスの運転する車が待っていましたが、車に乗っても二人は、ずっと気まずさのあまり黙っていました。
そしてこの日の夜。
善治郎もアシュレイも、変態スタイルで気持ちよさそうに泳ぐ平将門の首の夢を見てうなされたようです。
***
今日の生首事件、もうホラー案件なのかただのコントなのか、わかんなくなってきたよ。
あの水着の被せ方は卑怯だ。
もう、あんなん笑うしかないやん。
《複合型温泉施設『マッスルデュークにらのゆ』プール監視員のひとりごと》
平将門さまの首を変態*面みたいに扱ってしまった作者は呪われるのでしょうか?
でも、呪われるということは、平将門さまが読んでくださったということでもありますよね!
それって凄いことじゃないですか?
てなわけで、平将門さま。ぜひ読んでください。
楽しんでいただければ幸いです。