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船幽霊

※船幽霊は実在するオバケです。なんでも、水難事故に遭った人が船幽霊となり、生きた人間を自分の仲間にすべく、生きた人間の乗る船を沈めようと柄杓で水を入れてくるのだとか。

そして、船幽霊に襲われたときに助かる方法は、底の抜けた柄杓を手渡すことらしいです。

皆様も、船幽霊に襲われたときのためにこの豆知識を覚えておくといいかもしれません。

***


柄杓、ってあるだろ?

あの打ち水するときに使うやつ。

それをさ、なぜか大量に買っていった客がいるんだよ。

まあ、それだけならいいんだけどね。

その客さ……30年前に韮ノ宮公園の湖で死んだ高校の同級生と全く同じ姿だったんだよ。

なんつーか、あいつスゲー嫌なヤツだったんだけどさ、今さらになって化けて出てきてるとかだったらホントどうしよ。

おーくわばらくわばら。


《100円ショップ店長のひとりごと》


***


韮ノ宮公園の湖にて、あひるボートを漕ぐ二人の男がいます。

善治郎とアシュレイです。

なぜ体格の良いおっさん二人が狭苦しいあひるボートに乗っているのか。

理由などありません、単なる悪ノリです。


「……しっかし、俺ら以外に男二人で乗ってる奴なんていねェんだな」

「チョット数えてみたんだケド、カップルもしくは夫婦が7組、女の子二人乗りが8組、子ども二人乗りが3組……あとなんかクレイジーなのいるヨ」

「……クレイジー?……うわっ、ブーメラン水着一丁で漕いでる奴いるな」

「一人で乗ってるネ」


クレイジーなブーメラン水着男はのろのろとあひるボートを漕ぎながら、暇をもて余しているようです。

よく見れば、彼は時代遅れのダサいサングラスを頭に乗せています。

そんな彼は、すぐ横を通った女の子二人組のあひるボートをしばらくガン見すると、いきなり自分の乗るあひるボートを方向転換させました。

どうやら、女の子二人組のあひるボートの後をつけるようです。


「ウワー、あれ迷惑行為ダヨ!」

「……たまにいるよな、ああいう奴」


楽しそうにおしゃべりしながら、あひるボートをゆっくり漕ぐ女の子二人組。

ブーメラン水着男は、その後ろを陣取ります。

そしてそのまま、スピードを上げて女の子二人組のあひるボートの横を並走し。

やたら古いポーズをとりカッコつけたと思えば女の子を自分の隣のスペースへと招くべく、


「乗れよ」


と、女の子二人のうちのどちらかに向かってキザったらしく、まるで彼女を高級車に乗せようとするかのような口説き方をしたのです。

女の子二人はドン引きです。


「えっ無理」

「勘弁してください」


思わずそう言ってしまうのも納得でしょう。


「オー、フラれたネ」

「……あいつァ、いろいろアウトだからな」


善治郎とアシュレイは、ブーメラン水着男を観察するのが楽しくなってきました。

ブーメラン水着男は、逆ギレしたのでしょうか。

どこからともなく取り出した柄杓で湖面の水を掬い、女の子二人にばしゃばしゃと何度もぶっかけたのです。

悲鳴を上げる女の子二人。

さすがにこれは酷いと、善治郎もアシュレイも思いました。


「係員サンに通報しとくヨ」

「……おう。あれはさすがに酷ェからなァ」


アシュレイは韮ノ宮公園の係員に電話をかけ、ブーメラン迷惑男の件を伝えます。

係員からの返事は、あと20分くらいしたら到着できるとのことでした。


そうこうしている間にも、ブーメラン迷惑男はフラれた腹いせに女の子二人組のあひるボートにガンガンと激しく追突を繰り返します。

このまま放っておけば、女の子二人組のあひるボートは転覆してしまうでしょう。


「善治郎、助けにいくヨ」

「……おうよ。ヤクザの恐ろしさ、思い知らせてやらァ」


善治郎とアシュレイはブーメラン迷惑男の近くへとあひるボートを寄せ、ドスの効いた声で脅しをかけました。


「……おう、そこの兄ちゃん。今すぐそこから離れろや。さもねェとコンクリ詰めて湖の底に沈めるぞ」


さすがにこんなガタイの良い強面のヤクザに脅されれば、ブーメラン迷惑男も大人しくなるでしょう。

善治郎に睨まれたブーメラン迷惑男は、恐怖とパニックからキョロキョロと辺りを見回し、助けを求める相手を探しています。

けれど、助けてくれる親切な人などいません。

むしろブーメラン迷惑男が悪いので、周りの人は皆知らんぷりです。


ブーメラン迷惑男は、途方に暮れました。

そして、いきなりやけくそになり善治郎たちに反撃したのです。


「湖の底に沈むのは、てめえらだぁー!」


あひるボートを急旋回させ、ブーメラン迷惑男は善治郎たちのあひるボートの側面に思いっきり突撃をかましました。

乗り物というのは、得てして側面からの攻撃に弱いものです。

善治郎たちのあひるボートが大きく揺らぎます。


「何すんダヨ!」

「……くっそ!コイツ自棄になりやがった!」


自棄になった者は何をするかわからないから恐ろしいとはよく言います。

ブーメラン迷惑男も、もはや理性が振り切れてしまった様子で、二度目の突撃をかまそうとペダルに全脚力を乗せました。


「あはははははっ!お前らが悪いんだ!お前らが、お前らが俺の邪魔をするからっ!だから俺はあのクソ女どもにフラれたんだ!」

「……いや、俺達が止めるよりお前がフラれるほうが早かっただろ」

「うるせぇ!」


ブーメラン迷惑男のあひるボートが再び善治郎たちのあひるボートに追突します。

そして、それだけに留まらず、ブーメラン迷惑男は一瞬の隙をつき、善治郎とアシュレイに柄杓で水をかけました。


「あははははっ!てめえらの船なんか!この柄杓で水を入れまくって沈没させてやるよ!」

「ウワー、気の長い話ダナー」

「……効率が悪ィんだよ効率が。俺達の船を沈めたけりゃ対物ライフル持ってきやがれ」


それだけ言うと、善治郎とアシュレイは全速力でその場からあひるボートを移動させました。

その後ろを、ブーメラン迷惑男のあひるボートが追いかけてきます。


「オー、やっぱりついてきてるネ」

「……このまま人のいねェ場所まで誘き寄せよう。あの辺りまで行けば銃ブッ放しても大丈夫だ」


けれど、思ったようにはいきません。

ついてきたはいいものの、ブーメラン迷惑男のあひるボートはどんどん距離を詰めてきます。

そして、近づいてきたかと思えば、気がついた頃にはなんと真横を並走しているではありませんか。

善治郎とアシュレイは全速力。

ブーメラン迷惑男のあひるボートは、あきらかにおかしいスピードです。


「ウソだろ!どんな脚力してるんダヨ!?」

「……こっちは二人、しかも脚力なら自信がある。それなのに全く引き離せねェどころか、追い付かれただと……相手は一人だってのによォ」


善治郎とアシュレイは、さらに無茶をしてあひるボートの速度を上げました。

それでも、ブーメラン迷惑男のあひるボートは真横にくっついてきます。


「ハァ、ハァ、まさか、あひるボートでカーチェイスする日が来るとは思わなかったヨ」

「……はぁ、はぁ、しかしカーチェイスと言うにはあまりに緊張感が……ぷあっ!?アイツ、また水かけやがった」

「あはははははっ!謝れば許してあげるよぉ?どうする?謝る?謝るよねぇ?だって、こんな高級そうな背広、水で濡らしたくないもんねぇ?ねえヤクザさん謝ってよ!あはははははっ!」


真横に位置取ったブーメラン迷惑男は、勢いよく連続で善治郎とアシュレイに水をかけていきます。

そのせいで、善治郎もアシュレイも既に服はびちゃびちゃです。

調子に乗るブーメラン迷惑男。

けれど、それは唐突に終わりを迎えました。


善治郎が、ブーメラン迷惑男の柄杓を、拳銃で撃ち抜いたのです。


「…………えっ」


ブーメラン迷惑男は、撃ち抜かれた柄杓の真ん中を目にすると、只でさえ青白かった顔を更に青ざめさせました。

2台のあひるボートは、慣性の力に任せてしばらく進み、やがて静かに止まりました。


「……別に、このスーツ自体は普段着みてェなものだからいい。ただ……水をバシャバシャ掛けられるのは、さすがにウゼェ」

「フフ、これでもう、水は掛けられないネ」


ブーメラン迷惑男は下を向き、ぶるぶると体を震わせます。

そして。


「クックック……フハハハハ、アーッハッハッハ!もう水は掛けられない?残念だったな!柄杓はまだまだ沢山あるんだよ!」


あひるボートの足元に手を突っ込んだかと思えば、柄杓の棒の部分を指と指の間に挟んだ常態で両腕をクロスさせ、まるで忍者がクナイを持つかのようなポーズで20本近い沢山の柄杓を見せびらかしました。


「……水をかけることに関しての執念が凄すぎるだろ」

「ンー、じゃあ、こうするしかないネ」


得意気に柄杓を見せびらかし、笑いながら狂気じみた目をするブーメラン迷惑男のあひるボートに、アシュレイがそっと飛び移りました。

そしてそのまま、ブーメラン迷惑男の背後に回り、体に組み付いて動きを封じます。


「何すんだよ!」

「善治郎、やっちゃっていいヨ」

「な……っ!なにをやるってんだちきしょーめ!」

「ンー、なんだろうネ?」


アシュレイはブーメラン迷惑男の両手の指を、善治郎に向けます。

善治郎は、すぐにアシュレイの言わんとすることに気がつきました。

善治郎は腰に差していたドスを抜きます。


「ヒッ!」

「……兄ちゃんよォ、なにもタマぁ取ろうってワケじゃねェ」


ぺちん、ぺちん。

善治郎はブーメラン迷惑男の小指を、ドスの腹で弾きます。

ぺちん、ぺちん。

それはそれはもう、恐怖を煽るように、一定のリズムで弾きます。


「や、やめてぇ……小指だけはやめてぇえ……」

「……小指だけは、ねェ?」

「小指だけはイヤだぁあ!やめて!ねえやめて!」

「……じゃあ、全部いっとくか。二度と柄杓、握れねェようになァ?」


スッ、とドスをブーメラン迷惑男の指全体に沿わせたとき、ついにブーメラン迷惑男は大声を上げながら顔中を涙と鼻水でびちゃびちゃにしながら泣きわめき始めました。


「ごめんなさいぃぃい!もうじまぜんんんん!もう成仏じまずがら、ゆるぢでぐだざぁぁぁい!」

「成仏?」

「……お前、もしかしてオバケか?」


ブーメラン迷惑男はびちゃびちゃと泣いたまま、赤べこのように高速で首を縦に振りました。


「お、おれはっ、30年前にこの湖でっ、ふざげて寒中水泳じでっ、死んだオバケでずうっ……!ぞれで、っ、ずっと寂しくてっ、生きてる人を湖に引きずり込みたくてっ、こんなことをじでじまいまじだっ……本当にごめんなざい……!もう成仏じまず……!」


それだけ言うと、ブーメラン迷惑男はだんだん実体を無くし、空気に溶けていきました。

無人のあひるボートと大量の柄杓だけを残して。


しばらくすると、通報を受けた係員がボートに乗って善治郎たちの元へやってきました。


「あのー、女の子たちに水をかけた犯人って……あなたたちですよね?」


どうやら、係員は誤解しているようです。

善治郎とアシュレイは、疑問符を頭の上に浮かべています。


「えっ、オレたち?」

「……俺達じゃねェよ」

「いや、だってあなたたち二人ですよね?で、あひるボートは2台。それから柄杓がたくさんでしょ?ちょっとお話聞かせてもらいますよ」


それから、善治郎とアシュレイは係員にいろいろと問いつめられましたが、ブーメラン迷惑男に水をかけられた女の子二人の証言があり、冤罪は晴れることとなりました。


そして新たな犯人像としてブーメラン迷惑男が上がりましたが、彼が捕まることは永遠にないでしょう。


***


おいおいおい。

ウソだろウソだろ?

うちの100均の前の開いたスペースに韮ノ宮公園からの指名手配みたいな広告貼ってあるんだけど。

それだけなら別にいいんだけどさ。

その指名手配の似顔絵、30年前に死んだ高校の同級生と同じ顔なんだよ。

しかも、なんか女の子に向かって柄杓で水をかけたとか書いてあるし。

これ、絶対うちで買った柄杓だよね?

絶対そうだよね?

おーくわばらくわばら。


《100円ショップ店長のひとりごと》

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