茶道部−2
茶室の前には、既に茶道部員たちが集まっていた。俺はあんなに急いだのに、こいつらはそれを上回る速さで来たというのか。一体どういうカラクリを使ったというんだ。
集まっていた茶道部たちは五人。全員が女子のようだ。いくつか見覚えのある顔があるが、話したことはないと思う。はて、それにしても。
「一人、多くないか」
目の前に並んだ茶道部員たちを見ながら、小声で隣の洲上に話しかける。洲上が言うには茶道部二年は四人で、呼んだのもその四人だけのはず。
しばらく返事がないので、どうしたのかと思い、洲上の顔を見た。奴は、口を開けて固まっていた。
「どうした」
俺が問いかけると、ハッとしたようにこちらを見る。
そして、やっと話し出そうとした時だった。
「あなたたちですか、茶道部の子たちを疑っているという方々は」
そう洲上の言葉を遮るように言い出したのは、茶道部五人の中央に立つ、女子生徒。姫カットと呼べばいいのだろうか、弧を描くように目の上で揃えられた前髪、横と後ろは伸ばしっぱなしのようなロングヘアーが肩下まで続いている。言葉遣いこそ丁寧で、顔つきは穏やかだが、その声の奥には、聞き手を委縮させるような恐ろしさが睨みをきかせている。見たところ上級生のようだ。その様相と、何よりもこの人を見たときの洲上の顔。なるほど、この人が、天草なのだろうか。
「話を聞く限り、今回の悪戯の犯人を捜しているのでしょう。私の耳にも、そのラブレター事件のことは入ってきております」
俺と洲上は顔を見合わせた。洲上は口封じはしていたらしいが、完全ではなかったようだ。まあ、そんなことは予想はしていたが。さすがに生徒会には話は届いているらしい。
「あなたたちが探偵ごっこに興ずるのは勝手ですし、私としては関与するに値しないものだと考えております。しかし、よりにもよってこの子たちを疑うとなれば、話は別です」
この剣呑な雰囲気のせいか、星原は戸惑いの目で俺を見ていた。俺に助けを求められても困る。こういうのは、こいつの方が得意なはずだ。隣で固まっているそいつを、横目で促す。
心を取り戻したこいつ、洲上が、取り乱して言う。
「あ、天草先輩、俺たちは決して疑っているわけではなくて、何か手掛かりを得に来たんです!」
洲上は今、彼女のことを天草と言った。なるほど、俺の予想は正しかったようだ。やはり、この人が天草。
洲上の切羽詰まった訴えにも、天草は穏やかな表情を崩さない。
「なるほど、言い訳がましく聞こえますね。手掛かりを得るため、とおっしゃいましたが、茶道部の子たちに話を伺うということは、疑っているということと同然ではありませんか」
そう言って口元に笑みを浮かべる。すると、いつもにやけ面なはずの洲上がひきつったような顔をした。
なるほど、さすがに虎姫などと空恐ろしい名で呼ばれるだけはあるらしい。その辺の生徒とは風格が違う。洲上は、蛇ににらまれたカエルのように委縮し、言葉を返そうとする様子も見受けられない。反対隣りに立っている星原は、あっちとこっちを何往復も見回し、おろおろとしている。面倒だが、俺が話すしかなくなったようだ。さて、どう出るか。
少し考え、話す。
「確かに、可能性としては彼女たちの中に犯人がいるということも捨てられません。しかしそれは、この学校にいる全生徒に言えることです。俺たちは可能性の高いものを見つけ、そこから答えを導き出していくしかないんです」
「え、江田」
咎めるように言う洲上。俺の言葉が天草の逆鱗に触れてしまうことを恐れての行動だろう。こいつは顔が下手に広いだけに、大物を敵に回すことを一番に恐れている。そうすればそれに追随するように、彼女サイドの人間が自分から離れていくのが分かっているからだ。
だが、もう遅い。言ってしまったものはしまったものだ。
「では、茶道部の中に犯人がいる可能性が高いということですね」
穏やかだった目が、変わった。まるで子猫から虎に変わったように。まさに彼女の眼は、虎のようだ。隣の洲上がまた委縮するのが分かった。
一方俺の心境としては、面倒、の一言だった。こうして話すことに対してではなく、いちいちこの人の機嫌を窺うのが、だ。恐ろしさを気にしていては、話は進まない。
故に、恐ろしさを覚えるのは、面倒だ。
「そうです。この茶室は丁度、体育館の裏手にあり、体育館裏のあの場所がよく見える位置に窓が付いているようです。ただの悪戯にしても、あそこの窓から騙されてきた被害者を盗み見て面白がる、という可能性も捨てきれません」
虎の目が、こちらを睨む。それは敵意の目か、それともこちらを蔑んだ目か。彼女の真意を瞳から探れるほどの観察力は、俺にはない。だが、その目に哀愁が顔を出している気がするのは、気のせいだろうか。
「そんな低俗な興に浸るような者が、茶道部の中にはいないと思うのですが。それに可能性というのならあなた方こそ、犯人を捜すふりをして、実は犯人だという可能性もあるのではないでしょうか」
すごまれても、俺は気にならなかった。寧ろ、この場を楽しむような、そんな気持ちが浮かび出てきた。彼女の言葉に、どう反駁するか。それが頭を駆け巡る。
「そうですね、可能性は可能性として、捨て去ることはできません。勿論俺たちが犯人である可能性を今は否定できません。ですが、だからと言ってそちらの可能性がなくなるわけではないんですよ。それにそちらこそ、そんなに俺たちの言い分を拒むというのなら、何か隠しているのではないかと邪推してしまいますが」
洲上が隣から怯えたような視線を送ってきているのがわかった。俺としても、少し言い過ぎたかという考えは頭を過った。しかし、言ってしまったものは。
こちらの徹底抗戦の構えに、天草は意外だと言わんばかりの顔を見せた。それはむしろ、感心にも似た表情だった。
「じゃあ、お好きになさってください。調べても、何も出てはこないでしょうが」
そう言うと、茶道部員の一人に茶室のカギを開けさせた。恐らく、彼女がカギの管理をしているのだろう。日替わりで交代しているのかもしれないが。
カギを開けさせると、天草はこちらを見た。
「では、私はこれから、生徒会の仕事があるもので」
そう言うと、脇をすり抜け、俺たちの後ろの方へと去っていく。と思ったら、振り返って俺に声をかけてきた。
「あなた、お名前はなんとおっしゃるの」
名を名乗れ、ということか。俺は天草の方へと振り返った。
「二年二組の、江田です。江田拓人です」
天草は、俺の顔をじろじろと眺めた。
「そうですか。申し遅れましたが、私は天草聖子と申します。この茶道部の部長を務めており、また、副生徒会長の役にも就いております」
彼女はそれだけ言うと、そのまま体育館の影へと姿を消した。
「ああ、怖かった」
緊張がほぐれたのか、洲上は頭をがっくりと落とした。
「うん、なんだか、怖い人だった」
星原も、ため息をついて同意した。
俺はというと、何故だか気分が高揚していた。俺は、彼女を言い負かしたのだろうか。少し卑怯だった気がするが。
「それにしても江田、君があんなに勇気のある男だとは思わなかったよ。やればできる男だと、信じてた!」
洲上は俺の肩をぽんぽんと叩いた。さっきまでこの世の終わりと言わんばかりの顔をしていたというのに、この場から脅威がいなくなったとなればもうこの安楽さだ。まあ、この調子の良さが、こいつの長所だと言えるのだが。
星原も、うんうんと頷いていた。
「そんなことより、せっかく開けてもらったんだ。時間もないし、早く見に行くぞ」
俺はなんだかむず痒くて、先を急がせた。
茶室は外から見てもそうだったが、中を見て、さらに和の心を擽られるようだった。まず、畳の匂いが鼻を触った。なぜだかこの匂いを嗅ぐと落ち着くのは、日本人の性なのだろうか。玄関で靴を脱いで上がると、何の仕切りもなしに畳の部屋が広がっている。広さは八畳。畳を数えたから間違いない。玄関から見て向かい側と左手の壁に窓が一つずつ取り付けられていて、右手の壁には木製横開きらしきドアが設置されている。
「へえ、初めて入った」
星原が、興味ありげに部屋中を見回す。
「存分に見てもらっても結構だけど、何もないわよ?」
うしろから、茶道部の面々が入ってきたようだ。振り向くと、背の高い眼鏡の女子生徒が言っていたようだった。こいつは去年クラスが同じだった気がする。確か名前は、久保田だったか。
彼女が言う通り、畳の満遍なく敷かれた部屋は学校に於いて異質を放っているものの、特に変わったものもない。というか、物が一切置かれていない。
「あっちの部屋はなんだ」
先ほどから見えていた、木製のドアを指さす。
「そっちは給湯室。入ってもいいわよ」
久保田から許可をもらったので、ドアの近くにいた洲上が開け、俺たちはそちらに入った。
そこはキッチンのようなところだった。銀色の横長のシンクやガス台が設置してあり、電気ポットが置いてある。使われた後はあるが、さほど使い込まれてはいないようだ。横の戸棚には、急須や茶碗などの、所謂茶道具が並んでいる。ここには窓はなく、換気扇が設置されているようだ。
それだけ見ると、元の畳間に戻った。そして窓に近づいた。窓の高さは一番下が俺の腹の位置、一番上は頭より少し高いくらい。大きさは、一メートル四方を二つ横に並べたくらい。外を見た。
「よく見えるね」
いつの間に横に来ていたのか、並んで窓から外を見ていた洲上が、言う。
洲上が言う通り、その窓からは、体育館裏の景色がよく見えた。
「ああ、ここからならよく見えるな」
見えはする。それだけだが。
窓から離れ、茶道部の面々の方に向く。
「いつも部活では、どんなことをしているんだ?」
「え、どんなことって」
茶道部の一人、ややぽっちゃり体型で背の低い女子が、言い淀んだ。何か、まずいことでもきいたのか?
「みんなで、楽しく、話してる」
その隣の、茶色がかった髪で吊り目の女子が答えた。
「茶道はあんまりしてないのかい?」
興味深そうに、洲上が尋ねる。
「してないわけじゃないよ。月に一、二回くらいかな」
これには久保田が答えた。
なるほど、だから給湯室は使い込まれたようには見えなかったのか。
「話してると楽しいしね。ケータイも使えるし」
久保田の隣の、ひょろっと背の高い女子がそう言って笑う。
この茶室は、独立した建物であり、しかも学校の外れともいうべき立地。特別用のない者が近くを通ることはない。この学校は基本的に生徒の携帯電話の仕様は禁止されていて、見つかれば説教ものだが、ここなら見つかる心配もほとんどなさそうだ。
しかし洲上は、疑問を見つけたようだ。
「裕子先生がいるんじゃないの?」
そうか、確かに、裕子先生が来られないからという理由で火曜日を定休日にするくらいなのだから、部活がある時は毎日ここに来ているはずだ。
それに、久保田が答える。
「裕子先生はそういうの、許してくれてるから」
ははあ、なるほど、裕子先生だなあ。
「楽しそうだね。羨ましい」
星原が微笑んで言う。そんなこと言うと、お前の所属している園芸部に失礼じゃないか?
そこで腕時計を見ると、もう少しで昼休みが終わるような時間に差し掛かっていることに気が付いた。みんな教室を戻ることにし、茶室を後にする。
校舎に入り、教室棟に歩く。みんな二年生だから、自分の教室は全て二階にある。二階まで階段で上がるまで、七人は軽く話しながらともに行動していた。
階段を上り、教室の位置の関係上右に行くか左に行くかで、何人かとはお別れになる。
「今日はすまなかった」
俺は茶道部にそれだけ謝罪の言葉を口にすると、自分の教室へと戻った。




