茶道部−3
次の授業は英語だった。教師のかけたCDが音読する長ったらしい英文を聞き流しながら、俺の頭の中は事件のことを考えていた。
悪戯の犯人には必ず、目的があるはずだ。この長い期間同様の悪戯をし続ければ、噂は広まって犯人の身元がばれる危険性は上がるはずだ。それなのにまだ続けているということは、どうしても果たさなければならない目的があるはずだ。
それは、何か。それは……。
犯人は、わざわざラブレターを使って呼び出しておいて、目の前に現れることもなかった。それは呼び出すこと自体に意味があるのか、それとも呼び出すことで何かを伝えたいのか?そして、なぜ対象が去年の一年三組なのか。その中でも、なぜ俺だけが仕掛けられなかったのか。一年三組二号江田拓人だけが。
始業式の日から出席番号の順番に、悪戯はなされた。それでいけば、俺は二日目に被害に遭う予定だった。だが、その日は火曜日で、法則的に言えば悪戯は起こらない日だ。そして実際、犯行は行われなかったようだが、翌日に被害に遭ったのは俺ではなく、三号の木山だった。
まてよ、原因が俺自身じゃなく、あれのせいだったとしたならば――――。
ハッとした。一つ、思いついたことがあった。そしてそれを前提とすれば、色んなことが繋がった。無理やりだが、ありえなくもない。しかし、何故?
帰りのホームルームが終わり、放課後になった。部動生たちは、毎度ながら、雪崩のように教室を出ていく。俺はそれには目も暮れず、荷物を纏めながら、考えの続きをはじめていた。
ようやく廊下が空いてきたので、教室を出る。色々と人に話して、考えを整理したい気持ちがあった。そのために、洲上がいる隣の三組を目指す。
が、教室を出たところで、突然目の前に人が現れた。驚いて、立ち止まる。
「こんにちは。先ほどぶりですね、江田拓人君」
すらりとした姫カットの女子生徒、茶道部部長であり副生徒会長の一人、天草聖子その人だった。
俺は急いでいたが、どうやらあちらさんも俺に用事があるご様子。
「これは虎姫様、どうされましたか」
昼休みの言い合いがあったせいか、少し余裕をもって話すことが出来る自分がいた。
しかし嫌味を含めた俺の言葉を意にも介さない様子の天草。
「少しお話があります」
教室の中からは、こそこそとした話し声が聞こえてきた。内容を聞き取ることはできないが、恐らくこの天草のことだろう。そしてもしかしたら、俺のことも。副生徒会長が、あいつに一体どんなようなのだろうか、もしやスキャンダラスな考えでも話しているのやもしれない。どっち道、ここで立っているわけにはいかなくなったようだ。
連れていかれた先は、北棟最上階の真ん中に位置する、生徒会室だった。茶室同様、見たことはあるが入ったことはない部屋の一つだ。中は教室とさほど変わらないような作りだが、部屋の真ん中には会議室のように長机が長方形を描くように置かれていて、その周りを囲うようにパイプ椅子が並んでいる。片方の俺が入ったドアの向かいは教室と同じように窓が並んでおり、右側の壁に沿うように背の高い本棚が三つ並んでいる。その棚にはファイルなどの資料類が収まっているようだ。
部屋には俺たち二人以外、誰もいなかった。
入るや否や、天草先輩は持っていたバッグを長机の上に置き、話し出した。
「それで、視察の成果はございましたでしょうか」
視察とは、昼休みに茶室に行った事だろうか。成果があったかと言われれば、そうでもないような気がするし、ないかと言われればあったような気がするのだが。
「ええ、ありました」
なかったと言うのも何なので、そう答える。
「そうですか」
天草は、それだけ答えた。俺は内心ほっとしていた。何があったのかと聞かれれば、返答に困っていたことは間違いないからだ。
しかし、それから彼女はそっぽを向いて顎に指を当て、何かを考えているような様子を見せ始めた。少し待っていたが、そこから何かを言い出すような動きも見られない。
「お話とは」
どうも彼女の用事というものが読めなかったので、尋ねる。
天草は、ちらりと俺を一瞥すると、顎下を支えるように配置していた手を降ろし、腕組みをして俺の方に向いた。
「私も実は、例の悪戯について調べているのです。生徒会としてではなく、飽くまで私個人としてですが」
そうなのか。それは知らなかった。
「私も、状況や法則性から茶道部が怪しいのでは、という考えには至っておりました。しかし、それは私にとって、悲しいことです。こんな幼稚めいた悪戯をする者があの子たちの中にいるなどということは」
俯き、心境を吐露する。もしかして俺を呼び出したのは、こんな話を聞いてもらうためだったのか?
「ところで、犯人は分かりましたでしょうか。もし教えていただけたら、私の方からきつく叱りつけるのですが」
なるほど、そういう用件だったのか。彼女は自分が答えを導き出すことを恐れて、目を逸らしたんだ。目の前にいる天草は、生徒たちから虎姫と呼ばれるには似つかわしくないような、か弱く、華奢な少女に見えた。
そうだ、見た目がどんなに強く見え、堂々とした話し方をしていたとしても、彼女は自分と歳が一つしか変わらない、高校生なんだ。平凡な高校生である、俺と同じ。どんな身分に身を置こうとも、この人にも、弱さはあるんだ。
俺は、口を開く。
「犯人は、分かりました」
その言葉に彼女は顔を上げた。
「どなた、一体どなたがこんなことを」
「でも」
慌てる天草を、言葉で制す。
「犯人は茶道部の生徒ではありません。だから、先輩が思い煩うようなことは何もありません」
きっぱりと言う。俺の考えの下では、本当のことを言ったつもりだ。
天草は、俺をまじまじと見つめた。あの、虎の目だ。俺が嘘をついているのではないかと、それを探ろうとしているような目だった。
俺は嘘などついていない。彼女をしっかりと見つめ返す。
どれくらいの時間そうしていたかは分からない。五分かも知れないし、たった数秒かも知れない。俺には時間が分からないほど、長く感じた。
「そうですか」
俺が真を話していることを悟ったらしい。虎の眼は、少女の目に変わった。信じてもらえたところで、彼女は身を守るように組んでいた腕組みを解いた。
先ほどまで茶道部の生徒に犯人がいると思っていたようだが、もうひとつ、彼女は勘違いをしている。
「先輩、犯人は、ただ悪戯がしたくてこの事件をおこしたわけではありません。その人物は確かに、何か目的のために行動しているのです」
そう、この事件を起こした動機だ。これも俺の推理の上では、真実である。
「目的、ですか」
「そうです。しかし、これについてはまだ確信したわけではないので、話すことはできません」
天草はこちらをちらりと見る。目を少し、細めている。
「目的が分かっていないというのに、犯人を誰かに定めたというのですか」
確かに、そんな論理は傲慢だろう。しかし、俺には根拠がある。
「俺は、俺たちは今までの何日か、先輩のように調べを重ね、その材料をどう解釈するか、頭を動かしてきました。そして、見出したんです。根拠は残念ながら話せません。しかしその人物の動機の裏付けも、あともう少しのところまで来ているんです」
彼女はこちらをじっと見ていた。疑うような目ではなく、昼休みに見せたような、感心したような目だ。口元が、緩んだ。
「なるほど。江田さん、あなたは本当に正直者のようですね」
その言葉に、俺は苦笑した。
「ですから、最初からそう言っています」
冗談めかして言うと、彼女もつられて笑みを浮かべた。




