名状し難き冒涜的なアースガルズの神様 その十四
クルーザーが去った後、屋敷の玄関ホールでロキは役者が集合するのを待っていた。
「あのぉ、これで本当によかったんですかぁ? 古代のルーンってぇ、ミズガルズで分かる人なんて居ないと思うんですけどぉ」
不満そうにブラギは訊ねたがロキは腕を組んで自信を示した。
「翻訳のルーンをかけておいた。これで問題はあるまい」
「ありますよぉ。だって、一人にしかかけてないじゃないですかぁ。それに何ですかぁ、『いあ、いあ』ってぇ。生贄とかいりませんしぃ、アースガルズは今でも繁栄中なんですけどぉ」
「十分だということは貴様にはわかるまい! 詩でオーディン教に貢献したのだからいいのだろう!」
するとロキの左右に位置するドアが開き、右からトール、左からテュールがどちらも真っ青な顔をして現れた。表情には既に力は無く、酷い疲労が見て取れた。
「これで……よかったのか、悪神……」
すぐにでも倒れそうな声でトールは訊ねた。
「まあ十分だろう」
「意味がわからんな……何故、眩暈を与える魔法なのだ……これは視界に入った者に眩暈を与えるが……使っている方が酷い眩暈が……ぶぇぇぇ」
何てことだ! 台詞中にテュールは眩暈に耐え切れずに再び嘔吐してしまったではないか!
「う……ぶぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
何てことだ! その嘔吐を見て同じ眩暈を抱えたトールがもらいゲロだ!
「うわぁ……やめてくださいよぉ」
まったく二人を労わることもなくブラギは二人から離れた。
「まあ、これで信仰が広がるはずだ。逃げた者達はまさか自分達の前に居た幼女が押したら倒れるくらいに弱っているとは思わなかったはずだ。そして恐怖のあまり必ずこの島の出来事を口にするだろう。そうなれば再び訪れるものが現れる。後はループすればいい。今でさえこれだけの信者がいるのだから、後は倍々ゲームだ」
「信者って……ほぼ金目当てだろう……ならばいっそ金をばら撒けばいいものを……」
トールは俯きながら言った。
「それでは駄目なのだ。あくまでヴァルハラに行く者を増やさなければならないだからな。金目当てもいるだろうが、信仰がメインに来なければならないのだ。まあ……何はともあれ、神と崇められているのだ。私様の言うとおりになっているではないか」
「まぁ……神様と崇められているってことはぁ認めないといけませんねぇ」
案外嬉しそうにブラギが言った。
「そうだな……久しぶりだ、創作の題材ではなく、神と崇拝されたことは」
トールもまんざらではないようにも見える。
「眩暈のルーンで……貴様の銅像を壊しながら……生贄をとか叫ぶのは中々きついが……、まあいいだろうげぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
また嘔吐しているが案外テュールも乗る気だ!
おお、何と冒涜的な! 悪神の策略に三人は完全に嵌まっているではないか!
完全に自分が恐れを抱かれる神様になったことに三人の神は酔っているのだ!
「さて、ならば次はもう少し演出を追加した方がいいだろう。そうだな……窓の外に大きな目玉を作るのもいいだろう。それになんかもっと触手っぽいものをだな……」
「ちょっと待て……電話だ」
遮るようにトールはスマートフォンを汚物まみれの服から取った。大丈夫、スマートフォンは汚れていないし防水性である。
「もしもし……ああ、シヴか……なんだ、母上から? ああ……え? うん……そうか……わかった」
通話を切ると、トールは何か言うのを躊躇うように黙った。しかし思い立ったようにロキを見ると、言った。
「母上から通達があった。『確かに信仰は集めているが、なんか違うから駄目だ。即日黄金を回収しアースガルズへ戻れ』だそうだ」
「…………は?」
まるで信じられないという声を出したのはロキだけだった。
「あぁ、そうですよねぇ。やっぱり何か違いますよねぇ。ずっとそう思っていましたぁ」
「俺も何か違うと思っていた。まあ、何が違ったよなあ」
「やはり……何か違ったか……うぇぇぇぇ」
おお、何と忌まわしき深淵なる恐るべき熱い手のひら返し! それには彼女達を邪神系にするつもりだったロキも吐きそうだ!
「ちょ、お前ら! ここでやめたらまったく無意味じゃねえか! せっかく集めた信者もいなくなっちまうだろうが!」
「だが、何か違うんじゃな……そうだ、もう一つ母上から言伝を預かったぞ。『ロキはアースガルズに戻ったら私の寝室へ来るように』だそうだ」
「な……ちょっと待て! 私様はちゃんとやったじゃねえか! 何も嘘は言ってないし、信仰を集めただろうが!」
「さて妹君よ。撤収の準備だ」
ロキの叫びを無視してトールは黄金のある地下へ歩き出す。
「早く帰りたいですよぉ。アースガルズが一番ですからねぇ」
ホームシック気味にブラギはトールの後に続いた。
「覚えておけよ……悪神……うっぷぇ」
追加で吐きながらテュールも後を追う。
後に残されたロキは、まったく音がしない、スチー〇で買った冒涜系洋ゲーをベースに設計した小道具の屋敷で、汚物に囲まれながら叫んだ。
「ガッデエエエエエエエエエエエエエエム!!!!」
次回未定




