名状し難き冒涜的なアースガルズの神様 その十二
既に回りには波音と暗い海ばかりだった。冒涜的は神々と、神々を崇める邪教の島はもう視界には無い。
「……大丈夫そうだな。もう、追っては来ていないようだ……」
疲れきったようにコールは呟いた。
「荷物を置いてきてしまったが……戻ろうとは思わないな」
ヒデオは甲板に手を着きながら言った。マドンナは何も言わなかった。ただ運転に集中をしているようだった。
「何だったのだ……本当に神だったというのか」
ロビンの言葉がコールは聞きたくはなかった。恐怖に胸が支配されていて、何が何だかわからなかった。
「大丈夫か、コール……」
ヒデオはコールに訊ねた。だがコールはすぐに答えることが出来なかった。
「酷いものだ。こんな状況だというのに、一番怪しい人物を疑うことさえ出来な
いなんてな」
ロビンは既にコールが教団のスパイであると考えていないということだろう。ヒデオも同じ様子だった。
だが、一人だけコールを疑う人物が居た。
「俺は……俺は、誰なんだ……」
コールの脳裏には、あの声が聞こえる。聞いたこと無いような言語を喋る少女の言葉。
『この言語はアースガルズの神にしか理解できない言葉だ』
ならば、自分は誰なのだろうか。コールという偽名に隠された奥にある本名、それさえも本物ではないというのか。もしも自分が人として生きてきた全てが本物ではないとしたら。いや、人格や知識さえも本物ではないとしたら……
混沌とした思考を無視してただクルーザーはただ進む。
空は少しだけ、明るくなっていた……




