二次元の嫁暗殺計画 その十一
ニヴル・ヘイムからの風はいつの間にか止み、アースガルズは夏の訪れを感じさせるほどの暖かさを取り戻した。外では小鳥が最高神の復活を喜んで飛び回り草木でさえ体を震わせて喜びを示すほどだった。
いや……それにしても暑すぎはしないのだろうか。
半袖をまくったトールは自慢のバイク『トリプルタング2』に乗り、ヴァルハラへと向かう。急いで駐車場で乗り捨てるようにバイクから降りると急いで門の中へと入る。
玉座の前にはテュールだけではない。バルトルやホズ、ブラギ、テュール、ヘルモーズ、ヴィーザルの姿までがある。辺りの黄金は輝かしすぎるまでの光沢を放ち、トールでさえ目を細めるほどだった。
「母上……いえ、オーディン様。この雷神トール、はせ参じました」
玉座からは返事は無い。いや、もしやその姿を見て誰が返事を期待しようか。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!! やっぱさいこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!! うえええええええええええええおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああ!!!!」
おお、何てことだ!
最高神オーディンが家族の冷たい視線さえ気にせずに歓喜の奇声をあげているではないか!
アースガルズの陰鬱な森よりロキが戻ってからしばらくのオーディンは発狂するほどの威光を取り戻していた。玉座に座っている少女は今も暗い森に潜むロキを見ていることだろう。
「……母上……」
額の傷が酷く痛みトールは頭を抱えて頭を振った。
しかし誰もこの状況を、身内の恥であること以外の心配を覚えてはいないのだろう。
最高神の力が取り戻されたことによりラグナロクの危機は回避されたのだから。
アースガルズの宮殿から離れた深い森の奥、昼の光さえ届かないような忌まわしい場所がある。そこに好んで住まうものはいるのだろうか。
いや、たたずむ小さな家の中に明かりが見える。こんな陰険な場所に好んで住むのは、ニヴル・ヘルの亡霊や忌まわしい巨人を除けば一人しかいないのだろう。
パソコンの前に座るロキはこれまでの騒ぎの一部始終を知った。一部の編集と上層部が強引にあのような暴挙に出たのだということだった。そしてロキへショックを与えた数話は黒歴史としてなかったことにされたという。
だがロキの胸には、既にもえちゃんはプリントされていない。
辺りの部屋にはグッズ一つ置かれていない。
そうだ。
どのような過去も無かったことにできない。たとえ後々公式でなかったことにしたとしてもミズガルズでロキは、確かに酷いゲームをプレイし、あの最後の数話を読んだのである。訂正したとしても決してロキの悲しみの瞬間は消えることは無い。
騒ぎのまとめwikiが浮かんだブラウザをロキは消す。立ち上がり、畳の上に転がった。そして天井を見ながら、大きな声で叫んだ。
「私様のグッズ代を返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
まさにロキは好きな者をそこまで好きじゃなくなってしまうような、そんな災厄をその身に受けたのだった。
こうして玉座の災厄は、アースガルズの神々とミズガルズの人間に災いを撒き散らした挙句、大体は自業自得な結果で終わったのである。
次はもう少し短い話予定




