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アースガルズの私様  作者: 富良野義正
少年よ、甘い夏の思い出に
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少年よ、甘い夏の思い出に その四

 期待をしていなかったと言えば嘘になろうだろうが、さすがに朝が早い。ミズガルズの人間は遅刻を頻発するくらいに朝に弱いことをロキは知っていた。


 だから昨日の凄まじいほどの原作再現度の健太が現れなくても何も思うことはないし怒ることはない。十分にロキは満足していたし、若干飽きてまでいたのである。こうなるとさっさと家に帰りたい。


 だが期待はしていないわけではない。無人の誰もいない駅でロキは電車を待ちながら駅から続く道をホームからちらりと見る。しかし人影は無い。物音も蝉ばかりがうるさいだけだ。


「ん……まあいいか」


 荷物を地面に置いて背のびをすると、向こうから遅く走る電車が近づいてくるのが見えた。二両程度の編成である。電車は何のアナウンスも無くロキの前にゆっくりと止まる。当然だが、ここも全部原作と同じ場所である。そのままロキは電車へと乗り込む。


 電車の床に荷物を置くと、まだ開いているドアに背を向けながら考える。


 確か、最後のシーンはどうだっけなあ……そうだ。このまま背を向けていると、後ろから声がするんだ。確か……



「茜!」



 ロキは振り返る。


 そこには息を切らしてフラフラになり、膝に手を当てて、だがしっかりとロキを見ている健太が居た。


 そうだ、最終回で初めてあやねは星元のことを茜と呼ぶのだ!


「健太!」


 ロキが呼ぶと共に電車のドアが閉まる。電車の窓は全部開いていて、声が向こうにまで聞こえる。


「絶対、絶対来年も来いよ! 待ってるからな、茜!」


 動き出す電車を追いながら健太は叫ぶ。


「絶対、絶対来年も行くから! 行くからね、健太!」


 動き出す電車に逆らって歩きながらロキも叫ぶ。だが電車は二両で、すぐ一番端についてしまう。


「絶対、絶対だからな! 絶対だからな!」


 走りながら健太は叫ぶ。だがホームはすぐに終わってしまう。ホームの一番端に立つと、遠くに離れて行くロキに向かって、最後に大きく叫んだ。


「絶対だからな……茜!!!!!!」



 

 電車はもう進んでいく。あの聖地は既に形必要ない。

 自分の荷物を置いた場所に戻ると、誰もいない車両の椅子にロキは座ると微笑んで、最高の研鑽を健太へと送った。


「本当にすげえよ、健太……完璧な再現だったじゃねえか」


 これからロキがこの田舎に来ることはないのだろう。

 来月には、『フォトンガール』の二期が終わるからだ……



 消えて行く電車の健太はずっと見ている。後に残るのはただ蝉の声ばかりだ。空はもうすっかり明るい。まるで全部が夏の思い出に消えてしまったかのように茜色は消えつつあった。


「絶対……絶対だからな……」


 そう呟くと、ついに健太の瞳からはひどく沢山の涙が溢れて止まらなくなった。


 ここに来て健太は、自分が『星元 茜』のことが好きだったのだと気がついたのだ。



 

 健太が『フォトンガール』のことを知ったのは、それから二年後のことであり、主人公の名前が『星元 茜』であることと自分の行動のほとんどが劇中のものの再現であったと知るのはそのすぐ後である。


 だが健太は明るい表情の主人公を見ても、それが『星元 茜』だとは思えなかった。


 『星元 茜』は暗い瞳で隈があり、少しぼさぼさの黒髪で、自分のことを私様と呼ばなければいけないのだから。

次回アースガルズ回予定

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