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アースガルズの私様  作者: 富良野義正
少年よ、甘い夏の思い出に
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少年よ、甘い夏の思い出に その二

 旅は道ずれ、という言葉がこの国にはある。あまり誰かを連れて動くのはロキにとって好ましくはなかったが、なるほど案外悪くも無い。


 この滞在をロキは大分楽しんでいた。まず『フォトンガール』の主人公、『星元 茜』になりきることができた。案内人である『フォトンガール』に精通している健太はロキのことを星元と呼んだ。それに現地民らしく舞台となった場所にも詳しい。遊ぶ道具も持っている。34話で使ったように竹の釣竿を二本持って来た。性別は違えど健太は『水森 あやね』になりきっていたのである。


 また別のファンとの出会いもある。ロキよりも大分大きな大学生らしい女性が三人、『フォトンガール』のコスプレをしながら観光していたので、ついつい


「あやねちゃんじゃん!」とテンションマックスに叫んでしまった。向こうも興奮した様子で「ああ! 茜ちゃんだ! 黒髪だけど茜ちゃんだ!」と言ったことで少しだけ意気投合して会話をした。


 また夕方健太と別れた後には何故かあるネットカフェ(偶然にもこの近辺にはたった一つ存在し24時間営業である)に宿泊した。偽の身分証明書とアングルボザのミズガルズの住所によりロキほどの小さな姿でも問題なく泊まることができた。セ〇ムまでが入っているので地上でも最高級に安全な場所だろう。


 こうしてロキはどんどんと聖地を回り、『星元 茜』のやったことと同じことを楽しんでいった。


 近くの山に登って景色を眺めた。アースガルズの山々に比べたら大分小さなものだったが、子供が登るには十分な大きさだったのだろう。また水着に着替えて川で泳いだ。流れの強い川に流されるような本編の真似はしなかったが鮎を捕まえて焼いて食べた。また健太の家の近くで星を眺めたりもした。ミズガルズにしては沢山星が見えたが、『星元 茜』と同じ格好で同じポーズでというのがロキに感銘を与えた。他にも虫取りや植物採集もした。もはやロキ自身が日中は自分が本物の『星元 茜』だと思い込むほどに旅行を満喫していた。


 ああ、やはり旅は道ずれなのである。


 この全ての案内には『水元 あやね』役に徹する健太が受け持っていた。彼はよく場所について知っていたし、場合によっては近道でさえ知っていた。もしも健太の案内が無ければロキは数日で飽きてこの地を離れていたことだろう。小道具さえ持っている徹底さには悪神でさえ関心するほどであった。




 やはり都会の子供は違うのだと健太はなんともいえない劣等感と憧れを星元に抱かないわけではなかった。星元はいつも同じ格好だったが、汚れている様子はない。それに何の変哲もない川や草木だらけの山道、場合によってはいつも健太が通っているような道路でさえ珍しそうに写真へと収めるのである。


「お前、変なやつだな。都会ってお前みたいなやつらばっかなのか」


 歩きながらそう尋ねると、星元は少しだけ上を見て考えると、少しだけ唸った。


「うーん。そんなに私様、変?」

「変。変だって。そんなにそれ珍しいのか」


 日陰にある不気味な地蔵をデジタルカメラへと写す星元へと尋ねると、まったくもという風に肩をすくめた。


「わかってるくせに」

「……まあ、めずらしいか」


 微笑返して同じように肩を健太はすくめた。湿気の含んだ森林沿いの風が健太に吹き付けた。蝉の鳴き声と草の擦れる音。横を飛ぶ虫の羽根音が少しだけ聞こえて、消えた。


 ふと妙な寂しさと不安を健太は覚えた。前には星元がいる。彼女は楽しそうに地蔵をまだ写している。なのに何故か一人で立っているような不安を健太は覚えた。辺りは明るくて、いつかテレビで見た天国のように真っ白なのに、何故こんなにも不安になるのか。


「……あ! あやねちゃんだ!」


 突然振り向いた星元が叫んだ。


 びっくりして健太が声の先を見ると、そこには健太よりも二倍は年上の女のグループがいた。不思議なほど夏に似合うように白く輝いて見える。大学生だろうか。いずれにしても健太は都会のお姉さんに怯えないわけではなかった。


「ああ! 茜ちゃんだ! 黒髪だけど茜ちゃんだ!」


 更に驚いて健太は星元を見て驚いた。同い年くらいの星元は、このお姉さんの名前を知っていた。よく見ればお姉さんグループの一人とまったく同じ格好までしている。


 それから幾らか星元は『あやねちゃん』達と楽しそうに話していた。楽しそうな会話も健太の耳には入っては来ない。あまりに天井の存在であるような年上の人と、この少女は友達なのである。


 そのお姉さんの集団と別れても健太は緊張で動くことも出来なかった。


「ん……健太、大丈夫?」


 星元が尋ねると、やっと健太は声が出た。


「お前、すごいんだな」

「んん……今更……じゃなかった。ううん、全然だよ。私様なんか」


 両手を自分の腰の後ろに回して、少し屈んで石を蹴る真似をした。


 幼い心に健太は何か不思議な感情を抱いた。自分ではまったく手の届かない大人の友達がいる星元。なのに彼女は、どこか嬉しそうになく、何か含んだ様子があった。


 それから別れて家に帰った健太は畳に寝転んで天井を眺めた。木の模様だけが続く見慣れた風景の向こうには、あの星元の暗い隈と表情が浮かぶ。しばらく健太はそうして動くことが出来なかった。

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